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反省しよう   ギルド職員 エミリアさんの場合⑥

 反撃を警戒してザウルの手首を極めたのだが、どうやら杞憂だったらしい。

 彼の顔にもはや怒りはなく、困惑を通り越して呆けたような顔でこちらを見ている。

 これが叩きのめされた上での結果であるならば違っただろう。

 そうであれば彼の顔には更なる怒りや悔しさが浮かんでいたことだろう。

 しかし、今回はそうではない。

 戦いにすらなっていなかったのだから。

 ザウルの立場からすれば翻弄され、わけもわからないまま二度も投げ飛ばされたのだ。

 悔しさや怒りを感じる以前に頭がこの事態に追いついていないのだろう。

 下拵えは完了した。

 これからが最後の大詰めだ。


 俺は彼の左手を引き、無理やり立ち上がらせる。

 それでもなお、彼は相変わらず呆けた状態で、その反応は薄い。

 しかし、俺はそんな彼の様子に構わず声を掛ける。


「はじめまして。」


 唐突な俺の言葉に更に困惑を深めるザウル。

 しばらく待つが彼からの言葉はない。

 俺は右腕を大きく振りかぶり、思い切り彼の頬を張る。

 パァーンと大きく乾いた音が訓練所に鳴り響く。

 頬を張られたことで彼の顔に僅かに意識が戻る。

 しかし、彼の顔に怒りの様子は見られない。あるのはただただ困惑だけだ。

 もはや完全に彼はこの状況に飲まれている。

 俺の狙い通りだ。内心ほくそ笑むが、それを表情には出さない。

 ひたすら無表情を保ち、再び言葉を放つ。


「挨拶は?」


 俺の端的な言葉にようやく反応し、戸惑いながらもザウルは返事を返す。


「は、はじめまして・・・?」


 俺はそれに無言で頷き、言葉を続ける。


「ギルド長からの依頼で空手の講義に来たタツマだ。よろしく頼む。」


 俺の意図が分からず、ますます困惑を深めているのだろう。しかし、返事をしなければいけないことだけは悟ったのか恐る恐る返事を返してくる。


「よ、よろしく・・・」


 俺は無言で彼の頬を二度張る。

 その大きな音に参加者の一部が「ヒッ!」と怯えた声を漏らす。


「敬語はどうした!!」


「よろしくおねがいします!!」


 連続して頬を叩かれ、彼の目尻にはうっすら涙が浮いている。

 別に彼が黙って殴られなければならない理由などないのだが、状況に飲まれ、俺に主導権を握られた彼は、まるで親に怒られる幼子のようにただただ立ち尽くし、俺の言葉を聞いている。


「本来であれば、Dランクのお前は指導の対象ではないが、今日は特別にお前も指導してやる!どうだ!嬉しいか?」


 俺の言葉に彼がまごつく。本音を言うならば今すぐにでもこんな場所から立ち去りたいのだろう。

 返事を返さない彼の頬を更に張る。


「どうだ!嬉しいか?」


「ハイ。嬉しいです・・・」


「声が小さい!!」


「ウレシイデス!!」


 度重なる混乱とショックに軽く幼児退行でも起こしたのだろうか。

 もはや最初の強気な様子は微塵もなく怯えたような顔で返事を返してくる。


「そうか。では技を教える前に礼儀作法の時間だ。あそこにいるのが誰かわかるか。」


 俺はそう言って、ルドルフくんとエミリアさんのいる方を指差す。


「ハイ・・・」


「そうか。あそこにいるのはお前の先輩で俺の生徒でもあるルドルフくんと俺も昔世話になったエミリアさんだ。お前はさっきあの二人にとても失礼な真似をした。そうだな?」


 この言葉にザウルは急激に怯え始める。

 その様子はまさしく親のお仕置きを恐れる子供そのものだ。


「何か彼らに言うべきことがあるんじゃないか?」


 俺の言葉に彼はますます怯える。

 構わず俺は彼の頬を張る。


「何か言うことは?」


「・・・すみませんでした・・・・・・」


「声が小さい!!」


「スミマセンデシタ!!」


 その後も彼の謝罪に対し「声が小さい」と何度も復唱をさせ、更に何度か彼の頬を張った。

 そんなやり取りがどれ程続いただろうか?


「・・・あのセンセイ・・・さすがにそれ位で・・・・・・」


 さすがに見かねたのかルドルフくんが若干怯えたような様子で止めに入る。

 改めてザウルの様子を見ると、自分がやったとはいえひどいものだった。

 両頬を真っ赤に腫らし、目は完全に涙ぐんでいる。

 俺と目が合うと怯えた調子で「ゴメンナサイ!ゴメンナサイ!」と必死に繰り返す。

 ・・・・・・少々やりすぎたような気はしないでもないがまぁ、彼にはこの位の荒療治も必要だろう。

 

 そこで改めて参加者の方を見渡す。

 彼らの顔から先程までの「失望」の二文字は消えていた。

 代わりに浮かんでいるのは「恐怖」の二文字。

 ザウルへの「指導」は他の参加者たちにも思いのほか効いたらしい。

 予定とは違うが、都合がいいのでこの状況を利用させて貰う。


「さっきも名乗ったが今日、君達に空手を教えにきたタツマだ。」


 急に向いた矛先に参加者の身体が一様にビクリと震える。


「これから指導を再開するが、それに関してやる気のない者、不服のある者はいるか?」


 シーンと静まり返る訓練所。


「返事はどうした!!」


「「アリマセン!!」」


「よろしい。それでは今日はビシビシしごいてやる。全員整列!モタモタするな!」


「「ハイッ!!」」


「返事は『押忍』だ!」


「「オースッ!!」」


 個人的に体育会系のノリというやつはあまり好きではないのだが、状況次第では稽古を進める上でかなり有効に作用する。今回もそういうパターンだ。

 もはや最初の稽古のように弛んだ様子は無い。

 皆必死の形相で身体を動かし、時折飛ぶ俺の檄に反応して更に身体を動かす。

 その日は言葉通り、夜更けに至るまで彼らをしごき続けた。


 なお、その中に何故かルドルフくんまで怯えた様子で稽古に加わっていた。

 ・・・別に君は参加する必要なかったんだが・・・・・・




 数日後、俺は再び冒険者ギルドを訪ねた。

 依頼の事後手続きをする為だ。


 ギルドの扉に手を掛け、中に入ると


「いらっしゃいませ~」


 すかさず、声が掛かる。エミリアさんだ。どうやら今日も勤務らしい。

 俺が片手を挙げて応えると彼女も俺だと気が付いたのだろう、


「あっ!タツマさんじゃないですかぁ~」


 彼女も笑顔で手を振って来る。

 しかし、その瞬間。気のせいだろうか?ギルドの空気が変わったような気がした。

 不思議に思いつつカウンターに向かうと、彼女はまだ先客の対応中だった。

 邪魔にならぬよう先客の後ろに並び順番を待つ。

 どうやら先客に依頼の紹介をしているらしい。


「・・・そうですか。それではロベルトさんはこの依頼はお受けにならないんですね?」


 交渉は不成立のようだ。

 なるほど、以前言っていた仕事の割り振りが難しいとはこういうことか。

 そんなことを内心考えていたのだが、状況は急に一変した。


「い、いや。そ、そんなオレがエミリアさんの勧める依頼を断る訳、無いじゃないですか!今すぐ!今すぐ行きますんで・・・」


 そう言いながら駆け出て行く若い冒険者。

 すごいやる気だ。一度も振り向かず全速力で彼はギルドを飛び出す。


 自分の番になったのでエミリアさんの前に進み出ると彼女はおかしそうに笑っている。


「どうしたんですか。えらく機嫌が良さそうですね?」


 何か良いことでもあったのだろうか?


「あぁ、タツマさん。そういえば喋り方また戻っちゃったんですね?昔の喋り方の方がイキイキしてて私は好きですけど・・・」


 彼女の言葉に少し困る。

 ザウルと模擬戦を行った時の喋り方のことだろう。

 確かに道場経営が軌道に乗る前、冒険者稼業に勤しんでいた頃の俺はああいう喋り方をしていた。

 まだ生徒の目を意識する必要もなかったし、冒険者として舐められないように強気に振舞う必要があったからだ。

 しかし、今は違う。

 小さくとも道場を構え、人に教える立場に立っているのだ。

 指導者として生徒の手本となるよう振舞わなければならない。いわばこれは俺なりのけじめなのだ。


「ふぅ~ん。まぁ、その喋り方も似合うからいいんですけどね?でもタツマさんのおかげで助かっちゃいました。この間の依頼は大成功です!」


 エミリアさんは大層機嫌が良いようだ。

 俺も少しは恩返しになったのなら嬉しい限りだ。

 しかし、大成功とは驚いた。確かにいつもより熱を入れて稽古をしたが、彼らはそれほど空手に興味を持ってくれたのだろうか・・・


「もう、大成功も大成功!今やタツマさんの名前を出すだけで全部仕事がうまく進むんだからタツマセンセイ様々ですよ!」


 ・・・ん?エミリアさん、何かおかしなこと言っていないか?


「冒険者同士の揉め事から依頼に対するいちゃもんや難癖まで、全部「タツマさんを呼ぶぞ!」って言えば解決するんですから!ホント凄いご利益ですよね!」


 ・・・待て待て。完全におかしなこと言ってるぞ。


「まぁ、その代わり私は完全にタツマさんの情婦オンナと思われているみたいですけど・・・まぁ都合が良いからいいですよね!」


 いや、俺が困る。

 なに?そのナマハゲみたいな扱い?

 しかもギルド職員を情婦に囲ってる?外聞悪すぎだろ!

 だいたい、確かにいつもより熱を入れて稽古したけど、そこまでひどいことは・・・


『正拳突き千本始めぇ!!』

『『押忍!』』

『声が小せぇ!!もう千本追加だ!その後、訓練所10周!!』

『『オースッ!!!』』

『オラ!気合が足んねぇぞ!!!』


 ・・・・・・・・・したかもしれない。

 久しぶりの体育会系のノリがだんだん楽しくなってきて、後半は俺もだいぶ張り切っちゃったような気がしないでもない。

 いや!しかし、相手だって冒険者なのだ。そこまで怖がられるようなことは・・・


(おい、見ろよ。あれが『熊殺し』のタツマだぜ・・・)

(馬鹿!「センセイ」ってつけろ見つかったら殺されるぞ!)

(知ってるか?冒険者時代は竜の腹を素手で突き破って、生き胆を喰うのが日課だったらしいぜ・・・)

(いや、実は今もギルドを裏で牛耳ってて、女性職員は皆あいつの愛人らしいぜ・・・)


 ・・・・・・耳を澄ますととんでもない噂が聞こえてくる。

 今や凄い勢いで噂に尾ひれがつきまくっている・・・もはや別生物だろ?それ?

 そんな俺の心境とは裏腹にエミリアさんはいたって上機嫌。


「それで、今や冒険者の素行問題も激減して大助かりなんです。あぁそうそう、ギルド長も大変喜んでましてね?是非タツマさんの講義は定期的に実施したいって言ってるんですけど、引き受けて頂けますか?」


 ニコニコの笑顔で問う彼女。

 そんな彼女に俺は・・・・・・


「・・・少し・・・考えさせて下さい・・・」


 そう言ってお茶を濁すのだった・・・





 まぁ、結局引き受けた。

 収入という魅力には勝てなかったのだ。

 しかしモノは考えようである。今は確かに悪いイメージが彼らに根付いているかもしれない。しかし、これからの指導でそれは挽回していけばいいのだ。


「ああ、ロベルトさん?そこの突きはもう少し高く・・・」


 ビクリと身体を震わせるロベルトさん。


「あぁぁぁ・・・スミマセン!スミマセン!お願いです!許してください!」


 涙ぐみながら謝罪するロベルトさん。

 ・・・そこまで謝る必要はないのだが・・・

 助けを求めて隣にいる参加者に目をやると、


「オ、オレはちゃんとやってます。ほ、ほらね!ね!」


 猛烈に無罪をアピールするニコライさん。

 そうしているうちにロベルトさんが這い蹲りながら逃げ出す。


「てめぇこっち来んじゃねぇよ!オレまで巻き込まれたらどうすんだ!」

「嫌だ!助けてくれ!俺は悪くないんだぁ!!」

「オネガイデス。ユルシテクダサイ。タスケテクダサイ・・・」


 ・・・見積もりが甘かった。

 まさかここまで怖がられているとは思わなかった。

 この間とは別の意味で稽古にならない。

 いっそ、また体育会系方式で進めてやろうかとも思うのだが、それをやってしまうと俺の評判が『熊殺し』から『魔王』くらいにまでダウンしそうなのでそうするわけにもいかない・・・



 やはり人を指導するということは難しい。

 優しいだけでも、厳しいだけでも人を導くことはできない。

 人を導くには強さだけでなく「人間力」とでも言うべきものが必要だということだろう。

 強さと共にそれを身に付けていく過程こそが修行なのだろう。

 俺もまだまだ未熟。

 これからも努力、修行は怠ってはならない。

 そう固く心に誓う。



 ・・・さしあたって、逃げた参加者 ロベルトさん他数名を追いかけるところから俺の修行を始めたいと思う。

 


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