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番外編  モトベ タツマのあまり平穏じゃなかった日々 その5

 最初に異常に気が付いたのはリーゼロッテさんからの説明が終わり、介抱されていた部屋から出たときだった。

 その時点で教会に居候することが決まっていた俺はベネット神父の案内のもと、教会に住む人たちに挨拶をすることになった。

 最初に挨拶をしたのはレティさんだった。

 彼女は16歳。元々はここで育った孤児の一人で、今はシスター見習いをやりながらベネット神父のことを色々手助けしているとのことだった。この教会の食事や洗濯はほとんど彼女が行っている。

 彼女との挨拶を済ませると、ちょうど子供達も揃っているので紹介したいとの提案を受けた。

 俺はそれを承諾し、彼女とベネット神父に連れられ教会の広間へと向かった。

 広間には既に教会で暮らす10人の子供達が集まっていた。

 孤児院の子供達は引き取り手が見つかるか、もしくはある程度の年齢になったら教会を出て自立するかで人数は上下するが、おおよそ10人前後の子供達がこの教会には暮らしているらしい。

 異世界からやってきた人間が教会で暮らすということについては、既に聞かされていたのだろう。幼い子供達は皆興味津々といった様子で俺を見ていた。


 くりくりした目を見開いて俺に注目する子供達。

 俺はその微笑ましい様子に頬を緩め、挨拶をしようとした瞬間――――倒れた。


 結局、その日は部屋にもう一度運びこまれ、ベッドの上で過ごすこととなった。

 その時は俺も彼らも疲労の為に倒れたと思っていた。

 しかし、違った。

 翌日になって子供達と再び対面したときも倒れこそしなかったが、恐ろしい程の吐き気に襲われた。

 どうにか挨拶を手短に済ませた後、俺は表に飛び出て吐きに吐いた。

 こうなっては俺もベネット神父達も理解せざるおえない。

 俺が極めて子供が苦手な人間であることに。

 子供に対する嫌悪があるわけではない。むしろ無邪気な子供達の姿は可愛いとすら思う。

 しかし、駄目なのだ。子供達を前にすると恐ろしい程の吐き気と不快感に襲われるのだ。

 これは生前、妙なトラウマでも持っていたのではないかと思うが、当然その記憶も未だに蘇ってはいない。

 結局、この子供恐怖症は未だ改善の兆しを見せないまま、ベネット神父とレティさんの二人のフォローの元、どうにか孤児院での暮らしを続けている。

 彼らに迷惑をかけたくないというのも、もちろん本音だが、俺の精神的健康の為にも早く自立しなくてはならない。

 その為にも明日からもとにかく仕事あるのみだ。

 俺はたった一人の夕食を済ませ、そう決意を新たにした。




 それからまた数日の時が過ぎた。

 領主は現在遠方に出かけているとのことで、領主のいる中心街に向かうのはまだ先の予定となっていた。

 俺は朝ギルドに行って依頼を受注、それらを夕方までかけて終わらせ、夕方から夜までリーゼロッテさんの店に出向き、術の掛け直しとこの世界の常識についての講習を受けた。そして教会に戻り、子供達を避けるように食事を済ませ一日を終える。そんな毎日を過ごした。


 事件が起きたのは数日経ったある日のことだった。

 その日はリーゼロッテさん、ベネット神父の勧めもあり、休養日ということになった。

 正直慣れない(と思われる)仕事続きで疲れていた俺にはありがたい提案だった。

 疲れた身体を休める為、その日は一日寝て過ごそうと思っていたのだが、そうはいかなかった。

 俺の休みを聞きつけた子供達が俺の部屋に押しかけ、ここぞとばかりに遊びをせがんできたのだ。

 異世界の話をしてくれ、絵本を読んでくれ、鬼ごっこをしよう・・・これでもかって程の提案を俺に投げかけてきた。

 中でも一番多かった要望は森に遊びに連れて行ってくれというものだった。

 この村は周囲を森に囲まれている。

 森は自然豊かで少し入れば甘い木の実や珍しい花などがいくらでも採れるのだそうな。

 しかし、俺自身も身をもって知ったことだが、深く入れば凶暴な魔獣も跋扈する危険な森でもある。従って子供達だけで森に入るのはベネット神父も周囲の大人達も固く禁じていたのだ。

 レティさんに頼もうにも彼女は家事で忙しい。

 そんな状況で白羽の矢が立ったのが俺というわけだった。

 子供達には幸か不幸か俺の子供恐怖症は知られていない。

 その為、遠慮なく俺に詰め寄ってくる。

 もはや俺の吐き気も限界だ。

 俺は半ば子供達の話を打ち切るように「用事がある」と言って部屋を飛び出した。

 最後に見えた子供達の顔が大層不服そうだったのを覚えている。


 無論、用事など無い。

 転移間もない俺にとって、この村で知人と呼べるのは教会の人達、リーゼロッテさん、ギルドでお世話になっているエミリアさんくらいのものだ。

 つまり限りなくぼっちに近い男である。

 しょうがないのであても無く村中をぶらついてその日は暇を潰した。


 山の向こうに日が沈み、あたりもめっきり暗くなってきた。

 結局、いつも帰るのと同じような時間まで外にいたことになるらしい。

 俺は子供達と顔を合わせることに若干の気まずさを感じながらも教会へと帰った。

 俺が教会に着くと教会の入り口に無数の人影が見える。

 ベネット神父、レティさんだけではない。他にも数人の大人の姿が見える。

 そして彼らは大きな声で何ごとか呼びかけていた。

 どうやら何かあったらしい。

 入り口に辿り着いた俺はベネット神父に声を掛ける。


「ベネット神父。ただいま帰りました。・・・何かあったんですか?」


 俺に気が付いた神父は普段は穏やかな顔に大いに不安な表情を浮かべて俺に問う。


「ああ。タツマさん。アルフとセシリーを見ませんでしたか?」


 アルフとセシリー・・・教会の子供達の中で最年少5歳の男の子と女の子である。


「いえ・・・朝、教会を出ましたので、それ以降は・・・」


 俺の答えに頭を抱える神父。


「あの子達の姿が見えないんです・・・もう村中の心当たりは全部探したのに・・・」


 答えたのはレティさんだ。普段はしっかりもので笑顔を絶やさない彼女がまるで幼子のように涙ぐんでいる。

 周囲の大人達、よく見れば派遣兵士の姿も見える。

 さして大きくもない村だ。この人数の大人が探して見つけられないなどということはまず無い。

 平和な村ではあるが、それでも俺のいた世界に比べれば危険も多い。

 人攫いにあった・・・などの最悪の事態も考えているのだろう。

 彼らの顔は皆緊迫の表情を浮かべ、大きな声で二人の名前を呼びかけている。


「いったいあの子達はどこへ・・・タツマさん、どんなことでも構いません。何か心当たりはありませんか?」


 ベネット神父が縋るように俺に問う。

 考え込む俺にふと朝の子供達との会話が蘇る。

 子供達に森へ連れて行ってくれとせがまれたこと、飛び出していく俺を子供達が不満げに見ていたこと・・・

 その中にアルフとセシリーも交じっていたのではなかったか。

 俺はそのことを彼らに伝える。

 ベネット神父とレティさんの顔が目に見えて蒼白に染まる。

 もはや完全に日は沈み、あたりは暗闇で包まれている。

 ただ森で迷っているだけでも一大事だが、夜は魔獣の活動も活発になる。

 幼子二人など彼らにしてみれば格好の餌でしか無いだろう。

 この村に住む人達がその危険を知らない訳がない。

 周囲の大人達は沈痛な表情を浮かべ、レティさんはとうとう崩れ落ちて泣き出した。

 ベネット神父も頭を抱え絶望的な表情をしている。


「とにかく。ここでこうしていても仕方ないでしょう。俺も森に行ってあの子達を探します。ベネット神父は冒険者ギルドに声を掛けてください。レティさんはリーゼロッテさんを呼んでください。」


 それだけ言いおき俺は森へと駆け出した。

 もはやここに至っては子供が苦手だなどとは言ってられない。

 一刻も早くあの子達を探さねば。

 


 その時、俺の胸には何ともいえない不快感が渦巻いていた。

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