森の時間(2)
オレは何をどう言おうか迷った。
男の表情には何の変化もなく、淡々と説明してくれる。
「昔の自分を消してしまえば、それをやった未来の自分も消える。すると、昔の自分を消した自分はいないので、昔の自分は生きていることになる。となると未来の自分も生きていることになって…これは『親殺しのパラドクス』から派生した『自分殺しのパラドクス』というものだ。それを発明者はやってみようと思ったわけだ。」
「ややこしいな…。けど、それじゃあ証明に使うの無理なんじゃないの?」
「もし、本当の過去なら過去の自分は死に、未来の自分は消えるだろう。それで終わり。後の、『…とすると過去の自分は生きていることに~』という事態は起きないと、発明者は考えた。死人は生き返らないからな。どうあっても覆らないはずだと。
もし、異時元の過去なら、未来の自分は消えない。自分が実験台なら、改ざんのおそれもなく何を犠牲にするわけでもない。それに1回ですべて証明できる。見張りも必要ない。
だから発明者は、立会人となる学者数人と一緒に過去へ行き、目の前でやってみせたのさ。」
やって見せたって…簡単に言うけどそれは…
「その結果、実際の過去ではなく平行世界であることが判明した。その時間を『変えた』らどうなるか?そこから新たな時間軸が発生して、私達の未来とは違う流れになる事もわかった。私達は自分の時代・時間軸に戻ることはできるが、もう二度と新しく変化した時間軸の世界には行けない。
彼女は『裂けるチーズ論』とか変な名前をつけてたが…他にわかったことは…。」
「うわあ、長い長い!もういいよ。聞いてもわかんないし。」
…まてよ?そもそも何の話からこうなったっけ。たしかお姉さんの姿が見えないとか…
え、ということは
「お姉さんが、やったの?自分殺し…を?」
あまり想像できなかった。そういうことをやる人には思えない。
「少し違うな。」
男はオレから顔をそらして、歩道橋の向こうを眺めた。あたりはすっかり闇に包まれているけれど、相も変わらず絶え間ない車のランプが川の様に流れていく。この灯りの群れは、それ自体がまるで生き物のようだ。
「発明者にとって『改変できる過去かどうか』という議論の決着は必要だったし、誰かがやらなくてはいけない事をやった、という自負があった。けれど、そうであっても、犯罪は犯罪だ…いくら自分とはいえ、1つの命を消したのだから。
彼女は、幽閉されようとしていた発明者を助けた。新しく発生した時間軸へ一緒に逃げたのだ。ただ、当時のマシンは『データー化』する方式だったため…。」
ここで言葉が途切れる。沈黙…オレは先を促すこともしなかった。男の方を見なくても、何かをこらえていることくらいわかっているから。やがて、男は声を絞り出すように言葉をつづけた。
「…彼女は肉体を、私は声を失った。あまりにも無茶な移動だったので、時間軸と時間軸の間に残されてしまったのだ。今の様に、時間を旅している時は元に戻る…だが、なぜか私たちが拠点とする時代には戻らない。拠点の時代や場所を変えても…多分これは『時間の罰』なのだろう。」
「時間の、罰?」
「私は、時元を移動できる機械を創った。過去時元へ移動できる。今まで誰もそんなことができなかった。私だけだ。私が発明した機械で移動するのだから、到着した時元も私が好きなようにできる権利がある。その思い上がりが、こんなことになってしまった。彼女まで巻き込んで。」
「篤史の親と根本的には変わらない。」
「そんなこと…」
確かに、母さんも義父さんも、オレを1人の人間として扱わなかった。八つ当たりもするし好きなようにしていいと考えていたのだろう。親だから、養っているのだから、好きなようにできる権利がある…と。
考え方は似ているのかもしれない。だけど…何かが違う!!
「先ほど、未来に行くのは当分無理だと話した。どうしてなのか?これは私個人の考えなのだが…」
「未来は変えられるんだ。ある時間軸を改変してもそこから新たな時間軸が生まれるのは、別な未来を創るため。我々が未来に行けないのは、可能性を残すためだ。もし、初めから運命が決まっているのなら、我々も未来を覗くことができるだろう。
だから、未来を消すことは許されない…たとえ自分の未来であったとしても、自分が納得していても、『時間』が許さないだろう。」
そうして男はオレの方に向き直って笑う。口元の形だけの笑みではなく、本当の。
「篤史は、安易に過去に手を出さなかったな。」
「っていうか…ただ…勇気がなかっただけだよ。」
オレはなぜだか恥ずかしくなった。時間がどうとか考えていたわけではない。自分が消えたかっただけなんだ。もしかしたら楽に。でも、それができなかった。
「本当に勇気がなかったら、彼らの背中を押しているさ。お前は、過去を変えて現在を変化させる簡単な方法ではなく、現在を変化させて未来を変えていく困難な方をとったんだ。そして、その方が選択肢が沢山あることも。無意識かもしれないけど、な。」
そういって、オレの頭をポンポン叩く男の顔は穏やかだった。
「さ、元の時代へ帰ろうか。」
お読みくださりありがとうございます。
未来の男(A)から見れば過去の男(B)がどんな運命をたどるかわかっています。自分の辿った道だから。しかし、BにとってAは可能性の未来の一つ。AがAにとっての未来に行けないのと同じように、Bも未来であるAには行けません。たとえ結局Aを選ぶとしても、その未来は確定ではありません。男は、過去の自分の命と未来を奪ったのです。




