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番外編  モトベ タツマのあまり平穏じゃなかった日々 その3

 ガチガチに緊張したまま店に入ってきた俺をリーゼロッテさんが苦笑しながら見る。


「相変わらず、お堅い喋り方だねぇ?もう会って何日も経つんだ、他の人間に接するみたいに気楽に接してくれていいんだよ?」


「あっ、いえ、そんな・・・いつもお世話になってますし・・・」


 別に緊張している理由はそればかりでもないが。


「まったく・・・そんな気にしなくていいって言ってるだろ?あんたはある意味、被害者みたいなもんなんだから。そうだ!呼び方から変えてみるってのはどうだい?あたしのことはリーゼとか・・・なんだったら可愛らしく「リズ」とかって呼んでくれても構わないんだよ?」


 笑顔でそんなことをのたまうリーゼロッテさん。

 ヤバイ。すげぇ可愛い。

 かえって緊張の増す俺。こういう時のクールな立ち回りというものは俺の記憶に無いらしい。生前の俺の役立たずめ。


「い、いやそんな、恩人をそんな呼び方するなんて、いや本当にその・・・」


 我ながら完全に挙動不審だ。

 そんな俺に苦笑しながらリーゼロッテさんがため息をつく。


「まぁ、おいおい慣れていけばいいさ。ほら、今日も術を掛けなおすからこっちへおいで。」


 話題が変わったことに安堵しながら、隣の椅子に座る俺。

 彼女は俺の額に指を当てなにか呟き始める。

 リーゼロッテさん曰く、魔術【翻訳】だという。

 これのおかげで俺はこの世界でも周囲の人と意思の疎通ができている。

 なんでもかなり難度の高い魔術らしく、使える者も少ないらしい。

 彼女がこの村にいたのは俺にとって最大の幸運だった。

 そうでなければ今頃、言葉の通じぬ狂人扱いか、人との交流を諦め異世界のどこかで野垂れ死にでもしていたかもしれない。

 この魔術によって聞くこと、話すことに関しては支障なく行うことができる。ただし読み書きついては、その範囲外となるので、自分で学習する必要があるとのことだ。これについては現在勉強中だ。


「はい、終わったよ。だいぶ魔術が定着してきたね。後何回か掛ければ完全に定着して掛け直す必要も無くなるだろうさ。」


 まったくお世話になってばかりだ。この先、彼女と気楽に接するなんて真似、一生できないだろう。


「ところでどうだい?冒険者稼業の方は?少しは慣れたかい?」


 彼女に今日行った仕事内容について説明する。


「そうかい、わかったよ。これからも手広く色んな依頼を受けてみな。そうすれば自分に合った職業もその内見つかるだろうさ。」


 この世界で生きていくことを決めた俺に冒険者を勧めたのはリーゼロッテさんだ。

 記憶が無く、自分に何ができるか分からないのなら、まずは冒険者(何でも屋)をやって自分の適性を探すといいと提案してくれたのだ。

 今のところ、これといった適正、希望は見つけられていないが、当面は手広く依頼を引き受け、ゆくゆくはその中のどれかを自分の仕事にしていこうと思っている。


「しかし、あんたも戦うことができればそのまま冒険者を続けるって手もあるんだがねぇ。なんだかんだで結構実入りのいい仕事だし。」


 俺は戦闘職には向かない。それが俺とリーゼロッテさんの判断だった。

 この世界において魔術は誰にでも使用できるほど一般的な技術だ。それは異世界からやってきた俺であっても例外ではない。この世界に来て数日だが、日常で用いるような魔術は既に支障なく使うことができる。

 しかし、魔術を仕事にする、魔術を戦闘に使うとなると、そこにはやはり才能と適正というものが大きく関わってくる。

 リーゼロッテさんの判定によると、俺の魔力はこの世界の平均値をやや上回っており、魔力量的にはまったく問題は無いらしい。問題なのは適正の方だ。

 この世界の魔術は大まかに分けて攻撃と治癒、二つの適正に分かれる。

 そして俺には攻撃の適正がまるで無かった。

 例えば、日常で使う程度の火を生み出す程度ならば問題ない。

 しかし、それを攻撃に使うとなると話は別だ。

 火炎攻撃の初歩魔術【炎弾】を教わり、何度か試してみたのだが情けない程に小さい火の玉しか出すことができなかった。

 リーゼロッテさん曰く、これは俺の中に魔術で相手を攻撃するという強い思考イメージが備わってないためとのことだ。訓練を重ねれば多少改善はされるそうだが、それでも適正のある人間には到底及ばない程度らしい。

 俺の魔術はどちらかというと治癒寄りだという。これは自分や他者に作用させる系統の魔術だ。

 しかし、人を回復させるには人体の構造に対する深い知識とそのイメージが必要な為、ある意味では攻撃以上に訓練、専門の学習が必要になるという。

 結果、俺がまともに使うことができるのは日常で使う魔術と自己回復、自己強化の魔術だけとなる。

 それでも自己強化を駆使して冒険者をやっている人間も中にはいる。

 しかし、あいにく俺にはそれほど冒険者に対するやる気も無いし、強いて戦いを仕事にしたいとも思っていない。

 つまりかような理由から俺が冒険者を続けるという進路は計画から除外されている。

 まぁ別に構わない。

 俺だって強いて殺伐とした生活なんて送りたくない。戦いたくないのだ。


「ところで仕事の方はともかく記憶の方はどうだい?」


 話題を変えるようにリーゼロッテさんが問いかける。

 しかしこちらも芳しいとは言えない。

 知識は思い出せるが自分のことについては何も思い出すことができていない。

 知識の方も極めて一般的なことばかり。過去に現われた迷い人(異世界人)の中には自分の持った専門的知識、技術でこの世界に大いに貢献した者もいるらしい。

 しかし、自分の知識を辿る限り、世界を革新するような高度な知識はどうやら持ち合わせていないようだ。

 どうやら、生前も村人Aと大差ない状況だった模様。



 その後はしばらく雑談に興じていたのだが、ふとリーゼロッテさんが時計を見る。


「おや?思いのほか話し込んでしまったねぇ。そろそろお帰り。ベネット達が心配するよ。」


 俺も時計を見上げる、思いのほか長居してしまった。お暇することとしよう。

 その前にふと思い出し、リーゼロッテさんに声を掛ける。


「そうだ。ベネット神父が近いうちに食事にご招待したいって言ってましたよ。いつでも教会へ来て下さいって。」


 俺の言葉に困ったような笑みを向けるリーゼロッテさん。


「気持ちは嬉しいんだけどね。あたしはエルフだから、人や亜人ほど、食事ってものが必要ないのさ。」


 そう言いながら彼女は長く尖った耳を俺に見せる。

 そう、この世界はエルフや亜人まで存在する。まさにファンタジーな世界だ。

 そして、リーゼロッテさんに以前聞いたところ、エルフは基本的に水と日光、あとは僅かな野菜や木の実を食べていれば食事はさして必要としないらしい。


「ベネットの家はあの通り大家族だからね。余分な食い扶持を増やすのは申し訳ないってもんさ。まぁ、あんたがもっと稼ぐようになったら一度お邪魔させてもらおうかねぇ?その時はご馳走を頼むよ?」


 そう言って笑うリーゼロッテさん。

 冗談めかした口調だが、ベネット神父を気づかってのことらしい。

 まったく立派な人である。ますます頭が上がらない。


 俺は別れの挨拶を述べ、リーゼロッテさんの店を出た。

 さぁ、この世界での今の家に帰ることとしよう。

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