番外編 モトベ タツマのあまり平穏じゃなかった日々 その6
夜の森はどこまでも暗く、そして昼間の何倍も不気味だった。
通常であれば暗くて何も見えないところだが、魔術【感覚強化】のおかげでどうにか支障なく動くことができた。
俺は魔獣と鉢合わせしないよう注意を払いながらアルフとセシリーを探す。
魔術を使えるようになった今の俺であれば逃げることくらいは充分に可能なのだ。
魔術【感覚強化】によって俺の視覚と聴覚は通常の数倍にまで高まっている。
しかし、その超感覚を持ってしてもなお、子供達の気配は感じ取れなかった。
やはり森に行ったというのは俺の早とちりだったか?
いや。そうであればむしろその方がいい。それなら俺が無駄足を踏んだというだけで済む。
人攫いにあったというもう一つの最悪の可能性もあるが、それならばすぐに殺されたりしないだけ可能性としてはまだましだ。
最悪なのは既に森の中で魔獣の餌になっている可能性だ。
そうなっていないことを祈りつつ、そしてそうである可能性も考慮しながら俺は子供達と子供達のいた痕跡を探して夜の森をひたすら探し回った。
どれほどの時間を探しただろうか。
未だにアルフとセシリーも彼らのいた痕跡も見つけられていない。
一度、教会に戻ろうか?もしかしたら既に村で彼らが発見されているかもしれない。
そんなことを考え始めたとき、俺の耳になにやら物音が聞こえた。
距離はやや遠い。
風の音・・・ではない。これは人の声だ。
子供達を探す他の大人の声だろうか?
俺は聴覚をさらに強化する。
俺の耳がその声をさらに鮮明に捉える。
声が高い・・・女?・・・・・・いやこれは子供の・・・・・・・・子供の悲鳴だ!
俺は悲鳴の方角に向け急いで駆け出した。
しばらく走り続けると容易にその場所は分かった。
声が近づいてきたというのもある。しかしそれ以上にむせ返るような獣臭と唸り声が俺にその場所を知らせた。
俺は現場に辿りつき、木陰から様子を伺う。
俺はその状況に愕然とした。
アルフとセシリーはそこにいた。まだ生きている。
しかし問題なのは彼らの向かいにいる存在だ。
体長は2m・・・いや3m近くあるかもしれない。それは唸り声を上げながら目の前の小さな獲物の品定めをしていた。
熊・・・・・・いや魔獣 鉄熊だ。
ギルドで聞いたことがある。
このあたりで出る魔獣の中でも屈指の強さを誇り、単独で撃破するのは中級の冒険者であっても困難という強敵中の強敵だ。
俺の血の気が一気に引く。
せめて猟猪程度であったなら、二人を抱えて逃げることもできただろう。
しかし鉄熊ではそれも無理だ。鉄熊は敏捷性、力ともに猟猪とは桁違いだという。例え二人を抱えて逃げ出しても、その鋭い爪で諸共引き裂かれるのがオチだ。
では、村に戻り人を呼ぶか?馬鹿げている。戻ってきた時には二人とも鉄熊の腹の中だ。
では俺が戦って鉄熊を倒すか?御伽噺の異世界の勇者のように?そんなの更に大馬鹿だ。俺は「勇者」でも「英雄」でもない。ただの村人Aだ。そんな真似できるわけが無い。
・・・・・・じゃあ見なかったことにするか?彼らを見捨ててここを立ち去るか?
明日にでも改めて彼らの遺骸を見つけて報告するか。
「あぁなんて可哀想に」とでも言って涙の一つも流せば義理も立つか?
それもいいのかもしれない。どだいあんな猛獣が相手なのだ。戦えない俺が逃げたからといって誰に攻められるいわれがあるのだ。
夜の森をこれだけ探しただけでも充分な働きの筈だ。
第一、俺は子供が嫌いな筈だ。そんな俺が子供を身を挺して助ける?そんな馬鹿な。
俺の脳裏で悪魔が囁く。
俺の心の秤は9割がた彼らを見捨てる方向に傾いていた。
可哀想だが仕方ないんだ。
そう心の中で自分と彼らに言い聞かせて、最後に彼らの方を見た。
あぁ・・・見なきゃよかった。
こんなもの見なけりゃ迷わずにすんだのに。
恐怖で涙を流すセシリー。その前にアルフが立っている。
震える身体で小さな枝を持って鉄熊と向かい合っている。
おい・・・・・・何してんだよ。
それは武器のつもりなのか?
絵本の勇者の聖剣のつもりか?
そんなもの叩いただけで折れることくらい子供でも分かるだろう。
だが、それでもアルフは枝を離さない。
震える身体、怯えた顔のまま、小さな枝を鉄熊に突きつける。
まるで、これでセシリーを守るのだとでも言わんばかりに・・・
馬鹿な子供だ。
救いようが無い。
俺には関係ない。俺は村に戻るんだ。
俺には関係が・・・・・・
その時俺の脳裏にある映像が浮かんだ。
子供達の姿だ。
教会の子供達?いや違う。
俺の周りに群がる俺の・・・・・・
いや知らない!
こんな子供など俺は知らないんだ。
俺にこれを思い出させるな!
いまだかってない程の不快感が俺を襲う。
そして俺は・・・・・・
鉄熊は唸りをあげつつ小さな二匹の獲物に近寄る。
手前の獲物はなにやら小さな枝を持っているが、そんなものは彼にとって脅威でもなんでもなかった。
怯えた表情を向ける小さな二匹の獲物。
肉は少なそうだが、その肉はさぞや柔らかく甘いだろう。
もうまもなく訪れるであろう、その味に思わずよだれがこぼれる。
前足を持ち上げ、その鋭い爪を小さな獲物に叩きつけようとしたその瞬間。
彼の顔に何か不快なものがぶつかってきた。
・・・とうとうやってしまった。
今、鉄熊にぶつけたのは俺の魔術【炎弾】だ。
どう贔屓目で見ても効いているようには見えない。
数秒前の自分の行いに今更全力で後悔する。
別に正義感や勇気でやったわけじゃない。
ただ自分の中に巻き起こる不快感に耐えかねてやっただけだ。
おかげで不快感は多少消えたが、代わりに今度は命がピンチだ。
こうなってしまってはもはや見捨てることもできない。
とにかく全力を尽くしてこの状況を打破する他ないようだ。




