推理
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「杉尾さん、今回の事件やけに気合いはいっていますね。」
「ああ、まあな。」
月曜の夜9時。
杉尾はひげを撫でながら、今後について考えていた。
父親や母親に詳しく事情を聞いたところで、何の解決にもならないし罪にも問えない。
実際の所、少年自身を見つけないとだめなのだ。
やはり、明日、真淄山付近を広域捜索するしかなさそうだな…。
自転車が見つかったのはそこだし…警察が動き出してまだ1日。まだ何かの手がかりぐらいは見つかるかもしれない。
「父親の方ですけれどもね、例の灰皿については何も知らないと。行方不明の少年については、確かに怒鳴ったりはしたが何もしていない、気がついたらいなかった。の一点張りですね。」
部下が報告書を渡した。杉尾はザッと斜め読みをしてハンコを押す。
「へえぇ、恐れ入るね。気にもとめていなかったの間違いじゃないのかねぇ。ま、そんなだから篤史君の計画も成功したんだろう。」
「計画、ですか?」
部下が怪訝そうに眉をしかめる。
「まあ、仮の話だが。ほら、下の住人が、何かぶつかった音がして怒鳴り声がやんだって言ってたろう。その後、深夜に外の車を開け閉めする音が聞こえたと。」
「ええ。」
「きっと、それは篤史君だね。血をつけた灰皿を車に隠したんだ。そうして自分は自転車で町を去る…こんなとこじゃないか。学校の級友には、学校を休んだら警察に…と話していたんだろう?父親が怪しくとれる発言もして。何のトリックにもなりゃしないよ。単純なことだ。」
…とはいえ、自転車をこぐのも辛かったはずだ。灰皿の血の量から考えて、かなり深く傷をつけたはずだろうから。そんな状態じゃあ、あの位置までなんとか来たもののバランスととるのすら難しくなったに違いない。だから自転車は置き去りにした。
その先はどうするか?徒歩で移動してもいずれ見つかってしまう。そうなると、せっかく義父を罠にかけたのに意味がなくなってしまう。だから身を隠すため、山に入ったのだ。
それを聞いて、部下はがっかりしたような気の抜けたような声を出した。
「ただの家出ってことですか。じゃぁ事件性はないじゃないですか。」
「あくまで仮定の話、だ。普通に父親が、ケンカ中に頭を打って死亡した篤史君を車で運んで、事故に見せかけるべく自転車と共に捨てたって線もあるんだからな。家出人届も出していなかったのも怪しいし。」
「まぁ、そうですね。今、我々もその線で進めていますけれど。」
「しかし、俺は仮定の方だと思うね。色々話を聞いていて、どうも虐待の域に入ることをしていたそうじゃないか。…ああ、父親には聞かなくて良い、どうせ『しつけ』だの『そんなつもりはない』だの言うんだから。」
「そうそう、そういう親って本当に認めないんですよね。なんなんでしょうね、プライドが高いんでしょうか?それとも本当にそう思っているんでしょうか?子供の頃、同じように虐待を受けていたとか?」
うーん…、と杉尾はうなって目を閉じた。
「いつの、何の記事だったか忘れたがね…」
そうして、どう言うか考えるように、ゆっくり言葉を繋ぐ。
「虐待する親のうち、子供の頃虐待されていた親は半分弱、もっと少ない。残りは普通のごく一般的な家庭で育っているんだとさ。つまり、虐待は100%連鎖する訳ではないんだ。」
ここまで言うと、杉尾は片目を開けてニヤリと笑った。
「てなわけで、『負の連鎖』は理由になんないな。ま、じっくり絞ってやってくれ。それで自己中心的な考えが改まるとも思えんがね。」
「母親はどうします?また訪問しますか?」
「うーん…話のしようがないのが一番困るね。まぁ、落ち着くまでほっといていいだろうよ。あれじゃあ、何もできんだろうしな。」
そう言いながら苦笑混じりに、先ほどまで作成していた書類を部下に渡した。
「部長に渡してくれ。明日は皆で山の捜索といこうじゃないか。はやいとこ篤史君を見つけてやらんとな。」
「そうですね。」