3ちぃ兄のこと
「ところでチヒロ、部活?」
ふいにちらりとテーブルの置時計を見るとスバルが言った。
「めんどい」
新聞を読むのはちぃ兄の日課なんだ。というか趣味かな。全面しかも三種類読んでるんだもん。その上読むのがものすごく速い。めんどくさがりなのにもう、三分の一ぐらい読んでるし。
そのマメさを部活に行く気力にも分けたらいいのに。
「高校バスケエースなのにな」
「ちぃ兄がエースなんて……可哀想」
「部活の先輩方に、合掌」
「……合掌」
「がっしょー」
「おい」
朔に相槌を打ちながら、便乗するスバルと一緒にちぃ兄の部活の人達に手を合わせた。それにやや顔をしかめるちぃ兄。……本当に不愉快そうな顔をしている。こういう、感心するほど見るからに不愉快な顔をちぃ兄はすることがある。いちいち反応をするのもめんどくさいちぃ兄がこんな表情をするのはよっぽどのことだけど。
そんなに部活が嫌いなのかな? それなら入部しなかったら良かったのに。
でも……。
不意に思い出して僕は朔がいつの間にか用意してくれたリンゴを口に入れて飲み込んでから言った。
「でも本当ちぃ兄、部活行ったらいいのに。あんなに活躍してるんだし」
一度ちぃ兄がバスケをしたのを見たことがある。
こんな兄だけど、とてもカッコよかった。
他の先輩がトラップしても難なく避けて、見る間もなく綺麗に流れるようにシューティングする姿。
たまたま、ちぃ兄が僕達の学校のバスケ部に来ていた時のことだった。確か後輩に練習を教えるとかそんなイベントで、休んだ友達の代わりに来たとかだったと思う。
それが先輩達とミニゲームをお手本として見せようと言う話で、ちぃ兄がプレイしていたんだと、クラスのバスケ部の男子に後から話を聞いた。
「確かに、知尋兄カッコよかったしな」
それに朔もうなづく。あの時朔も一緒にいたんだ。
「……スバル、チヒロのバスケみたことない。けど見た」
スバルも同調する。スバルは直接目で見たわけじゃないけど、僕の目を通じて見た。
僕とスバルの意識はどんなに離れていてももらい泣きをするくらい、同調する。正直、ちぃ兄の姿に感動し過ぎて、僕の気持ちがスバルにも伝わっちゃったみたい。だからスバルも気になって、あの場にはいなかったけど僕の目を通じてあの時見たんだ。
僕達三人は改めてちぃ兄を見た。
多分ものすごく尊敬の眼差し、というか熱い眼差しだったかもしれない。
「……あんま目立つことしたくねぇんだよ」
するとひとつため息をつくと、ちぃ兄は小さく呟いた。
目立つことはしたくない。
その言葉に僕達は黙ってしまった。
「そっか……」
少し僕は気まずくなった。
僕はあまりにも平穏で幸せな日常に忘れかけているものがあったことに気づく。
それは僕達――――安栖家の力を色濃く引き継いでしまった宿命でもある。
それでも、ちぃ兄はちぃ兄らしく自由奔放に生きたらいいのにって思うことがある。
顔を上げて僕はちぃ兄を見た。
僕は意地悪で、気まぐれで時々ムカつく兄であってもそう思う。それを伝えたくてじっと見ていた。
けど。
「……不細工な顔」
「……ちぃ兄」
ちぃ兄はそう言うと、ばさっと新聞の間に顔を隠した。
ちぃ兄、もう僕ちぃ兄が自由奔放に生きてほしいなんて思わないよ。もう、思わないしっ。って言うか僕、そんな新聞で顔を隠すほど見るに堪えない顔だったの?
泣きそうになった。
「……うまく誤魔化せばいいのに」
するとぽつりと朔が言葉を発した。見ると両肘をついてちぃ兄を見つめていた。
それに気づいたちぃ兄はちらりと新聞の間から顔を一度そちらに向けると、再び新聞に顔をうずめながら答えた。
「誤魔化せねぇよ。だからそこは握りつぶす」
「まぁ隠せている方だよな。普通にプロ選手並の実力なのにスカウトを来させないんだから」
「乗る気にならん。……プロと遊んでも取るに足らんしな」
「知尋兄にしたら幼稚園児相手にしてるみたいなもんだよな」
そこで一旦沈黙が落ちる。
「……つくづく朔は黒いな」
「知尋兄ほどでは」
肩を鳴らすとコーヒーを飲むちぃ兄。
澄ました顔の朔。
僕は両方とも結構腹黒いのかなと思う。
「スバル、どっちが黒いと思う?」
「スバルは朔のが黒いと思う。チヒロは素直に意見を言ってるだけ。朔は毒を含ませて言ってるだけ」
「……朔はわざと?」
「ううん、天然くろだよ」
「でもちぃ兄も天然だよ?」
「うん。でもチヒロはストレート。朔は変化きゅう」
「あ、なるほどー」
とりあえず、ちぃ兄はストレートにものを言い過ぎると思う。
朔はなんだかすごいなと思う。僕はそこまで頭が回らないから。
ということで、どちらも甲乙つけがたい黒なのかなー。