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番外編  モトベ タツマのあまり平穏じゃなかった日々 その10

 ある日目が覚めたら虫になっていた・・・というのはカフカの「変身」だ。

 名前は聞いたことがあるが読んだことは無い。

 しかし、今にして思えば読んでおけばよかったと悔やまれてならない。

 どういう話なのかは知らないがもしかしたら今の俺の状況を脱却するヒントなんかも書かれていたかもしれない。

 ああ、別に俺は虫になったわけじゃない。

 だが、その状況が虫より良いものなのかどうかは俺にも判断が付かない。

 できれば、カフカ氏と会ってその辺りを相談させて貰いたい。

 つくづくそう思う。




 鉄熊アイアンベアーを倒した後、気が付けば俺は自分の部屋のベッドの上だった。

 もしや全て夢オチかと思いきや、幸い違ったらしい。

 アルフとセシリー曰く、鉄熊を倒した次の瞬間、唐突に俺は倒れたのだそうな。

 突然の事態に子供達は再び困惑。

 しかしそれから程なく、リーゼロッテさん、ベネット神父を始めとする村の大人達が駆けつけてくれたらしい。

 子供達はホッと一息。しかし、大人達は大いに驚愕した。

 平均を大きく上回るサイズの鉄熊とその近くで倒れている俺。

 理解しがたい状況ではあるが、とりあえず村人達は子供達と俺を村へ連れ帰る。

 

 その時、俺はまだ気絶した状態だったが、リーゼロッテさんの診断により、気絶の理由は連続した魔術行使による急性の魔力不足で命に別状はないとの診断だった。

 とにかく皆無事であったことに一安心しつつ、改めて状況の確認が始まった。

 と言っても、俺はその時気絶中。状況を説明できる人間はアルフとセシリーしかいなかった。

 大人達の問いかけに対し、たどたどしいながらも興奮した口調で説明をする二人。

 これがいけなかった。


 子供達・・・特にアルフの興奮した言葉で説明は成されていく。

 曰く、鉄熊に襲われそうになったところを突如として現われたタツマがそれを撃退した。

 タツマは武器も使わず、素手で軽々とあしらい、鉄熊を打ち倒したのだと・・・

 (彼の中で前半の逃走劇はなかったことになっているらしい。)


 本来であれば、こんな話が信じられる筈もない。

 鉄熊といえば、中級の冒険者でも手こずるほどの強敵で、

 ましてや、戦っていたのは攻撃魔術に適正のない俺だったのだから。

 普通であればただの子供の勘違いということで済まされただろう。

 しかし、そうはならなかった。

 動かしがたい証拠を彼らは見てしまったのだから。

 後ほど、改めて鉄熊の死骸を見に行った村人曰く、その状態はひどいものだったという。

 全身の毛が若干焦げてこそいたが、特に他に魔術の攻撃痕は見当たらなかったという。

 しかし、腹、関節、あばら、生物にとって急所と呼べるあらゆる部位がなにか強い力をぶつけられボロボロに壊れていたという。

 中でもひどかったのは頭部だ。

 下から上へと撃ち抜かれた強い力は下顎から脳天までを徹底的に破壊し、もはや鉄熊の頭部は元の形状を保っていなかったということだ。

 今までただの村人Aとしてしか見られていなかった俺である。

 その俺が引き起こした未曾有の快挙(暴挙?)。

 それはアルフの説明とも相まって、とてつもなく不可解で不気味な印象を周囲に与えたようだ。


 しばらくして俺が目覚めた時、待っていたのは村のみんなからの質問攻めだった。

 彼らも早くその疑問を解消してしまいたかったのだろう。

 俺なりに彼らに対して詳細な説明を行ったのだが・・・どうやらそのことが却って彼らの混乱を深める結果となってしまったようだ。

 ただ一つ言えることは、この時を境に俺の立場がいくらか変わってしまったということだ。

 異世界からの「迷い人」 改め 異世界からの「勇者?」 に変身である。

 まぁ正体不明の化け物なんて思われるよりはましなのかもしれないが、それでも困ることには違いない。

 記憶はいまだおぼろげで、自分の人生についてははっきりと思い出せていないが、少なくと「英雄」とか「勇者」なんて呼ばれる存在でなかったことだけは確かである。


 つまり、何が言いたいかというと、

 俺は今、村で非常に居心地の悪い状況にあるということだ。




「すいません、依頼完了しました。確認と換金をお願いします。」


 俺は冒険者ギルドのカウンターでエミリアさんに声を掛ける。


「は~い。・・・うわぁ、今日もすごい大漁ですねぇ。」


 今日受けた依頼は魔獣討伐。

 討伐の証明として、魔獣の体の一部を彼女に差し出す。

 討伐した獲物は猟猪ハウンドボア 4匹、鉄熊(小) 2匹、人喰い蛙 2匹

 以前ならば到底こなせなかった依頼であるが、「技」を思い出した俺にとって魔獣討伐は非常においしい依頼となった。

 森の奥へ入り、片っ端から出会った魔獣を狩りまくる。

 大抵の魔獣はあの鉄熊ほどに強くはない。【身体強化】を使用した俺にとっては倒すのに苦労のない相手がほとんどだった。


「はい。お待たせしました。報酬の金貨4枚に銀貨6枚です。」


 計算を終えたエミリアさんが報酬を差し出してくる。

 金貨は1枚で銀貨10枚分の価値を持つ。

 つまりは以前より短時間で数倍の報酬を得ることが可能になったのだ。

 これでは俺も趣旨変えして、魔獣討伐に精を出すほかない。


「でもホントすごいですよな~。瞬く間にFランクに駆け上がって、そろそろDランクへって話もでてますよ。これってやっぱり噂の「カラテ」とか「ブジュツ」の力なんですか?」


 エミリアさんが好奇心たっぷりな様子でそんな質問をしてくる。

 そうなのだ。

 これがこの村の人達の混乱を深めた原因だ。

 俺もその時初めて知ったのだが、この世界には「武術」というものが存在しない。



 目を覚ました俺は当然の流れとして村の人達からの質問攻めにあった。

 質問の内容はもちろん「如何にして鉄熊を倒したか?」だ。

 記憶はいまだ完全に戻ったわけではない。

 しかし、鉄熊との戦いを通して、自分の中に身に付いた「技」のことだけはしっかり思い出していた。

 それは「空手」。

 どういう経緯でそれを身に付けたのかはわからない。

 空手が自分にとってどういう存在だったのかもわからない。

 しかし、それがかっての自分にとって、とても大きな存在であったことだけは確かに感じられていた。

 その証拠という訳でもないが、空手が自分に戻ってきて以来、妙に精神的に落ち着くようになった気がする。

 鉄熊との戦いでもそうだったが、自分の拠り所を取り戻したという感覚だ。

 今にして思えば、これまでの自分は随分と不安定な状態だったように思える。

 だが空手を取り戻したことで、どうやら一歩、本来の自分が戻ってきたということらしい。


 しかし、こんなことを彼らに言ってもしょうがない。

 これはあくまで自分の主観的な感想だ。

 とりあえず彼らには「自分は元の世界で空手をやっていた」とだけ説明した。

 その言葉を聞いた彼らは怪訝な顔でこちらを見返す。

 その顔を見て俺は思った。

 

 ああ、この世界は異世界だ。当然、空手なんてものもないのだろう。

 自分の初歩的なミスに気がつき、俺は言い直す。


「空手っていうのは俺のいた世界の武術です。俺はそれをやっていたんです。」


 このように俺は言い直した。

 しかし、彼らの顔から困惑が消えない。

 俺は一瞬、【翻訳】の魔術がきれたのかと思った。

 それほどに彼らの顔には「何を言っているかわからない」という言葉がありありと描かれていた。


 どこか気まずい沈黙が流れる。

 それを壊すように、おそらくは村一番の博識であるところのリーゼロッテさんが俺にこう問うた。


「・・・ええと。タツマの坊や?さっきから言ってる「カラテ」とか「ブジュツ」ってのはなんのことだい?」


 今度は俺が困惑する番だった。



 お互い困惑したまま情報を交換し、俺達は一つの結論に達した。

 この世界には、元の世界で言うところの「武術」にあたる言葉が存在しない。

 いや、その概念そのものが存在しない。

 「そんな馬鹿な?」それが俺の率直な感想だった。

 人の歴史は戦いの歴史だ。俺のいた世界、地球ではそこに文明が存在するならば、ほぼ確実に土着の武術というものが存在するのは当たり前のことだった。

 沖縄であれば空手。日本の本州であれば剣術や柔術。中国なら少林寺に代表される拳法。西洋であっても中世には独特の剣術、格闘術が存在したとされている。

 悲しい結論かもしれないが、人の文明と武術というものは不可分なものだ。

 それとも、この世界はそれすら必要ないほどに平和だとでもいうのか?そんな筈はない。


 情報交換を重ね、さらに詳細がわかってきた。

 この世界の人達にとって戦いの技と言うのは全て魔術のことを指すのだそうな。

 彼らにとっては魔術を巧みに使うことこそが戦いを制する最大の近道であるという。

 無論この世界にも武器はあるが、それはあくまで「正しい使い方」を覚える程度に留まり、それを更に研鑽しよう、工夫しようという発想には至らないらしい。

 武術を長年修行してきたであろう俺にとっては信じられない考えだった。

 驚愕の表情を表す俺に、その場で話を聞いていたレティさんがこのような疑問を呈してきた。


 「じゃあ、タツマさんの世界では、例えば料理の仕方にもそういう「技」みたいなものがあって、それを練習しているんですか?」


 最初は彼女の言っていることが理解できなかった。

 しかし、考えるにつれ、彼女の言わんとすることが腑に落ちてきた。

 確かに、俺の世界の料理にも体系づけられた技術、もしかしたら流派なんてものがあったのかもしれない。

 しかし、俺個人の記憶を辿る限り、そのような知識は見つけられない。

 つまり俺は元の世界で料理の「技」を学んだことはないし、それを身に付けようという発想すらなかったということに他ならないだろう。

 ちなみに俺が簡単な料理であればできることはこの世界で既に確認済みだ。

 そう考えるとこの世界の人達に「武術」という概念がないことも多少納得ができる。

 もし人間が生まれたときから拳銃を持って生まれてくるなら武術なんて覚える必要すらないだろう。

 この世界の人達にとっての拳銃、それが魔術だ。

 その魔術で戦うことが当たり前で、身体をつかった技を磨く必要性が薄く、それ故にそれをしようという発想すら浮かばない。

 それがこの世界での現実なのだろう。

 どちらの考えが正しいという問題ではない。

 異世界ゆえの文化と考え方の違い。そう思うほかないだろう。


 しかし、この情報交換で納得できたのは俺とリーゼロッテさん、後はせいぜいその場の数名だけだった。

 その場にいた他の人間、ましてやその場に居合わせなかった村人達からしてみればそんなことは理解できない。

 彼らにわかることは異世界人 タツマが「カラテ」や「ブジュツ」という異世界の不思議な力で巨大な鉄熊を倒した。その事実だけだ。

 それが結果として「タツマ 勇者説」に拍車を掛けることとなる。


 それが俺のこの村での居心地を至極悪くしている。

 エミリアさんはまだましな方だ。

 彼女も興味はあるようだが、仕事中はしっかり切り替えてくれるし、こちらに嫌そうな素振りが見えればそれ以上は踏み込まない。そういう気づかいができる人だ。

 しかし、他の人はなかなかそうはいかない。

 村を歩けば露骨に好奇の視線を浴びるのはもちろん。

 今まで普通に付き合っていた村の人まで俺のことを「勇者様」扱いしてくる。

 重ねていうが俺は「勇者」でも「英雄」でもない(筈だ)。

 そんな俺が「勇者様」扱いをされるなど居心地が悪くてしょうがない。

 


 だが、それすらもまだいい。

 目下、一番俺を悩ましているのは子供達、その存在だった。

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