女はこわいよ(物理) パン屋 ヨセフさんの場合②
「パン屋のヨセフさんですか?えぇ知ってますよ。」
目の前に座った彼女は生真面目な顔で俺の問いに答えてくれた。
青を基調として制服に腰の短剣、まだ仕事中だというのに俺の話に付き合ってくれるのだ。全くありがたくも申し訳ない限りだ。
しかし、ヨセフさんの相談は俺にはどう手をつければいいか検討もつかない、かといって人のプライベートに関わる話だから誰彼構わず相談すると言うのも気が引ける。
そこで揉め事解決のプロ、この村の派遣兵士であるセリアさんに相談することとしたのだ。
俺はセリアさんにヨセフさんの相談について一通り説明する。
何か知っていることがないか聞きたいというのもあるがそれだけではない。
もし、ヨセフさんの夫婦問題がDVにあたるほどひどいものであったなら、その時は俺は手を引き、派遣兵士に正式に対処を依頼した方がよいと思ったからだ。
「そうですね。ヨセフさんの家の夫婦喧嘩については派遣兵士の間でもちょっと話題になっていますよ。」
なんでも、セリアさんが言うにはこの村の派遣兵士にとってヨセフさんの家の夫婦喧嘩はちょっとした名物になっているらしい。
逃げる旦那とそれを怒りの形相で村中追い掛け回す奥さん。
事件と勘違いした村人が何度か通報してきたこともあるらしい。
「何度か注意もしたんですが、なかなか収まらないみたいで・・・あそこの奥さんは猫の亜人ですからそういう点も関係あるのかもしれませんけど。」
個人差はあるのだろうが猫の亜人は怒りだすととにかく激しいという話を聞いたことがある。
猫同士のケンカの様子を思い浮かべる。・・・なるほどあんなふうに怒られたら、確かにヨセフさんも怖かろう。
「ただ、大怪我をしたり、旦那さんが訴えてきたりするわけではないので、こちらとしても現状これといった対策は立てられていないんです。面目ない話ですが・・・」
それはそうだろう。各家庭の夫婦喧嘩まで解決しなければならないなら、この村の派遣兵士の人数が10倍になったとしても荷が重いと言う他ないだろう。
「ですから、問題を解決するにはやはりヨセフさんの家庭の様子を正確に把握することから始めたほうが良いのではないかと思います。」
やはり、それしかないか。自分でも考えていたが、直接様子を見なくては対策の立てようもないようだ。
俺はセリアさんに礼を言い、派遣兵士の詰め所を出ようとするが、そこを彼女から呼び止められる。
「タツマセンセイ。私の勤務時間があと少しで終わりますので、良かったら私もご一緒させてくれませんか?個人的にも気になっていた案件ですので。」
これは渡りに船だ。正直彼女の申し出は至極ありがたい。
俺は彼女に再び礼を言い、協力をお願いする。
「いえ、そんな・・・では、私の勤務が終わるまで椅子にかけて待っていてください。」
彼女の勧めに従い、俺は椅子に掛け直す。
すると彼女は向かいの席を立ち、俺の隣の椅子に腰掛ける。
何故、隣に座るのだ?
「・・・ところでタツマセンセイ。気付いていますか?この詰め所、今私とセンセイの二人しかいないんです・・・」
ん?待て待て。何か空気がおかしいぞ。
「我慢しようと思ってたんですけど・・・・・・私・・・もう我慢できなくって・・・・・・」
そう言うと彼女は俺の腕に腕を絡め、潤んだ瞳で俺を見上げてくる。
細身ではあるがたしかに柔らかな彼女の身体が俺の腕に押し付けられる。
彼女は上気した顔で俺を見つめ続ける。
ちょっと待て。
まずい。色々まずい。
なんでこんな流れになった?
俺とて健康な男である。こういう状況が嬉しくないわけではないが・・・いややっぱまずいだろ?
とにかく心を強く持つのだ。色即是空。色即是空。
俺がうろ覚えの般若心経を脳内で唱えている間も彼女はうっとりとした顔で俺を見つめ続ける。
普段、生真面目な彼女の上気し潤んだ顔はたまらないギャップと色気を醸し出す。
次第に思考が鈍くなるのを感じる。
俺はやがて思考を止め、彼女の瞳に吸い寄せられるように・・・
そして・・・・・・・・・
グイッ!
「――――――――――――――――――――――――ッ!!!」
声にならない悲鳴をあげた。
「どうですか?タツマセンセイ?これ今日の勤務中に思いついたんです!道場で試そうと思ってたんですけど、センセイの顔を見てたらもう我慢できなくって・・・ねぇセンセイ!どうですか!?」
彼女は恍惚とした表情で俺に問いかける。
これも空手の型の応用なのだろうか。
俺の肘が相撲でいうところの「かんぬき」のような状態で極められている。
完全に油断しきっていたので、抵抗もできずかかってしまった。そして声にならないほど痛い。
セリアさんは以前、俺の指導を受けて以来、関節技と投げ技に天賦の才を見せるようになった。
それだけならば指導者として誠に喜ばしいことなのだが、彼女はよほど関節技が肌にあったのか、新しい技を思いつくと恍惚とした表情で人に技を掛けたがるようになったのだ。
ちなみに道場では最初の方こそ、若い女性と合法的に密着できるということで立候補する男子道場生はあとを立たなかったが、次第に彼女の関節技がもたらす激痛と容赦なさに屈服し、今では彼女の技を受けるのは師匠の俺一人という状況になってしまった。
これが道場でなら、けっして油断しないのだが、まさか職場でも仕掛けてくるとは思わなかった。
このクセさえなければ真面目で実直、文句のない生徒なのだが・・・一体こんな子に誰がした!
・・・・・・あぁ俺の指導のせいか。




