6 幼馴染
適当に引き出しから出して、目に入ったシャツと合う服を選ぶ。今日の気分的にユルいカジュアルな格好がいいかな、と思ったのでそんな風に選んで服を着替えるとスバルもすでに着替えていた。
「スバル早っ」
「ビショウジョ戦士みたいな力つかってきがえたのー」
へらりと笑いながら言うスバル。短パンにフード付ベストを着ている。あ、ちょっとかぶった。僕のは一応七分ズボンで、ベストじゃないけどフード付。
するとぴょんと音が聞こえそうな感じでスバルが抱きついてきた。
「おそろいー」
「うん、そーだね」
僕も笑うと、見計らったようにドアがノックされて開かれた。
言われなくても気配でわかる。朔だ。
「準備できたな」
「うん」
「ばっちしー」
やっぱり現われた朔に僕達はうなづくと、ちょっとしたショルダーバッグを掴んで階下に降りた。そして玄関で靴をはく。
つま先をとんとんと蹴りながら僕はスバルを見て、靴を履いたことを確認すると朔の方を見た。真っ先に準備が整った朔は僕と目が合うと、うなづく。
「ん。じゃあ始める」
その言葉と共に朔の人差し指と中指が仄かに青白く光る。そして朔が小さく弧を描くと、その円は僕達の真上に浮かんだ。そしてそれは丸いツボのような形を描くように、上から下へと僕達を包んだ。
そこで僕達は家の奥へと視線を向ける。一応ちぃ兄に挨拶をするんだ。
「チヒロー」
「ん?」
「いってきまーす」
「行ってきます。昼ご飯多分、いらない」
「おう」
スバルと朔がそれぞれちぃ兄に言葉をかける。とりあえず僕も続いて挨拶をする。
「行ってきまーす」
が。
「帰ってくんな」
返って来たのはそんな言葉。
……ちぃ兄。なにもこんな時まで僕をからかわなくても。
「……帰ってきます」
「あそ、早く行け」
そう言うちぃ兄の言葉が終わるかの所で回りの景色が溶けて、僕達は空間から切り離された。
空間から切り離される時感じるこれは、何回やっても新鮮で。
でも
寂しさとか
切なさとか
どうしてか不安な気持ちも押し寄せる。
ああ、自分は離されたんだと。
自分の存在が浮き彫りにされて、隣りにいる誰かの存在を確かめたくなる。
それと同時に、還って来たような
懐かしさとか
妙な心の静けさとか
そんな心のざわめきを感じてしまう。
それはたった一秒にも満たない刹那の時間なのだけれど。
気づくといつも僕はスバルと朔の手を握っている。
「……着いたよ」
優しく手を握られて僕ははっと顔を上げる。そこには静かにこちらを見る朔とへらりと笑うスバル。
「あ、ほんとだ」
僕は目の前を見ると、スバルと朔の手を離して足を踏み出した。
踏みしめた足の下には玄関のタイルではなく、土とじゃりや落ち葉が少しだけ落ちている坂道。人が五人くらい横に歩けるほどのその道の横には自動車道がある。けれど途中でその道路も左に折れ、緩やかな下り坂へと道を外れる。
自動車道の横の上り坂の道を僕達はしばらく歩いた。両脇には石の灯篭がぽつぽつと一定間隔で並んでいる。今は朝だから明かりはついていない。
そして視線を戻してみれば、道の先には大きな石の鳥居と石の狐が一対門も守っていた。
それを見て僕は笑みを浮かべると、駆けだした。
「鈎笛、晶鈴! おはよう!」
そのまま狐を通り過ぎる。その少しの時間風がざぁっと駆け抜ける。木々がざわめく。
それにちょっと笑みを浮かべて僕は奥の坂道へと走った。
「こーちゃん、しょーちゃんおはよー!!」
「……ったく」
後ろから駆けてくるスバルと僕達を呆れた声で見守りながらもスバルがこけないように気を配る朔。それにくすりと笑いながら通り過ぎていく景色に目を向けた。
鳥居を抜けてからは少し道が変わる。砂利はさっきまで少し舗装されたものより荒くなり、けれど歩くには不自由ない道が続く。そして右手には緑の多い茂った木々。左は自動車道が左に反れて見えなくなってからはこちらもまた緑色になる。
こう言ったら、とても田舎にいるように感じるかもしれないけど、実際ド田舎ではない。山際にいるからこう緑が多いけど。まぁ都心みたいな感じな場所からは少し離れているのは確かかもしれない。
僕は意識を再び景色に戻すと、息を吸い込んだ。
踏みしめるごとに足に感じる固い砂利。少し湿ったでも気分を落ち着かせるような土と緑の匂い。
きらきらときらめく、多い茂った緑の爽やかな光。茶色の木々、静かで落ち着いた清廉な空気。
茂った木々の間に通った坂道を上がっていくと、竹林が現われる。風に揺れてしなる竹はとても青々としていて、見ているだけでもほっと息を吐いてしまうぐらい真っすぐで綺麗だといつも思う。
それと共に、近づいてくる気配。
踏み出す足が前へ進む度、どくどくと胸の高鳴りも速くなる。
もうすぐ、だ。
僕は息切れてきて、渇いてきた喉を唾を飲み込んで潤した。
竹林を抜け、再び木々が多い茂る小道を抜けると始めにくぐったよりも一際大きな石の鳥居が見えてきた。
『葛束神社』
横の石の柱にそう彫られてあるのが見えた。
僕はもつれそうになる足をなんとか踏ん張って進めた。あの鳥居を越えればもうすぐなんだ!
けれど。
「うっわあっ!?」
僕は気をつけなきゃいけなかったんだ。
ここに来る時いつもだった。鳥居の所にある三段の小さな階段。
段が低いからよく躓いてしまう。
案の定、僕は倒れ込んでしまった。
――――――と思ったんだ。
「なにやってんだか」
左から聞こえる呆れを含んだでも優しい明るい声。
「懲りない子だね?」
右から聞こえる笑いを含んだでも嬉しそうな柔らかな声。
こけそうな僕を二人の少年が両脇から支えてくれていた。
「伊成、祷! おはよー!」
僕は笑顔で二人を見た。