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番外編  モトベ タツマのあまり平穏じゃなかった日々 その9

 セシリーはただただ驚いていた。

 一方、アルフは魅入られたように目の前の光景に釘付けとなる。

 自分の何倍も大きな魔獣を相手に、一歩も引かず素手で相手をする男に。

 それは彼が絵本ですら・・・空想にすら想ったことのない光景だった。


 鉄熊アイアインベアーは困惑する。

 たやすい相手の筈だった。

 取るに足らぬ獲物の筈だった。 

 その獲物の突然の変貌。

 生まれながらの強者であるところの彼は恐れとともに相手との距離をとる。


 そんな視線に晒されながらもただ一人、タツマの顔は不満な色をのぞかせていた。


 まったくなっていない。

 【身体強化】に頼った、力任せの突きだ。

 これでは「技」も「理」もあったものではない。

 こんな突き、―――に見られたら笑われてしまう。

 

 己の放った突きの不出来さに一人表情を曇らせる。

 彼は目の前の鉄熊あいてを見据え、さらに感覚を研ぎ澄ます。

 幸い、相手はいまだ健在だ。

 技を試すには手頃な相手だ。

 雪辱を果さんと彼は再び鉄熊に向けて一歩踏み出す。



 そこからの時間は子供達にとっては驚きの、鉄熊にとっては悪夢のような時間だった。

 後ずさる鉄熊を追うタツマ。

 鉄熊はそれに向けて苦し紛れの一撃を振るうが、いともたやすくかわされる。

 再び踏み込まれる右足、そしてその後に訪れる右拳が鉄熊に突き刺さる。

 込められた力自体は先程のものと大差は無い。

 しかし、それが与える威力は先程のものを更に上回っていた。

 鉄熊を含め、周囲のものには理解できていないが、それはタツマが型と突きの角度を修正した結果である。

 より精密に放たれた突きはより強大な威力を伴って鉄熊に突き刺さる。

 鉄熊の臓器に再び不快感と衝撃が刻み込まれる。

 しかし、それ以上に不気味なのは人間あいての様子だった。

 勝ち誇るでもない、畳み掛けるでもない、何かを試すように測るようにこちらを見る目の前の人間あいては鉄熊にとってこの上なく不気味なものだった。

 野生の獣たる彼にとって、それは全く未知の反応であり、相手だった。

 鉄熊の様子に何か納得したのか、目の前の人間あいては再び近づいてくる。

 この時、鉄熊の中で目の前の人間への恐れは確信へと変わった。


 鉄熊を見るタツマの目はまるで実験動物を見るように平静だった。

 事実これはもはや戦いではない。

 いわば自分に戻ってきた知恵と技術、それらを再確認する為のリハビリに等しい。

 タツマは冷静に鉄熊の動きを見切り、技を繰り出していく。

 

 自分に向けて、今まさに攻めかからんとする一瞬の機を見切っての追い突き。

 攻撃をかわし、鉄熊のサイドを取った上で放たれる鉤突き。

 機を焦り、遠間から攻めかかってくる鉄熊を悠々と前蹴りで迎撃。

 

 タツマの中に刷り込まれた経験と技が機会を誤ることなく、彼に適切な動作を取らせ、鉄熊を撃墜する。

 そして型と動きは更に精密さを増していき、それを追うようにして込められる力も増えていく。

 結果、鉄熊に対するダメージは当初は鈍い不快感でしかなかったものが、次第に針のように、釘のようにその鋭さを増していき、今となっては一撃ごとに身を貫かれんばかりの激痛を伴うようにまでなった。



 ことここに至っては鉄熊も認めざるおえなかった。

 この場の力関係は人間あいての方が上であることを。

 もはや傍らの二匹の獲物に注意を割く余裕も無い。

 そんなことをすれば目の前の人間あいてはその瞬間をけして逃さず、自分に手痛い一撃を喰らわしてくることだろう。

 かって数多の敵の攻撃を弾き返してきた鋼の肉体も今は見る影も無い。

 打ち込まれた打撃の一つ一つが灼熱と激痛をもって彼を苛み、今や目の前の人間の一挙手一投足が恐ろしくてならない。

 

 あぁ、もういい。

 もう、獲物もいらない。

 森の奥の住処に帰りたい・・・


 もはや鉄熊に強者の誇りなどない。

 許されるならば、今この瞬間にも背を向け森の奥へと逃げ帰りたい・・・

 それは甘美な思いつきだった。

 本当にそうしようとかと鉄熊は一瞬足を止める。

 踵を返し、逃げ出そうとした瞬間、彼はハッと思い出す。


 いや。だめだ。

 だって森の奥には・・・

 だから自分はこんなところまで出てきたのだ・・・


 行くことも退くこともかなわない。

 進退窮まり、鉄熊はその場に立ち尽くす。

 するとそんな鉄熊じぶんの様子を見て取ったのか、目の前の人間がこちらに向けて近寄ってくる。

 恐怖に身構えるが、様子がおかしい。

 人間あいては身構えることすらせず、無遠慮に鉄熊じぶんに近寄ってくる。

 もはや互いに触れ合うことすら可能な近距離。

 鉄熊の視界に人間あいての首筋が目に入る。

 人間としては鍛えられているが、鉄熊からすればそれは柔らかな肉と同義である。

 好機到来である。


 チャンスだ。

 今なら爪を使う必要すらない。

 少し前屈みになるだけで容易に人間あいての首筋に喰いつける。


 突如として訪れた好機は酒以上に鉄熊を酔わせる。

 見失いかけていた勝機、この恐怖から逃れる活路、それらを逃すまいと鉄熊は文字通り人間あいての首筋目掛けて喰らいつく。

 恐怖と焦りに目を眩ませた一匹の鉄熊。

 彼はとうとうタツマの表情に気が付くことはなかった。



 首筋目掛けて喰らいつかんとする鉄熊。

 当然そういう行動に出ることは予測していた。

 そして一部の狂いもないタイミングで目の前の鉄熊ケモノはそれを実行してきた。

 ここまで単純ならばいっそ可愛げすら感じる。

 そんな思いがタツマの頬を微かに緩ませる。

 しかし、それももう終わりだ。

 リハビリはすんだ。

 技と型の確認、それらの魔力との連動・・・概ね確認することができた。

 いまや、技を阻害しない【身体強化】の運用、相手にダメージを与えるのに必要な魔力量、それらを充分に理解することができた。

 この上、鉄熊ケモノを不必要に嬲る気もない。

 自分のリハビリに協力してくれた目の前の鉄熊ケモノに速やかに幕を引いてやることで礼をするとしよう。



 鉄熊はタツマの首筋目掛けて飛び掛る。

 爪以上に鋭いその牙がタツマに届くまであとわずか。

 タツマにかわす様子は見られない。


 勝った!


 鉄熊は勝利を確信する。

 しかし、次の瞬間にその確信はもろくも崩れ去る。

 突如として訪れた衝撃が下顎を砕き、それに留まらず脳天までも破壊する。

 脳天を砕かれたことでその強靭な体躯が壊れた人形のように崩れ落ちていく。

 最期に鉄熊は見た。

 自分を壊した人間の爪を。

 自分の持つそれよりずっと大きな爪を。


 あぁ・・・人間にも爪があるのか・・・・・・


 薄れゆく意識の中で鉄熊はぼんやりとそんなことを思う。 

 そして鉄熊かれの意識は夜の森よりなお暗い場所へと追いやられた。



 アルフは興奮の面持ちでそれを見ていた。

 飛び掛る鉄熊。

 次の瞬間、その巨体は跳ね上がり、そして地面に向け崩れ落ちる。

 その向こうに自分と同じ教会で暮らす異世界人の姿が見える。

 まるで天に突き刺すように自分の腕・・・肘を掲げている。

 その姿は絵本の中の聖剣を掲げる勇者を思わせた。



 この場においてタツマのほかに知るものはいない。

 振り上げの猿臂(肘)打ち。

 それが鉄熊を倒した技の名前だった。



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