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じ、地味じゃないし・・・(震え声)   道場生 子供達の場合

 「花拳繍腿かけんしゅうたい」という言葉がある。

 元は中国武術からの言葉だそうで直訳すれば「花のように美しい拳と刺繍のように華麗な蹴り」となる。

 転じて、「型だけキレイで実戦には使えない技」という意味あいで使われる言葉だ。

 武術の世界では戒めのように語られる言葉であるが、俺は一概に否定しようとは思わない。

 

 以前にも語ったが、武道をやる理由なんて何だっていいのだ。

 形のキレイな技を追い求める、それだって武道の立派な楽しみ方だ。

 そして、より美しい動作を求めて努力を重ねた日々は、けっしてその人にとって無駄なものにはならないだろう。

 例えそれが「実戦」に役立たない技だったとしても、人生という戦いの場でその経験はきっと確かな財産として残ると俺は思う。


 しかし、指導者としては地味な技も疎かにしてほしくはない。

 確かに派手な技と比べると稽古をしていても面白くないかもしれない。

 しかし、そういう技ほど稽古を重ねるごとに味わいが増していくものなのだ。

 つまらない突きや蹴りの稽古・・・

 しかし、ある日ふと気が付くのだ。自分の出す突きや蹴りの威力が昔よりうんと強くなっていることに。

 その瞬間は武道や格闘技をやる人間にとってたまらない快感となるだろう。

 

 派手な技を稽古するのも大いに結構。どんどんやればいいと思う。

 しかし地味な技の魅力にも時には目を向けて貰いたい。

 空手を愛する者としてそう思う。





道場生 子供達の場合



「センセイ!カラテって「必殺技」とかないの?」


 道場での稽古の小休止中に突然声を掛けられ俺は振り向く。

 声を掛けてきたのは道場に通ってきている子供達だった。

 上は十代前半、下は5歳まで。子供達は目を輝かせて集まってきている。


「必殺技かい?そうだなぁ・・・」


 この子達が道場に通い始めてもうそれなりに経つ。

 なるほど、彼らもそういうものが気になってくる頃か・・・

 俺にも経験がある。空手を習い始めて、一通りの技を習い覚えた頃だろうか。

 単調な基本稽古に飽き足らなくなってきて思うのだ、「もっと派手な技を覚えたい」、「もっと格好良い技を覚えたい」と・・・

 そして、先生や先輩、テレビの格闘技選手の動きを真似してあれこれ試しだすのだ。

 そういうことが楽しく、そしてそれができればもっと強くなれる・・・そう考えてしまう時期は確かにある。

 しかし、やがて気が付くのだ。

 空手の稽古はいわば家を建てるのと同じなのだと。

 どんなに奇抜でキレイな建物でも土台の部分をちゃんと作っていなければ、すぐに崩れてしまう。

 それと同じだ。派手な技、見栄えのする技、それらを使いこなせるかどうかは、やはり如何に基本をやりこむかにかかっている。

 そして若い空手家達は基本に帰っていく。

 自分に確かな土台を作る為に、コツコツとコツコツと・・・


 やや説教臭いもの言いになってしまうかもしれない。

 しかし、この子達にはそんな基本の大事さも忘れず稽古を続けてほしい。

 その為には今の内からそういうことについても言い聞かせておくべきだろう。


「・・・いいかい。空手の必殺技はみんなが稽古してる基本の技ひとつひとつがそうなんだよ。確かにちょっと退屈かもしれない。でも一生懸命練習することでその基本の技が君だけの世界でたった一つの必殺技になるんだ・・・」


 「だからこれからも一緒に稽古をがんばろう」とそう締めくくったのだが、なんとなく子供達の様子が微妙だ。

 最初はこの答えに納得できないのかとも思ったのだが、どうも様子がおかしい。

 何か俺がまるで検討違いの返答をしてしまった・・・そんな様子だ。


「だからぁ~そうじゃなくてぇ、こういうのとかだよ!」


 そういって一番前にいた子が俺に一冊の本を手渡してくる。

 ちなみにこの世界の印刷技術はまだまだ未熟なものだ。したがって大量の印刷が難しい為、本は割合高価な品として扱われている。

 その為、庶民の間では本は購入するものではなく貸本屋から借りるものとして普及している。

 この本にも貸本屋の判が押してある。どうやら村の貸本屋で借りてきたものらしい。


 手渡された本を手に取る。表紙には本のタイトルが書かれている。

 異世界転移してもう長い。今やこちらの世界の字を読むのにも苦労はない。

 なになに・・・「騎士王アルザの冒険」?

 小説のようだが、字は比較的大きく、途中頻繁に挿絵が挟まれている。おそらく元の世界で言うところの漫画に近いものなのだろう。

 そのまま内容を流し読みする内に主人公と思しき人物が剣を振るっている挿絵が目に入った。

 なになに・・・『アルザは聖剣に力を溜め、すかさず【光龍皇の牙(シャイニングフォース)】を放った・・・』?

 更にページをめくると全身黒尽くめの悪役と思しき男の挿絵が目に入る。

 『「喰らえアルザ!【冥府王の裁き(エンドオブデス)】」・・・』?


 ・・・・・・だいたい話が読めてきた。


「つまり格好良い名前の技がないかってことかい?」


「「そうっ!!」」


 子供達は我が意を得たりと目を輝かせて頷く。

 思いのほか子供っぽい・・・いや、無邪気な問いにがっくり力が抜ける。

 まだまだこの子達が空手の本当の魅力に気が付くまで時間がかかりそうだ。


 しかし・・・格好良い名前の技か・・・

 格好良い名前・・・格好良い名前・・・・・・格好良い・・・・・・・・・


 ・・・・・・・・・・・・・・・無い!


 あくまで個人的な考えではあるが、おそらく空手はトップクラスに技の名前が地味な武道である。

 例えば中国武術であれば、『龍形拳』、『猛虎硬爬山』・・・そのまま漫画に出てきてもおかしくなさそうな技が山ほどある。

 ボクシングだって『フリッカージャブ』、『デンプシーロール』・・・横文字だがこれはこれで格好良い。

 極めつけは古流剣術だ。『金翅鳥王剣』・・・なんだこの技名は?使った瞬間、絶対オーラとか出そうな気がする。

 それに引き換え空手は地味だ・・・すごく地味だ。

 正拳で突くから『正拳突き』、前に向かって蹴るから『前蹴り』、手を回して受けるから『回し受け』・・・

 どれも驚くほどに地味な名前ばかりである。

 型の名前にしたって『ナイハンチ』、『クーシャンクー』・・・正直、修行している俺ですら何でこんな名前なのか分からない(一応、人の名前とかって説もある)。

 どちらにせよ、子供達が期待するような格好良い名前とは言えないだろう。


 それを子供達に伝えるとみんなあからさまにがっかりした顔をする。


「えぇ~つまんない!」「地味~」「カッコわる~い!」


 ・・・なんというか若干へこむものがある。

 別に名前と技としての価値に因果関係などないのだが、あんまりはっきり言われると空手関係者としてやや落ち込んでくるものを感じる。


「じゃあさ!みんなでもっとカッコ良い名前を考えようよ!」


 子供達の内の一人がそんなことを言ってくる。

 何を馬鹿なことを・・・そう一笑に付そうとするが、ふと思い留まる。


 かって日本に空手を広めた船越義珍という空手家がいた。

 現在行われている空手の大元は彼から広まったと言っても過言ではない。

 彼は空手の普及のために様々な活動を行ってきたが、その中の一つに「名前の変更」というものが挙げられる。

 これは当時、「唐手」と呼ばれていたのを「空手」と名前を変え、一部の型の名前も沖縄風から日本風に変更したのだ。例えば『ナイハンチ』は『鉄騎』、『クーシャンクー』は『観空』と・・・

 このことの是非については今でも空手家の中で意見が分かれるところだ。

 しかし、彼が変名に手をつけたのは、当時まだ異国の武術であった空手を少しでも日本に馴染ませるための苦肉の策だったのではなかろうか。


 今、俺は異世界にいる。

 そして、奇縁が重なりこの異世界で人々に空手を教えている。

 伝統を守ること、正しい技を伝えること、無論それらは大事だ。

 しかし、それとは別に普及の為の努力もしていくべきではなかろうか?

 名前はけっしてその技の本質ではない。

 あえて元の世界風の名前に拘らず、この世界に馴染みやすい名前に付け替える。そして本当に大事な空手の本質をこの世界に広く普及していく・・・・・・それこそが大事なのではなかろうか?


「・・・・・・いいかもしれないな・・・」


 俺はぼそりと呟く。

 子供達も俺があっさり同意するとは思っていなかったのだろう。俺の言葉に子供達は驚いたような顔をする。

 しかし、そんなことには構っていられない。

 そうと決まれば善は急げ。ちょうど今は稽古の時間だ。子供達だけでなく大人の生徒達もそれなりに集まっている。話を挙げるならベストのタイミングと言えるだろう。


「みなさん。ちょっと聞いて下さい!」


 俺の言葉に休憩中の生徒達が一斉にこちらを向く。


「私は今まで元の世界の技名のままで空手を教えてきました。それはきっとあなた方には馴染みにくい名前だったと思います。そこで、技の名前を馴染みやすくするために、こちらの世界風に技の名前に変えてみようと思います。もし良いアイディアのある人がいたらどしどし意見をください。」


 そう言ったところ、生徒達は驚いたような顔をして、そしてすぐに隣り合った他の生徒とああでもないこうでもないとなにやら話し合いを始めた。

 どうやら思った以上にこの提案の感触は良さそうだ。

 この道場は俺の道場だが、この道場でやる空手は俺だけでなく生徒達も含め皆のものだ。

 ただいたずらに伝統に固執するのではなく、歩み寄って改善していくべき点はこれからも色々あるだろう。

 これはその為の第一歩だ。

 そう決意し、俺は熱心に話し合う生徒達を微笑ましく見守った。



 そして・・・・・・



「えー、それでは本日の稽古を始めたいと思います。」


「「ハイッ!」」


 俺の号令に答え、整列し、姿勢を正す生徒達。


「それでは、構えて!」


 生徒達は一斉に身構える。


「では、【討ち貫く雷帝の槌(ミョルニルハンマー)】 100本!イチッ!」


「「セヤッ!」」


 俺の号令に合わせて左右の【討ち貫く雷帝の槌(ミョルニルハンマー)】を放つ生徒達・・・・・・

 【討ち貫く雷帝の槌(ミョルニルハンマー)】・・・正拳突きのことである。


「・・・止め!それでは続いて【輪廻断つ冥獄の鎌(デスサイス)】 50本!」


「「セヤッ!」」


 

輪廻断つ冥獄の鎌(デスサイス)】・・・手刀打ちのことだ・・・・・・


「・・・・・・止め!続いて【刺し穿つ戦神の槍(グングニル)】 を・・・・・・」


刺し穿つ戦神の槍(グングニル)】・・・・・・・・・・・・前蹴りだ・・・・・・・・・




・・・たい。

・・・・・・いたい。

・・・・・・・・・いたいイタイ痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!イタァーイ!!


 キツイ!

 さすがにもう限界だ!

 正直、異世界のネーミングセンスを舐めていた。

 技名のアイディアを募ったのは良いが寄せられる名前は全てこれらと似たような類だった。

 なんというか・・・元の世界で言えば漫画やアニメで出てきそうというか、中学生くらいが妄想の中で考えている『俺が考えたサイキョーの必殺技』テイストというか・・・・・

 確かにこういう名前が寄せられることも予想はしていたが、それは子供たちだけだと思っていた。

 まさか、大人の生徒まで大真面目にこの手の技名を提案してくるとは終ぞ思わなかった。

 そういえば以前、鍛冶屋のボリスさんにもらった魔サイの件もそうだ。

 ボリスさんが【荒ぶる風神の爪牙】と名づけた時は、お歳の割りに随分ファンキーなネーミングセンスだと思ったが、どうやらこの世界ではそれがスタンダードな感覚であるらしい。


 それでも、生徒たちの希望だと思えばこそ今まで辛抱してこれらの名前で稽古を進めていたのだが、さすがに限界だ。

 俺ももう20代半ばである。

 そして異世界転移したとはいえ、感性は元の世界のままなのだ。

 大声でこんな技名を叫び続けるなど、一体何の拷問なんだ!

 正直自分も生徒もイタイタしくてまともに稽古に集中できない。


 懊悩する俺に生徒の一人が声を掛けてくる。


「センセイ!【這い潜む毒蛇の顎(スネークバイト)】のやり方を教えてください!」

・・・肘打ちのことな。


「センセイ。【蹂躙せし神馬の蹄鉄(スレイプニルマークト)】の順番ってこれでいいんですか?」

・・・・・・ナイハンチのことだよな?


「センセイ。【不可侵なる戦神の座】の相手をして頂けませんか?」

・・・・・・・・・組手だよな!組手のことだよな!!ていうか、組手にまで名前をつけなくたっていいだろう!もうなんてルビが振られてるのかすらわかんねぇよ!!!


アアアァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!



 翌日、技の名前は全て元のものに戻した。

 生徒たちは不満そうだったが、これは無理やり押し通した。


 確かに技の名前などその本質には関係ないのかもしれない。

 しかし長年呼ばれてきた名前というものはそれもまた文化の一部なのだ。

 けっして無意味なものではない。

 今回、俺はそれを学んだ・・・





 あと・・・・・・俺にだってガマンできないことくらいある・・・



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