学園
朝の通学路を歩きながら、俺は視界に写る自分の赤い前髪をいじっていた。周辺視野では俺と同じ高校の制服を着た生徒がどんどん増えつつある。俺が通うのは、私立の銅北学園。一見普通の高校だが、入学金だけはバカ高いと言われている、ドデカい学園だ。近くに他の高校も無いし、一応名門校だから、という非常にシンプルな理由で通うことになったのであった。
俺は上崎ショウゴ、17歳である。毎朝、鏡を見て思う事は・・・。身長、体重は普通、体型もフツー、容姿は・・・多分まあまあ。勉強・スポーツの成績はふつう。特徴が無いのが特徴・・・とまではいかないが(教師はそう思っているのかもしれない)まあ、普通の男子生徒だろう、多分。
そうこうしている間に校門に到着した。地上四階建て、地下二階建ての荘厳な校舎が俺を迎えるように鎮座している。げた箱を通過して、階段を上り、廊下を通過(ギャグ?)し、三階の2-B(余談だが、二年生はDまで。教室は有り余っているので、入ってくる生徒の数に応じて増減される)の自分の机に着いた。このクラスは運動部員や委員会の役員が多いので、机に座っている生徒の数はこの時間ではまだ、まばらだ。今朝は朝礼も無いしゆっくりと本でも読むか・・・。そう思った矢先、廊下がワイワイガヤガヤと騒がしくなった、と思ったら朝練をしていた運動部の面々が教室になだれ込んでくる。野球部、サッカー部、そして陸上部の女子。
陸上部の女子の中に、見知った顔が一人だけ、俺と同じ教室に入ってくる。青い(紺に近い)髪をショートカットにした背の高い(といっても身長は俺と同じ)女子だ。
彼女は、塚田 藍何を隠そう、俺ん家のすぐ近くに住む、俺の幼なじみだ。
「だーっ、つーかーれーた~。」
女子にしては低い声で叫んで、俺の一列左隣の席に座った。というより、倒れ込んだ。
「お疲れさま。今朝も汗だくだな、おい。」
俺は彼女にねぎらいの言葉をかけた。これが、最近の毎朝の習慣になりつつある。
「いやー、もうすぐ新入部員が入って来るんで、変な気合いの入ったアホが増えたんだよ。良い迷惑だよ、アタシにとっては。」
女子にしてはサバサバした、ざっくばらんな口調でしゃべった。昔からこの口調だが、教師やセンパイに対してもこの口調なので最近はよく注意されている。
「あー、わかるような気がする。アレだろ、何とか頑張って、キャーセンパイカッコイーっていう展開を狙うんだろ?きっと。」
適当に調子を合わせると、予想外の反応が得られた。
「そーなのよー。まあ、いくら頑張ったって、アタシを追い越すどころか、追いつけもしないっての。でも、あそこまで必死にやられると、少しでも手、もとい足を抜いてあげたくなるって言うか・・・いや、抜かないけどさ。」
最後は断固たる口調で言い切った。
「抜かないんだ?」
「抜くわけないわよ。一回でもアタシが抜かれた日にゃ、校内新聞の一面に載ってしまうからねー、冗談抜きに。」
「ハハハ、タイトルホルダーは大変だな。」
「そうよー、毎日が苦難の連続よ。最近は、アタシもアレがよく来るようになったし。」
「あー、うん、そうか、アレか。」
はぐらかすと、怪訝そうな顔を向けられた。
「う?ほんとに分かってるの?アンタ。アレよ、女子のあ・れ。」
「うーん、まあ、程々には・・・。」
正直、よくわからん。俺、男子だし。
「まあ、わかるハズもないわ。無いわー、風呂上がりの浴槽に浮く赤いモノ、無いわー、グロいわー。」
最後は俺と反対側の窓の方を向いてボヤいた。
不意に、教室が静かになった。廊下に規則正しい、木を叩くような音色が響きだしたからだ。さすがの俺も、塚田も顔を上げて出入り口を見た。
静かに引き戸が開くと、和服姿の生徒(教師と間違える後輩が続出)が入ってくる。足下は、地下足袋に下駄。髪は、今では絶滅危惧種となってしまった、真っ黒なロングヘアー。丁寧に扉を閉めると、彼女は、みんなの視線に気づいて挨拶をした。
「みなさん、おはようございます。今日も一日、よろしくお願い申しあげます。」
たれ目で整った目鼻立ちの彼女は、川島 薫と言う。彼女が席に座ると、みんな自分の作業(?)にもどった。
「カノジョ、良いわー、うらやまー。」
不意に、塚田がまたボヤいた。そうこうしている間に、チャイムが鳴った。