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指導をしてやろう   ギルド職員 エミリアさんの場合④

 訓練所に入ってきた熊の亜人はニヤニヤとした笑みを浮かべつつこちらに歩み寄ってくる。

 身長は2m程だろうか?俺やルドルフくんの遥か頭上にその顔は存在する。

 腕の太さも俺の一回り二回り大きいと言う程度ではないだろう。少なくとも腕相撲では勝ち目があると思えない。

 そして防具であり、武器でもあるのだろう。彼の両腕の前腕には鋼鉄製と思しき手甲が装着されている。

 その風貌と自信に満ちた態度はよもやGランクということはないだろう。


 彼は俺とルドルフくんのすぐ傍で歩みを止める。


「ルドルフ先輩。い~モノを見せて貰ったよ。実に麗しい師弟愛だ。」


 彼は大げさな身振りでこちらに感動を訴える。

 無論、本気ではない。その証拠に彼の顔には未だに嘲るような笑みが浮かんだままだ。


「・・・・・・何が言いたいんだ。ザウル?」


 ルドルフくんの顔に先程までの照れたような笑みはない。今の彼の顔には険悪な――いや、敵意に近いものすら浮かんでいる。

 元より彼らが仲の良い友人同士だなどと思っていたわけではないが、彼らの様子は初めて見た俺でも察せられる程に険悪なムードが漂っていた。


「彼はルドルフさんの後輩で、Dランク 冒険者 ザウルさんです。」


 いつの間にやら近くまで寄ってきていたエミリアさんが彼のことを教えてくれた。

 エミリアさんが言うにはザウルという男はかってルドルフくんを追い抜いて行った後輩冒険者の内の一人なのだそうだ。

 見ての通りの恵まれた体格と、強力な【身体強化】を用いた近接戦闘で、めきめきと頭角を現した期待の新人であったらしい。

 しかし、そう思われていたのも束の間。彼の素行はその実力を覆い隠してなお余るほどにひどいものであった。

 粗暴な言動、力にものを言わせた迷惑行為。

 自分の気に入らない相手は徹底的に目の敵にし、それが原因で辞めていった新人冒険者も既に何人かいるらしい。

 その迷惑行為は同業の冒険者だけに留まらず、職員や村の人にまで及んでいるのだそうだ。

 今のところ明確な規則違反,犯罪行為などは行っていないようだが、その振る舞いは「冒険者」と呼ぶより「ならず者」と呼んだ方が相応しいともっぱらの評判だそうで、この村の冒険者イメージダウンの原因の最右翼と言える存在だという。


 ルドルフくんもそんな彼に目の敵にされた冒険者の一人だ。

 そもそものきっかけはルドルフくんのDランク昇格である。

 かって路傍の石のように踏み越えた先輩冒険者がいまや自分と同ランクにまで追いつき、持てはやされている。

 その事実が彼にとっては面白くなかったのだろう。以来、何かにつけて彼はルドルフくんに絡み、突っ掛かっているのだそうだ。

 幸いルドルフくんが大事にならぬよう我慢していた為に今のところは大きな騒ぎにもならず済んでいたのだが・・・


「何が言いたいも何も、さっきの素晴らしい模擬戦・・・いや小芝居のことさ。」


「小芝居だと?」


 ルドルフくんの顔がピクリと引きつる。


「隠さなくたっていいだろ?ルドルフせんぱぁ~い。お世話になった師匠の為に二人で一芝居打ってあんなヤラセの演技をしてみせたんだ。全く麗しい師弟愛だよ。ホント羨ましい!感動したぜ!」


 まずい。

 ルドルフくんも同じことを感じたのだろう。俺達はほぼ同時に周囲の参加者を見回す。

 ザウルの攻撃はまったくもって見事なものだった。

 「ヤラセ」、「芝居」・・・それらの言葉が参加者達の意識を大きく塗り替える。

 「あぁなんだヤラセだったのか」「なんだ芝居か。どうりでできすぎてると思った」・・・

 そんな思いがありありと彼らの顔に浮かんでいる。

 これでは最初よりも更に状況が悪い。彼らの顔には等しく「失望」の二文字が浮かんでいる。

 これではこの後どれだけ熱心に指導したとしても彼らの心に響くことはないだろう。

 まさしく最高の(俺達にとっては最悪の)タイミングを見切った素晴らしい攻撃だ。


「ザウルッ!!てめぇ適当なこと抜かしてんじゃねぇぞ!!」


 たまらずルドルフくんが食って掛るが、ザウルの表情に変わりは無い。


「おいおい。本当のことを言われたからって怒るなよ?Fランクの落ちこぼれだったアンタを助けてくれた大事な大事な師匠だもんなぁ~その為に頑張ってルドルフちゃんはお芝居したんだろ?ホントいい話さぁ!」


 ゲラゲラと笑うザウルにもはや嘲りを隠す様子は見られない。


「・・・・・・それとも。ルドルフ先輩、オレとも一つ模擬戦でもやってみますか?これで、もしオレに勝てるって言うんなら、さっきのも芝居じゃないっていえるかもなぁ・・・・・・あぁ先輩、申し訳ない!腰抜けのアンタにこんなの無理な相談だよな!いや、今のは忘れてくれよルドルフせんぱぁ~い。」


 ここに来てザウルの目的がはっきりした。模擬戦にかこつけてルドルフくんを潰すつもりなのだろう。

 同じDランクとはいえ、今のルドルフくんは平静を欠いている。今戦えばその結果は目に見えている。

 俺はルドルフくんを止めようと動きだすが、それよりなお早く静止の声が割り込んできた。


「ザウルさん。そこまでです。この講習はギルドからの正式な依頼により行われているものです。関係のないあなたは進行の妨げになります。速やかに下がってください。」


 エミリアさんである。

 彼女は毅然と言い放つが、ザウルの顔に堪えた様子は見られない。


「おいおい、エミリアちゃん。関係者じゃないのはこっちのルドルフも同じだろ?こいつだけ特別扱いかよ。悲しいねぇ~・・・あぁいや、特別扱いなのはそっちの男か?」


 そう言ってザウルは俺の方に目をやる。


「おおかたそいつはエミリアちゃんの昔の男か何かって訳だ。金を貢ぐかわりに仕事を貢いでやったってわけだ。かぁ~尽くす女だねぇ~惚れ直すねぇ。」


 そういって今度はエミリアさんに侮辱の矛先を向けるザウル。

 エミリアさんの顔が赤く染まる。それが羞恥か怒りかはわからない。しかしどちらにせよこれはギルド職員である彼女にとって最大級の侮辱であることは想像に難くない。


「なぁエミリアちゃんよぉ。そいつらだけじゃなくてオレにも優しくしてくれよ。なぁイイだろ?」


 そういって彼女に近づいたザウルは彼女の腰を抱き人形のように持ち上げる。

 彼女も無論抵抗しているが子猫の抵抗ほどにも感じていないのだろう。相変わらずゲラゲラ笑いながら玩具にでも触るかのように彼女の身体をまさぐっている。


「てめぇ!その手を離しやがれ!お望み通りオレが・・・」


 今まさにザウルに向かっていかんとするルドルフくんを片手で制する。

 「何故止めたのか?」そう言いたげに睨まんばかりの目で俺を見るルドルフくん。

 しかし、今はそれに構ってあげる気分ではない。


 俺は小さくため息を突く。

 出稽古でも道場でも根気よく相手と接し、信用を勝ち取るのが最上の方法である。

 しかし、相手が必ずしも善人とは限らないし、こちらもまた聖人ではない。

 そういう場合、往々にして最上の方法をとることができない場合も多々ある。

 そういう時はどうするか?

 指導者としては誠に遺憾ではあるが、そういう時の方法はちゃんとある。

 まぁあんまり教育上よろしくは無いのだが。




 エミリアさんを抱きかかえ、ザウルは相変わらずゲラゲラ笑っている。


「おい。ママが恋しいのは分かるがちょっとはこっちにも構ってくれねぇか?」


 突如かかる声にザウルは辺りを見回す。


「おいおいどこ見てんだよ?やっぱりママのおっぱいでも探してんのか?それともてめぇの場合はハチミツか?小熊ちゃん?」


 ようやくザウルはこちらを見る。その表情は怒りよりも驚きが強い。

 ついでに隣のルドルフくんはもっとひどい。口をポカンと開けたまま固まっている。

 君まで驚かなくてもいいんだが・・・


「お、おいさっきの言葉はてめぇか?」


 ザウルが俺に問いかける。まだ半信半疑なのかもしれない。

 まぁ無理もない。道場経営を始めてからは基本的に敬語で喋ってたからな。


「何度言えばわかんだ?俺だよ。てめぇが羨ましがってた「タツマ先生」だよ。」


「羨ましいだぁ?」


 ザウルの声に怪訝なものが混じる。


「さっきうちのルドルフに麗しい師弟愛が羨ましいのなんのって言ってただろ?だから今日は優しいタツマ先生が大サービスだ。来いよ。お前も指導してやるよ。」


「指導?てめぇがオレに何を教えてくれるってんだよ?あぁ?」


 ようやく調子を取り戻したらしく、ザウルの声に恫喝の響きがこもる。


「俺が教えるんだ。勿論、「空手」に決まってんだろ。来いよ!今日はたっぷり教えてやるよ。」



 空手道場 暗黙のルール。

 言って聞かないやつとは拳で語れ。

 いやはや指導者としては全く不徳の致すところなんだけどね。

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