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~ IF ~  作者: 名城ゆうき
序章
5/30

〇スバル―1


主人公、安栖日和の双子、スバル視点の話です。

時間軸は「1朝」付近。


 ボクの日常はいつも空中浮遊で始まる。


 目が覚めると、いつも布団は体に触れあってない。掛け布団はボクの手元にあるけど、敷布団はずっと下にある。

 それを僕はじっと見る。

 そしてちらりとその横を見る。

 それはとてもボク達に似ていると思う。


 ボクと日和。

 掛け布団と敷布団。


 ボクそっくりな日和は静かな寝息を立てて気持ちよさそうに寝ていた。ちゃんと布団の上で、空中浮遊することもなく。ちっちゃい頃は一緒に空中浮遊したものだけど。

 ボクはあくびをして自分の手元の掛け布団をじっと見るとそれを放り投げて眼下の布団に着地した。正確には布団の1mm上空に着地した。ボクは今までの人生で何かの上にまともに立ったことはほとんどない。まともにものを握り締めたこともない。まともにモノを話したこともない。


 すべて能力でそんな風に見せているだけ。

 手で掴んでいるように、形を能力で作っているだけ。

 歩いているように能力で足を持ち上げているだけ。


 声とは声帯を震わせることで成るもの。

 つまりそれさえもボクは能力に頼っている。


 なぜならボクは筋力というものがまともに機能しないから。

 生命を活動させる役割を担う肺や心臓、胃。

 それらさえ一瞬の気を抜いてしまえば、その活動が弱まる。

 ボクは先天性筋力弛緩症だ。

 もしボクが安栖の一族でなく、この能力もなかったら、生まれるまでもなく死産だったに違いない。

 だから極力ボクは必要な時以外動かない方がいい。

 ボクの力も無尽蔵ではなく、制御も辛うじて出来ているくらいだから。


 それでも……。

 ボクはそれでも声だけは自分の体で出したかったから。


「日和」


 ボクはそう言うと、屈みこむ形を作って日和の顔を覗き込んだ。

 静かに眠る三つ子の日和は、目を閉じてるとますますボクにそっくりだ。こうして見ると違うのは、髪の長さと髪の色。日和は肩より少し短めの送り毛のある黒髪。ボクは背中まである灰色の髪。本当はこの髪もうざったいけど、切るのも面倒だしなによりボクは長い髪にしなきゃいけない。


 日和と区別するために。


 朔は小さい頃は顔も背丈も、日和とボクとそっくりで並べたらちょっと面白い感じに三つ子だった。帽子をかぶって後ろを向いたら誰が誰か区別できないくらい。でも朔は黒髪に黒い目だった。問題はボクと日和。

 幼稚園になるまで、ボクと日和は同じ髪型に、同じ灰色の髪……そして同じ赤眼だった。本当は、先天性で色素の薄いのはボクだけのはずなのに。

 それは日和とボクが同調しやすいからだった。

 いや、あの時は同調と言うより、ボクが生きるために日和がボクに精気を与え、力を使った。結果ボクと日和は同じ精気量になった。

 つまり。

 精気の共有の結果、同じ波長、同じ精気質になったと言うべきかも知れない。

 それに伴い姿も同じようなものになった。


 元々ボク達は双子だ。

 精気質も波長もよく似ててもおかしくない。

 ただ精気の配分がボクの方が少なくなったから先天的に色素が薄くなった。 

 精気の失陥は髪によく現われる。

 だから本来なら日和の髪は黒く、ボクの髪は白のはずだった。


 先天性精気失陥。


 それは日和も持っていた疾患だった。

 ただボクの場合一時でも誰かから精気の供給が途絶えたら即死を意味していた。

 日和はそんなことはないけど、精気が途絶えたら一日中布団の中で横になってても辛く、夢うつつの状態だった。


 それがボクと日和の違い。

 

 本来なら白髪をあの時、日和はボクの失陥を埋めるように精気を共有して、灰色にしてくれたんだ。

 だけど日和はボクじゃない。

 ボクになったらいけない。

 ボクのように、ボクと同じく精気を喪失して……代わりに死んじゃいけないんだ。


 ツンと日和の頬をつつく。柔らかい弾力が指先に触れる。それでも日和は起きない。為すがままにつつかれたままの日和に、ボクはちょっと楽しくなってそのままツンツンし続けた。

 本当はあまり物に直に触れるのも避けた方がよかった。

 筋力を鍛える上で物に触れて反発する力に反発するというのは、よいことなのかもしれない。でもまだ精一杯の状態で操作しているこの力を、ボクが更に使うのは危険とされている。力加減で自分の体に負荷をかけかねないから。

 それでもボクは日和に触れることは止めたくなかった。

 もう一人のボク。

 ボクにとって日和は特別中の特別。

 だから……。


「日和」


 ボクは日和の名前だけは気合で自分の声で呼ぶことにしている。

 例え体の中が軋んでも。

 きちんと人の名前を呼ぶ喜びをボクは知っている。ボクの特別な存在を表す音が、喉を震わすこの感覚が、好き。

 だから、他の単語や名前が少し気の抜けた音になったとしても。


「日和、あさだよー」


 ボクは世界で五人だけ、自分の声で名前を呼ぶことを心に決めている。

 そして世界で三人だけは、触れることを止めないでいようと思っている。


 その名前を呼び、触れることを止めないヒトの一人が……

 

「……スバル、日和」


 ノックと共に低く落ち着いた声が聞こえた。


「朔、いいよー」


 ボクはにっこり笑うと相手の名前を呼んで中に入ることを許した。

 朔。ボク達三つ子中で一番年長の兄。


  


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