カメレオン
受験勉強にも飽き、息抜きがてら来たコンビニで、立ち読みを始めて30分。
雑誌を読むのにも疲れてきたとき、ふいに肩を叩かれた。
振り返ると人差し指で頬をちくっとさされた。
「やーい、引っかかった」
そう言って同じ年頃の女の子が笑った。
懐かしい水色のジャージを着て、手にはここの袋を提げている。
赤みがかった茶色の髪。
胸まで伸びているせいか、異常に小顔に見える。
透き通るような白い肌に、リスのように大きな目、ピンクの艶っぽい唇。
あどけなさの中に感じた色気に、強い香水を吸ったときのような眩暈がした。
彼女が目をくりくりと動かす。
「和田だよね?」
「俺のこと知ってるの?」
えっ、と彼女が大きな声をあげるもんだから、レジにいた店員がこちらを覗き込むようにして見てきた。
慌てて雑誌をしまい、
「とりあえず外に出よう」
と声をかけて、早足で店をあとにした。
店の横手にまわると、彼女は手に持った袋を大きく揺らしながら、のんびりとついてきた。
ちょうど腰の高さにある車止めに座ると、彼女も隣に腰掛ける。
「私のことわからないの?」
「朝日中学の子? そのジャージそこのだよね?」
ぶらぶらと彼女の足が振り子のように揺れる。
半ズボンに加工したジャージの中から伸びる脚。
それに吸い寄せられた目を、慌てて逸らした。
「分からないならべつにいい。和田、家この近くなんだ?」
「そうだけど」
いいと言われても、知らない相手と喋るのはなんだか居心地が悪い。
おまけに、相手は俺のことを親しげに呼び捨てにするもんだから、尚更だ。
「私もこの近くだけど、全然知らなかった」
彼女は何が可笑しいのかけらけらと笑うと、袋からペットボトルを出して口をつけた。
それからこっちに飲み口を向けて、飲む?と首を傾げる。
「いやいや、俺はいいよ」
ペットボトルを押し戻すと、彼女はあっさりと引いてまた袋に戻した。
もう一度ぐらい勧めてくれればいいのに。
心の中でこっそり舌を打つ。
彼女は大きく腰を反らし伸びをすると、
「じゃあ、そろそろ行くわ。また休み明けにね」
と立ち上がった。
「あ……そうだね」
ってことは同じ学校だったのか。
彼女が颯爽と歩き出す。
その背中に浮かび上がったローマ字を見て、思わず声をあげた。
「ささはら?」
彼女は手を上げると、振り向くことなく帰っていった。
わかるはずないじゃないか。
我に返った俺は、今すぐ笹原を追いかけ叫びたい気分だった。
いつもくるくる頭にパンダのようなメイクの、あの笹原だなんて。
ミニスカートはどこ行った?
いつものあの馬鹿っぽい間延びした喋りは?
だいたいお前、そんなに白かったっけ?
溜め息を1つ吐くと、自然と右手が頬にのびた。
つけ爪の消えた彼女の指。
その折れそうに細い指の触れたところだけが、ほんのりと熱を帯びている気がした。
1000文字小説です。