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指導をしよう   ギルド職員 エミリアさんの場合③

 エミリアさんとその後もあれこれ雑談に興じるうちに指導の時間がやってきた。

 俺はエミリアさんに先導され、ギルドの庭――訓練所に出る。

 そこにいたのは約30名程度の若者達。

 彼らは全て冒険者志願,もしくはGランク冒険者であるらしい。

 その後、エミリアさんからの紹介を受けた後、こちらからも改めて自己紹介を行う。


「皆さん、はじめまして。この村で「空手」という戦い方の技を教えているタツマと申します。今日はよろしくお願いします。」


 心持丁寧に挨拶し、頭を下げるが、彼らの反応はあまりよろしくない。

 まぁ無理もないだろう。この世界に武術というものが知られていないのも一つの要因だし、初めて会った男に「指導してやる」と言われたところでそうそう歓迎する気にもなれないだろう。

 出稽古などに行けば、元の世界でもよくあることだ。

 むやみに腹を立ててはいけない。じっくりと相手の信用を勝ち取れるように指導することこそが大事なのだ。


 挨拶もそこそこに指導を開始する。

 当然ながら今日教えるのは全員初めて空手と接する初心者だ。基本稽古から丁寧に説明し、指導を始める。

 正拳突きや受け技、蹴り技などの基本稽古から始まって、移動しながら技を出す移動稽古まで行ったが、やはりどうにもよろしくない。

 今日の出席者は約30名。

 熱心に取り組んでいるのはその内の1~2割。

 3割は気が進まないような様子で身体を動かし、

 その他の残りはかったるい様子を隠そうとすらしていない。

 おざなりな動き方で時折なにがおかしいのか隣と何事か話して笑っていたりもする。

 エミリアさんが素行が悪いというのも納得の様子である。

 ここが道場であれば、怒鳴りつけて追い出してやりたいくらいの調子だが、今はそうはいかない。

 これはギルド長からの依頼であり、半端な形で放り出せば、ギルド長やエミリアさんの顔を潰すこととなってしまう。

 内心の怒りを抑え、辛抱強く彼らへの稽古を続けた。


 移動稽古を全て終えたところで、一旦小休止を入れた。

 彼らは思い思いに腰掛けかったるそうな様子で休憩をしている。

 この後は本当であれば二人一組になって約束組手をやらせるつもりだったのだが、この調子では難しいかもしれない。

 約束組手とはいえ、人に技を向けるのだ。やる気の無い人間に無理やりやらせれば思わぬ事故の元になりかねない。

 そんな風に悩んでいた時、誰かが新しく訓練所に入ってきた。


「ウィーッス。・・・・・・あれ?センセイじゃないですか。どうしたんすか?こんなところで。」


 軽装の革鎧に身を包み、腰には大ぶりの鉈、短く刈った髪は鮮やかな金色と黒のまだら・・・・・・

 俺の道場の生徒で冒険者でもあるルドルフくんである。

 ・・・・・・もう一度言うがルドルフくんである。


 ルドルフくん

 かって俺に悩み相談をしてきたエルフの青年である。

 冒険者として魔導師として伸び悩みを感じ俺に相談をしてきたのだ。

 そしてその後、俺の指導を異次元的に解釈した結果、今ではご覧の通り魔導師改め狂戦士として再デビューを果たし、その後Dランクにまで昇りつめた俺の生徒である。

 なお、彼は元々金髪なのだが今は髪の一部を黒く染めている。前に何故かと問うたところ、「センセイへのオレなりのリスペクトです!」とのことだった。オレの黒髪を真似したということだ。・・・嬉しくないとは言わないが、正直気合の入った阪神タイ〇ースのファンにしか見えない。

 まぁ、リスペクトという言葉に嘘はないらしく、仕事の合間をぬって今でも俺の道場に熱心に通ってくれている。


 ルドルフくんの質問に答え、今日は依頼で彼らに武術指導に来たことを伝える。

 「へぇ」と返事をした後、辺りを見回して顔をしかめる。

 周りのだらけた様子に気が付いたのだろう。


「おう。てめぇら・・・まさかとは思うがオレのセンセイに迷惑かけてんじゃねえだろうな?」


 周囲を見回しながら凄みのある声で問いかける。

 なんとも凄い迫力である。まさしく狂戦士・・・もしくは族のOBのような迫力である。

 もはや気弱な魔導師だった頃の君が思い出せない。


「い、いや。ルドルフさん。お、俺達は別にそんな・・・」


 ルドルフくんの言葉に一部の冒険者達が慌てだす。よほど恐れられているのだろう。「笑う血塗れエルフ」の二つ名は伊達ではないらしい。

 「チッ」と舌打ちを一つするルドルフくん。しかし彼もこれで状況が良くなるとは考えていないのだろう。

 先輩怖さに上っ面だけはお行儀良くするかもしれない。しかしそれはあくまで上辺だけだ。真剣さのない稽古からは何も得られないだろうし、この依頼もただの徒労で終わってしまうだろう。

 それに気付いているのだろう。ルドルフくんは黙ってなにやら考え込んでいる。外見と言動は怖くなったが、俺のことを気遣ってくれる良い生徒である。


 しばらく押し黙った後、ルドルフくんはニヤリと笑う。何か思いついたらしい。


「センセイ。すいませんがオレの模擬戦に付き合っちゃもらえませんか。」


 ああ、その手があったか。俺はルドルフくんの意図を察する。

 俺とルドルフくんが模擬戦を行う・・・いわば模範演武のようなものだ。

 ただ稽古を押し付けるより、実際に戦うところを見せて稽古の有為さを彼らに確認させた方が彼らのやる気も上がるかもしれない。

 少々、乱暴なやり方かもしれないが、効果はありそうだ。ルドルフくんの機転に関心する。


「そうですね。じゃあ申し訳ないですけど付き合ってもらえますか?」


「ええ、もちろん!ただし、センセイ・・・・・・」


 ルドルフくんが何事か言いかける。


「わかってますよ。今回は【身体強化】も使わせてもらいますよ。今のルドルフくんにそこまでハンデはつけられませんからね。」


 俺の言葉にルドルフくんは口角をぎゅっと吊り上げる。


「センセイ。そうこなくっちゃ・・・・・・」


 彼は獰猛な笑みを俺に返す。まさに狂戦士と呼ぶに相応しい面構えだ。

 道場での組手を除けば、彼と模擬戦をするのは悩み相談を受けた時以来だ。生徒の成長をじかに確かめられるのは俺にとってもいい機会だ。



 訓練所の中心で俺達は向かい合う。俺は素手。ルドルフくんは木剣を持っている。

 開始の合図をかけるのはエミリアさんだ。


「準備はいいですか?それでは試合開始!」


 「始」の字が言い終わるや否やルドルフくんは俺目掛けて飛び掛る。

 その攻撃に俺は関心し、そして彼に対する一つの誤解に気が付いた。


 彼は俺からの指導を「先手必勝の重要性」という意味で解釈した。つまりいつでも「先を取る」ということである。

 「先を取る」とは武道において、相手の心が定まる前に攻撃する、もしくは相手を気迫で圧倒した状態で攻めるということを意味する。

 それはそれで合理的な戦い方である。しかし、疑問にも感じていた。Dランクと言えば立派な中堅冒険者である。かってFランクで足踏みしていた彼がたったそれだけのことでDランクまで登り詰められるものなのかと。

 しかし、今回の彼の攻撃によって誤解に気が付いた。

 確かに当初はただの「先手必勝」でしかなかったのかもしれない。しかし今の彼の攻撃はもう一段階上の境地に立ちつつある。

 すなわち「先々の先」である。

 これは相手の気の起こりを捉えるという境地である。いわばこちらが攻撃しようとするその一瞬の気を捉えて攻めかかるというものだ。

 一見すればそれはただの先手と変わらないように見えるかもしれない。しかし、こちらは相手が攻め込もうとするほんの一瞬の無防備な瞬間を狙って攻めてくるのだ。まともにこれが決まったならば師匠である俺でもひとたまりもなく一撃お見舞いされていたかもしれない。

 おそらく彼も自分では自覚はないのかもしれない。しかし、これは常に先手を取ることを目指し続けていた彼だからこそ辿り付けた境地なのだろう。


 ルドルフくんの予想外の成長ぶりに喜びを通り越し、感動に近い思いすら湧き上がる。

 しかし、彼の「先々の先」はまだ完璧ではない。それ故に幸か不幸か対処はまだ可能だ。

 今日も身に付けていたが、狂戦士になってからの彼の愛用武器は大ぶりの鉈である。

 鉈は相手を叩き斬るものだ。刺突に使うことはまずない。

 したがって彼が速攻を仕掛けるのであれば武器を振りかぶってからの斬撃である可能性が高い。

 そして振りかぶった位置から斬撃の軌道、肩の動きから振りかぶりのタイミングは充分察知できる。

 彼の斬撃のタイミングを見切り、一歩踏み込みながらそっと片手を差し出す。

 受け止めるのではない。あくまで武器を握る彼の腕に触れるだけだ。

 そして触れたまま彼の動きを微妙にずらし、自分の都合の良いように斬撃の軌道を修正する。

 渾身の斬撃の軌道を逸らされた彼は僅かにバランスを崩す。

 その瞬間、彼の手を取って転身する。

 俺の転身に巻き込まれ、手首の関節を極められながら彼は投げ飛ばされる。

 小手返しを使用した短刀捕りならぬ鉈捕りである。


 土埃を巻き上げてルドルフくんが地面に投げ飛ばされる。

 俺は彼の木剣を取り上げ、喉元に突き付ける。

 彼からすれば斬りかかった次の瞬間には地面に倒れていたように感じたのだろう。まだどこかポカンとした顔で俺を見上げている。

 しばらくしてルドルフくんは照れ臭そうに笑い、


「やっぱまだまだセンセイには敵わねぇや。」


 そういって負けを認めた。


「いえ、ルドルフくんの今の攻撃は素晴らしかったですよ。強くなりましたね。」


 俺の感想に更に照れたのか恥ずかしそうに頭を掻いている。外見の怖さとのギャップから、その仕草は妙に可愛げのあるものだった。

 彼に手を貸して起き上がらせた後、今日の参加者の顔を見渡す。

 反応は様々。興奮したようにこちらを見る者もいれば、何が起きたか理解し切れなかったのかあっけに取られたような顔でこちらを見ている者もいる。

 悪くない反応である。こういう見世物じみたやり方はあまり良くはないかもしれないが、少なくとも多少なりとも彼らに関心を持ってもらえたようだ。今ならば指導に対しても多少は耳を傾けてもらえそうだ。

 協力してくれたルドルフくんに礼を言おうとした時、訓練所にまた別の誰かが入ってきた。


「ずいぶんと師匠思いなんですねぇ。ルドルフせんぱぁ~い。」


 こちらを小馬鹿にするようにそいつは声を掛けてくる。

 入り口から入ってきたのは熊の亜人と思わしき大柄な男だった。

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