下校時刻
午後の授業も無事に(?)終わり、後は部活か帰るだけという時間帯になると、俺は真っ先に教室を出る。廊下では、委員会や運動部の面々が慌ただしく走り回っている。
「コラーッ、廊下は走るなーッ。」
それを大声で注意する、生徒会長の一喝。長い金髪をポニーテールにした、綾元紗英センパイだ。この時間になると、2-Bの教室を借りて行われる役員会議に出席する為に現れる。
「って、やっぱり言うだけムダよね・・・はぁ・・・。」
最近は、特に心労が絶えない様子だ。
「うーん・・・?」
不意に、彼女が呻きながら目を細めてこちらを睨み付けた。
「ああ、上崎くんじゃない。」
とたんに、なあんだ、という風にため息をついた。
「センパイ、また目が悪くなったんですか?それとも、単にガン飛ばしてただけ・・・?」
最後は冗談が2パーセント本気が98パーセントだったが、それを聞いてよりいっそう彼女は眉をつり上げた。
「わたしがメンチ切る訳無いでしょ。まあ、それくらいしないとダメなのかしら・・・ふぅ。」
最後は目頭を押さえながら、うつむいた。
「センパイ・・・。ひょっとして、疲れてます?」
「ええ、ちょっとね。はあ・・・出来のいい妹さんに比べ、あなたは本当に・・・。」
伏し目がちにいきなりヒドいことを言われた。
「ダメ、とか出来損ない、とか付け足されたら、俺、マジで学校辞めます。」
俺は至って真剣に答えた。
「服装の乱れを注意された事が三回、授業を抜け出した事が二回、早退を理由に近所のゲーセンに居た事が一回に、妹さんがわたしに直訴したこと数知れず・・・。」
遙・・・、兄を売るとは。お前ってヤツは・・・。
「センパイ、もう、それ以上は勘弁してください。ほら、世知辛い世の中ですし・・・。」
「ええ、ホントにそうね。あなたを見てるとホントにそう思うわ。」
彼女は遠い目をして俺を見つめた。
「・・・何で俺を見てそれを思い出すんですか?」
「自分の胸に訊いてみなさい。あっ、そろそろ時間だわ。じゃあ、寄り道しないで帰るのよー。」
最後は手を振りながら去って行った。会長か・・・やっぱり、厳格な家庭に育ったんだろうか?いや、厳格そうなのは、実家がお寺だっていう川島さんの方がむしろそうなのではないか?
そんなことを考えながら歩いて居ると、不意に見覚えある人物が階段に座りこんでいた。ナニやら考え事をしている様子だ。
「えっと、中原先輩?」
思い切って声を掛けてみると、彼女はゆっくりと振り向いた。じっとこちらを見たまま、顎に指を当てている。
不意に、窓から差し込んだ夕日にメガネが反射して光った。
「突然だがキミに問題だ。きょう一日、ワタシを見ていて何か気づいた事は?」
澄んだ声で唐突に聞かれた。
「えっと・・・わかりません。」
正直に白状すると、彼女は俺の答えに納得したようだった
「ふむ、やはりそうか。ちなみに、キミと同じクラスの和服さんは、見事正解だったぞ。」
「はあ、そうですか・・・。」
正直、どうでもいい。
「正解を、教えてほしいかい?二年B組、出席番号一番の上崎ショウゴくん。」
何で俺の事知ってんだ?この人。
「ええ、まあ・・・。」
肯定してほしい雰囲気がプンプンしていたので、とりあえず調子を合わせてみた。
「よし、ならば教えてあげよう。ワタシは最初、一階と二階の階段の踊り場に居た。次にキミと和服さんがワタシを見た時は、何処に居たか解るかい?」
途端に元気になり、彼女は一気に喋りだした。
「何処って・・・同じ場所ですよね?」
「残念、実は、一段だけ上にあがっていたのでした。」
センパイは得意げに笑った。
「ああ、そうですか・・・。」
ってか、そんな事か。これが解ったとは、川島さん、やるな。
「ちなみに、もう一つの問題も和服さんは正解したぞ。」
まだあるのか。
「えーと、なんですか?」
正直、もうお手上げだった。
「ヒント、ワタシは今、何処に居るでしょう??」
「何処って、二階と三階の中間ですよね?」
「そうそう、ではでは、我が校の階段はすべて14段。ワタシが居るのは合計で15段目。15、これを当て字で読むと・・・?」
これも解るとは・・・。末恐ろしいな、川島さん。
「イ、ゴ、囲碁ですか?」
正解を言うと、とたんに彼女の表情が明るくなった。
「そうそう。と言う訳で、明日から是非我が囲碁・将棋部に来てくれたまえ、上崎くん。歓迎するよ?」
すっくと立ち上がり、スカートのホコリを払ったあと、彼女は勢い良く俺に右手を差し出した。
「・・・センパイ、50mを何秒で走れますか?」
めんどくさくなってきたので、俺は彼女に唐突に聞いてみた。
「ん?8秒ピッタリくらいで走れるが・・・?」
怪訝そうな顔で彼女は答えた。女子にしてはなかなかのタイムだが・・・。
「センパイ俺、お先に失礼します!ダッシュ!!」
こう見えて逃げ足には自信が有るのだ。塚田ほどでは無いが。
「そ~ん~な~、待ってくれたまえ~、う~え~さ~きく~・・・・。」
階段の踊り場に、彼女の声がこだました。俺はそのまま家まで、全力疾走した。