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番外編  モトベ タツマのあまり平穏じゃなかった日々 その4

 リーゼロッテさんの店を出て帰る道すがら、これまでのことをふと思い返す。

 この世界に来て、まだ一月も経ってはいないのだ。

 思えば激動の毎日だった。まぁ生前の記憶がないので、生きてた頃との比較なんてできない訳だが。


 最初の日、リーゼロッテさんから説明してもらった話によれば、俺はこの世界に偶発的に転移させられてきたといえるらしい。

 何でもこの世界には数百年前、とても大きな戦いがあったのだそうだ。

 現在では「魔王」とも称される者との戦いである。

 まさに世界の存亡を賭けた戦いでこの世界に住む全ての人々が窮地に陥っていたらしい。

 日に日に追い込まれていく彼ら。

 そんな中、苦肉の策として編み出された起死回生の一手があった。

 それが、異世界から事態を解決できる人間を呼び寄せる。いわゆる『勇者召喚』である。

 召喚は無事成功し、紆余曲折の末、見事「魔王」の軍勢は退治され世界には平和が戻ったのだそうな。

 この異世界の勇者による魔王退治は御伽噺や絵本になるほどこの世界では有名な話らしい。

 しかし、絵本ならここで「めでたしめでたし」で終わるのだが、現実はそうはいかなかった。問題に気が付いたのは50年以上経ってからのことだ。

 この世界に再び異世界の人間が現われたのだ。

 今度は召喚の魔術は行っていない。というよりも「魔王」が倒された時、当時の関係者は勇者召喚魔術の悪用を恐れ、禁呪扱いとして徹底的にその技術の秘匿と研究禁止を課したのだ。そもそも勇者召喚の行使には莫大な準備と術者を要する為、「魔王」退治以後それを行える人間など誰もいなかった。

 だからこそ、予期せぬ異世界人の到来は当時の人々を大いに驚かせた。

 慌てて原因究明に乗り出したまだ存命中の『勇者召喚』関係者達(リーゼロッテさんもその一人だったそうな)。

 そして出た結論は二つ世界を隔てる「壁」に綻びが生じているということだった。

 『勇者召喚』の為に穿たれた穴が完全に塞がりきっていなかったらしく、そこから偶発的な召喚が起きてしまったというのが彼らの結論だった。

 その綻びは一定の周期で広がることがあり、それに大気中の魔力、条件にあった召喚者の存在・・・それらが噛み合った時、偶発的召喚が発生するということだった。

 ちなみに召喚の条件とはなんらかの理由で元の世界との「縁」が切れかけている、もしくは切れたものがそれにあたるらしい。つまり、死に瀕した状態の者、今まさに死んだ者・・・そういった人間だ。死んだ筈の俺が召喚されたのもその為なのだろう。


 彼らは急いで解決策の考案と状況確認に乗り出した。

 まず状況確認の結果だが、この50年で召喚されていたのはくだんの一人だけではなかったらしい。

 他にも何名か召喚は成されていたようだがその大半は狂人扱いの末、どこかで亡くなっているケースがほとんどだった。

 そして解決策についてだが、結論から言って穴の綻びを消すことは今現在も成しえていないらしい。そもそもが前代未聞の大魔術だったのだ、50年が経ち、当時の関係者の半数が没した状況では明確な解決策を打ち出すことなど技術的に不可能だったらしい。

 その為、対策は送還術の研究と召喚者の生活的バックアップというところに留まった。

 召喚者を発見した場合はその土地の領主に報告。その上で召喚者の要望を聞き、帰還を望むなら王都での送還術の行使を、滞在を望むのであれば彼らの生活保護,もしくは補助金の支給というところに落ち着いた。


 俺も状況を説明してくれたリーゼロッテさんから確認があった。

 しかし、元の世界の俺は既に死んでいる筈なので送還に意味は無い。

 従って、俺の選択肢は王都での生活保護を求めるか、補助金の支給を受けこの世界で暮らしていくか、その二つだった。

 そして俺は後者を選んだ。生活保護を受ければ生活の面倒は見てくれるらしいがずっと籠の鳥のような状況らしい。それならば多少苦労しても市井で生きていくことの方がましに思えたのだ。

 とりあえず近いうちにはリーゼロッテさんと共に領主の元へ行き、報告と補助金の申請を行うこととなるだろう。

 それまでは一刻も早くこの世界に馴染めるよう、冒険者稼業で経験を積む、それが今の俺の現状だ。



 考え事をしている内に教会へ辿りつく。

 リーゼロッテさんと共に俺を介抱してくれたベネット神父の職場であり、住まいだ。俺は現在そこに居候させて貰っている。

 転移したばかりで行くあての無かった俺を彼が引き取ってくれたのだ。

 大変申し訳ない限りではあるが、いずれ補助金を受け取り、生活が軌道に乗るまでという条件で恥ずかしながらお世話になっている。

 教会の玄関に二つの人影が見える。

 ベネット神父と見習いシスターのレティさんだ。どうやら心配して待っていてくれたらしい。


「おお、タツマさんお帰りなさい。お仕事お疲れ様です。」


 ベネット神父が穏やかに声を掛けてくる。


「ただいま帰りました。すいませんリーゼロッテさんのところで話し込んでいて遅くなってしまいました。」


 俺は頭を下げ、彼らに詫びる。


「そうだったんですか。夕食の準備ができていますから、荷物を置いたら食堂に来てくださいね?あの子達も待ってますよ。」


 そう言ってレティさんは教会の中に入っていく。

 続いて教会に入ろうとするベネット神父を俺は呼び止めた。


「すいません。これ今日の稼ぎの一部なんですが・・・」


 俺はそう言って銀貨4枚を彼に差し出す。

 しかし、ベネット神父は困ったような顔で首を横に振る。


「いけませんタツマさん。これからのあなたにはお金があって邪魔なことなんて無いんです。私に渡すくらいなら今後の為に貯金してください。前からそう言っているでしょう?」


 これもこの数日、俺とベネット神父の間で何度も繰り返されているやり取りである。

 タダでお世話になっていることが心苦しかった俺は仕事終わりにその日の稼ぎの約半分を彼に渡すつもりでいた。しかしベネット神父も頑固で「自分の為に取っておけ」と言うばかりでなかなか受け取ってくれない。

 今日もしばらくの押し問答の末、ようやく観念したのかベネット神父は俺の手から銀貨1枚を摘み取る。


「では、これだけ受け取らせて頂きます。・・・でも本当にこういうのは無用ですからね?」


 そう言って彼も教会の中に入っていく。

 まったく申し訳ない限りだ。早く生活を軌道に乗せ、自立しなくてはならない。

 リーゼロッテさんの言うとおり、ここは大家族なのだ。恩人である彼らの負担になるような真似は極力したくない。


 そんなことを考えつつ俺も教会に入る。

 さて、部屋に荷物を置いて食堂に向かおう。

 そう思った矢先、ドタドタと無数の足音が自分に近づいて来た。

 まずい。


 足音の主達はそのまま俺の間近まで寄ってくる。


「おかえりニイちゃん。」「おみやげは?」「今日はなにやったの?」「夕飯シチューだよ!」「ごはんのあとあそんで!」

 

 それはこの教会で暮らす子供達だった。

 一番年上の子でもせいぜい10歳前後といったところだろう。

 この教会は孤児院も兼ねている。

 だからこそ、俺を受け入れる部屋の余裕もあったわけなのだが・・・


「あ、ああ・・・みんなただいま。」


 無邪気な声で俺を迎えてくれた子供達に俺はぎこちなく返事を返す。

 そこにレティさんが通りがかる。手にはおぼん。おそらく厨房から食堂に食事を運んでいたのだろう。

 俺の様子を察したのか、彼女は子供達に声を掛ける。


「ほらみんな!タツマさんは疲れてるんだから、あんまり大騒ぎしないの!食堂にいらっしゃい。夕飯の準備ができたわよ。」


 彼女の言葉に食堂へと駆け出していく子供達。

 彼女は俺を気遣わしげな目で見やる。

 俺は無言で会釈し、彼女に礼を返す。

 俺は自分の部屋に戻り、荷物を置く。

 そして、食堂には向かわずそのまま再び外へ出る。

 教会から少し離れた林に入り、木の根元にうずくまる。

 

 そこが限界だった。

 俺はたまらずその場で嘔吐する。

 胃の中のものを全て吐き出し、それでもなお吐き続ける。

 夕食前だったのがまだ救いだった。食事を無駄にせずすんだ。

 心の準備をしていれば、まだ平気なのだが今日のような不意打ちだとどうにも駄目だ。

 その後もうずくまり続ける俺に後ろから声が掛かる。


「大丈夫ですか。タツマさん?」


 ベネット神父だ。俺の様子を察して来てくれたのだろう。


「・・・すいません。お世話になっている身なのに、こんな状態で・・・」


「いいえ。子供が苦手な方だっていらっしゃいます。食事は部屋に運ばせますからどうか無理はなさらないでください。」


 そう言って、気を利かせてくれたのか、先に戻っていくベネット神父。

 住まわして貰っているだけでも申し訳ないのに、こんな迷惑までかけているのだからほとほと自分が情けない。

 

 この世界で暮らしていて気が付いたことなのだが、俺は子供達を見ていると強い吐き気に襲われる。

 どうやら生前の俺は極度の子供嫌いだったらしい。

 まったく我ながらろくな人間じゃなかったようだ。 

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