午後
昼食を済ませ、廊下で待っていると、しばらくしてから川島さんが小走りに駆けて廊下に出てきた。
「上崎さま、お待たせしました。先ほどは本当にありがとうございました。困っていたところを助けていただき・・・。」
「いや、別にいいよ。ところで、今日はなんでまた食堂に?」
さっきから気になっていた事を聞いてみた。
「いえ、あの、申し上げにくいのですが・・・。」
すると、券売機の前で見せたのと全く同じ表情をした。
「いや、イヤなら、別に言わなくてもいいけど?」
慌てて俺はフォローを入れる。すると、予想外な答えが返ってきた。
「その、お恥ずかしながらお弁当を、家に忘れてきてしまって・・・。 」
頬を若干赤くしながら、彼女は答えた。
「それは、なんというか災難だったね。」
容姿端麗、頭脳明晰にして文武両道、これらの四文字熟語がしっくりくる印象の彼女にしては、ずいぶんうっかりしたミスだった。彼女にもそんなところが有ると知って、ホッとしたというか、何というか。
「それで、なんでまた今日に限ってそんなミスを?」
「えっと、我が家は修行僧が出家してくることで有名なお寺なのですが、昨日出家してきた修行僧の方のお世話やご挨拶をしている内に、登校の時刻になってしまい、慌てて出たところ・・・。」
「忘れて来ちゃった、と。」
「お恥ずかしい限りです・・・。」
しゅんとなる彼女を見ていると、こっちまでいたたまれない気分だ。階段の踊り場に、さっきのセンパイが居た。さっきと全く同じ格好で膝の上に弁当箱を乗せて、まっすぐ前を見たまま、食事をしている。俺は、彼女のすぐ横を川島さんと静かに通り過ぎた。
「あの方は、確か中原先輩ですね。」
上の階に到着すると、川島さんが不意に言った。
「ああ、川島さんも知ってるんだ?」
「ええ、有名な方ですから。数学の教師四人を相手に暗算対決をしたり、奇想天外な科学実験をしたり・・・。実際に話したことがあるのですが、悪い方では無いようでしたよ?」
噂では聞いていたが、実際に話せる人が目の前に居るとは
いやはや、川島さんは伊達では無いらしい。
「では、上崎様、私、この辺で失礼します。」
川島さんは2-Bの教室の前でこちらに向き直ると、丁寧にお辞儀をして去っていった。
「ちょっと、ナニよアンタ。川島さんとすっかり仲良くなったみたいじゃない。」
教室の自分の席に着くと、弁当箱、ならぬデカいタッパーに入った白いご飯をほおばる塚田に言われた。
「いや~、彼女、やっぱり良い人だ。本人の前では言えないけどさ。」
「そーですか。まあ、アタシも話したこと有るけど、アレよ?怒らせるとかなり怖いらしいわよ?」
心なしか「かなり」を強調して塚田が言った。
「あ~。って彼女を怒らせたバカが居ることの方が怖いよ俺からすれば。」
「まあねー。さてと、メシメシ。」
色気より食い気、とはこの事か。バクバクと白いご飯をほおばる彼女を見て、ふと思った。
「うーん、シアワセー。」
満面の笑みで微笑む塚田を後目に、次の授業の用意をする俺であった。