番外編 モトベ タツマのあまり平穏じゃなかった日々 その2
「それではこれが今回の依頼の報酬となりますので、御確認ください。」
そう言って、赤毛の冒険者ギルド職員は俺に硬貨の入った袋を手渡す。
中身を確認すると、袋の中には銀貨が8枚、銅貨が5枚。
こちらの貨幣価値は未だにピンと来ないが、とりあえず贅沢しなければ今日,明日の食事代になる程度の稼ぎではあるだろう。
俺はギルド職員に頭を下げて報酬を懐にしまいこむ。
「どうですか?もう数日経ちましたけど、慣れましたか?」
彼女が気さくな調子で話しかけてくる。
彼女は俺の担当職員でエミリアさんという。
数日前に冒険者を初めてから毎日顔をあわせており、今では多少雑談なども交わすようになった。
「えぇ、まぁぼちぼちってとこですかね?でも、冒険者ってもっと物騒な感じの仕事を予想していたんですけどねぇ。」
これは俺にとって意外なことだったのだが、冒険者ギルドといっても必ずしも戦い絡みの仕事ばかりではない。
今回俺が引き受けたのは農家の収穫の手伝い、民家の屋根の補修、雑貨店の商品搬入と整理といったものだった。
冒険者といっても現実的には何でも屋ということらしく、依頼とそれを受ける人間さえいれば、こういう日常絡みの依頼も斡旋しているらしい。
「そうなんです。皆さん初めは驚かれるんですよね。やっぱりこの仕事って華やかな英雄譚とか成功談を聞いて入ってくる人が多いから・・・」
確かに俺の知識にある冒険者というのもそういうイメージだった。
荒ぶる魔獣の討伐、悪党退治・・・どこの世界でも現実と創作には落差がつきもののようだ。
「でも、そういう派手な仕事も斡旋してるんですよ?だからタツマさんももう少し慣れて、戦い方を身に付ければそういう依頼だって・・・」
「あぁ、いやいやいいんですよ。俺は別にそういうのに憧れてるわけじゃないし、それに戦いなんてとてもじゃないけどできませんから。」
だってそうだろ?
今の俺はいわばこの村の村人Aだ。魔獣や悪人と戦うなんて冗談じゃない。
俺はギルドを出て、村はずれの薬屋に向かう。
別に病気や怪我をしたって訳じゃない。
そこの店主に用があるのだ。
しばらくして店に着いた俺はやや緊張しながら店のドアを開ける。
「し、失礼します!」
店の奥の店主がこちらに目を向ける。
「あぁタツマの坊やかい?今日はもう仕事が終わったのかい?」
腰まで届く輝くような銀髪、白磁のような肌、趣味や嗜好といったものを超越した圧倒的な美貌。
この店の店主 リーゼロッテさんだ。
「は、はい。おかげさまで今日も無事に終わりました!」
俺はどうもこの人の前だと緊張してしまう。
理由は二つ。
一つは彼女の美貌。
記憶が極めて曖昧な俺だが、おそらくこれほどの美女には会ったこと無いであろうことは断言できる。
俺だって健康な男だ。美人の前じゃどうしたって浮き足だって緊張してしまう。
・・・どうやら生前の俺はプレイボーイではなかったらしい。
二つ目は至極単純。彼女はこの世界における俺の大恩人だからだ。
彼女いなければ、俺はおそらくあの森で二度目の死を迎えていたし、こうしてこの世界で生きていくなんてこともできなかっただろう。
あの日、森で倒れた俺を助けてくれた女神こそリーゼロッテさんだ。
俺を助け、知人の教会まで運んでくれたのだ。
教会のベッドで目覚めると同じ部屋にリーゼロッテさんと教会の神父がいた。
自分が助けられたことを悟り、礼を言うと二人は怪訝そうな顔をした。
聞こえなかったのかと思い、再度礼を言う。彼らはさらに困惑した顔でこちらを見る。
今度は神父と思しき人物が俺に話しかけてきた。
「#’*~¥+6|&||#?」
俺の耳は彼の言葉を聞き取ることができなかった。
少なくとも日本語ではない。
俺の知識の中にある外国語のどれとも似ていないその響き。
筆談ならばと思ったのか、神父は俺に紙とペンを手渡してきた。
しかし、俺の書く言葉は何一つとして彼に伝わらず、彼の書く言葉もまた俺にはまるで理解できないものだった。
だが唯一、リーゼロッテさんだけは違ったらしい。
俺の書いた文字を見て何かしら納得し、俺の目の前まで近寄って来た。
自分の置かれた境遇と突如近寄って来た美人にさらに混乱する俺。
そんな俺に構わず、彼女は俺の額に指を当て、何ごとか呟き始めた。
それが数分ほど続いただろうか、
「&)~#%*‘‘^|%##・・・・・・どうだい?あたしの言葉がわかるかい?ニホン人の坊や?」
突如として彼女の言葉が意味あるものとして俺の耳に入ってくる。
あまりの驚きに呆然としつつ頷く俺。
「ベネット。この子は異国の人間でも狂人でもないよ。この子は「迷い人」・・・つまり異世界の人間さ。」
「迷い人・・・・・・あの御伽噺に出てくるあの迷い人ですか?まさかこの目で見ることになるとは・・・・・」
驚愕の顔でこちらを見る神父。
その後、神父との状況確認が始まった。
この大陸がなんという名前かわかるか?
ここの領主の名前は?
君はどこから来た?
彼の質問は何一つとして分からず、俺が答えた日本という国も彼は全く知らないようだった。
「ベネット・・・そんなまどろっこしい質問しなくたってこれを見せれば一発でわかるさ。」
そういってリーゼロッテさんは俺の目の前に白い手を差し出す。
彼女は悪戯っぽい顔でその手を揺らしたり、裏返したりする。
「さぁ、タネも仕掛けもございません!」というような風情だ。
何ごとかと彼女の手を見つめる俺の目の前でそれは起こった。
彼女の手の平より突如として生じる火柱。
驚く間もなく、火柱は消えうせ、次に雷が彼女の手に纏わりつく。
その次は宙に人の頭ほどの水球が生じ、それが消えて渦巻くような風が彼女の手に生じた。
最後には風も消え、何事もなかったかのように部屋に静けさが戻る。
俺は言葉を発することができなかった。
突如として起きたそれは俺の理解を超えていた。
手品やマジックなんてチャチなものじゃない。
当然、俺の記憶のどこを掘り返してもこんな現象は知らなかった。
ただただ驚き続ける俺に彼女は悪戯っぽく聞く。
「さぁ坊や?あんたはこれを・・・「魔術」を見たことがあるかい?」
当然、見たことなんてあるわけ無い。
俺は驚愕のまま首を横に振る。
これが俺の魔術との最初の邂逅。
そして自分が異世界に来たのだと気付いた最初の瞬間だった。




