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番外編  モトベ タツマのあまり平穏じゃなかった日々 その1

短編が20話を超えましたので、投稿させて頂きます。

宜しければお付き合い下さい。

 語ることなど何もない。

 今の俺は語れることも語るべきことも持ち合わせてはいないのだから。





 俺は、本部モトベ 辰馬タツマ

 日本人・・・のはずだ。

 年齢は・・・・・・おそらく二十歳は超えていると思う。

 職業はこの間まで無職だったが最近フリーター・・・いや、この世界風の言い方をすれば「冒険者」だ。それになった。まぁ、まだ駆け出しもいいところなんだが。

 なんで、こんな煮え切らない自己紹介なのか?

 ご意見ごもっともだ。俺だって他人がこんな自己紹介をしてきたら不審に思うだろう。

 だが、一応これには理由がある。

 俺はいわば記憶喪失というやつなのだ。

 もちろん、何もかも知らない、覚えていないというわけではない。

 知識や一般常識といったことについては問題なく思い出すことができる。

 思い出せないのは「俺」という人間がこれまでどういう人生を送り、どういう人間であったかということだ。

 一応、自分の知識を辿っていくと高校あたりで習ったであろう数学の公式や歴史の知識なんかがおぼろげながら思い出せる。

 しかし、自分がどういう学生生活を送ってきたか?友人の顔は?家族はいるのか?・・・そういったことがりガラスごしの景色よりおぼろげで何一つとして鮮明に思い出せないのだ。


 ・・・・・・あぁ。一つだけ確かに思い出せることがあった。

 確か、俺は死んだ筈なのだ。





 気が付くと俺は見知らぬ森の中にいた。

 身一つで森の中に立ちすくんでいた。

 確かに思い出せるのは自分が死んだ筈という確信。

 それ以外のことは全ておぼろげな霧の中に包まれていた。

 当初はいわゆる死後の世界というやつなのかと思ったが、どうも違ったようだ。

 しばらく立ちすくんでいたのだが、天使も悪魔も閻魔大王も三途の川の渡し舟も何一つとして俺の前には現われなかった。

 途方にくれて立ちすくむ俺に現われたのは全く別のものだった。

 犬と猪をかけ合せたような、俺の知識にない異形の獣。

 御盆にやって来た魂は牛の乗って帰っていくなんていうが、この獣もその類なのだろうか?

 ・・・などと寝ぼけたことを考えていられたのはこの時まで。

 獣が近づくごとに増していくむせ返るような獣臭。知識に無くてもわかる明確な獣の敵意。

 俺が本能のまま逃げ出すのと牙をむいた獣が襲い掛かってくるのは、ほぼ同時だった。

 必死で逃げる俺の脳裏に、「人間は獣には勝てないヨ!」という言葉が思い出される。

 うるせぇよ!そんなこと思い出さんでも分かるわ!

 

 俺は必死で逃げた。

 木に登り、茂みに隠れ、急斜面を飛び降りた。

 どうにか逃げ切れたのは今考えても奇跡だったと思う。

 ほっと一息つく俺。

 思わずへたり込んで息をつく。

 しかし、俺はまだまだ甘かった。

 俺の目の前にはまたあの獣(後で聞いたが猟猪ハウンドボアという獣らしい)がいた。

 さっき撒いた獣だったならまだ救いもあったのだが、どうやら大きさ毛並みの様子からして違う固体らしい。

 どうやらこの森にはこういった獣が多数いるようだ。

 休む間もなく必死の逃走その2が始まる。

 一体ここは何なんだ?

 獣地獄か?

 悪魔でも閻魔大王でもいいが、せめて判定くらいしてから地獄に落として欲しい。こっちにだって心の準備というものがある。

 それとも判定無しで地獄行き確定な程、生前の俺は極悪人だったのか?

 そんな益体もない思考で疲労と恐怖をごまかしながら俺はひたすら走った。


 そのあと、何度獣と遭遇し、どれ程走り、逃げ続けただろうか?

 いつの間にやら、森は暗さを増し、夜が近づいていることを否が応にも俺に自覚させた。

 もはや立っているだけでやっとだ。

 腹も減ったし、喉はそれ以上にカラカラだ。

 もはや、死後の世界が云々という考えはやめた。

 これほどリアルな疲労感と飢餓感。よしんば本当に死後の世界だったとしてもこれでは生きている時となんら変わりは無いだろう。

 樹の根に足を取られ、地面に倒れこむ。

 もう立ち上がる気力すら残っていない。

 疲労が思考を投げやりにする。


 もういいだろう?

 どうせ何も覚えちゃいないのだ。未練に思うことも後悔することも無い。

 それに一度は死んでいるのだ。もう一度獣に襲われて死んだからといって、なんの支障があるというのか?

 近くの茂みからガサガサと音が鳴る。

 また獣のお出ましか?

 俺は意識を手放すことを決める。

 難しいことじゃない、疲労はもう限界なのだ。もはや目を閉じればそのまま俺の意識は夢の中へ落ちるだろう。

 寝ている間に殺されるなら、まだしも苦しまずに済むというものだ。

 俺は全てを諦め、ゆっくり目蓋を閉じる。

 閉じていく視界が最後に捉えたのは・・・


 女神の姿だった。

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