幕間 風紀委員三津上清の監察報告
我が「流霽学園」はまだ数少ない、人外が通う学校だ。
一般人も交えた学び舎がある学校としては、片手ぐらいの数しかない貴重な学校だ。
ただ、一般人を交えているとは言っても、学校の恒例行事の時くらいが所謂『一般人』が彼らと交流できる時と言えるので、本当の『一般人』が彼らと過ごす機会は少ない。
科内交換生はもちろん普段から同じ教室の席に並んで学ぶ機会もあるが。
風紀委員や生徒会は言わずもがな。
ここで私が言う『一般人』とは、人間もしくは人間として生きてきた者で、この流霽学園の特特待生制度を知らない、人外が通っていることを認知していない人々のことだ。つまり、「妖怪や精霊などの『非科学的な』存在はいない」という常識のもと、生きてきた人達。
そんな生徒達に混乱を与えないように日々、人外――『安栖』を含み――の動向を監察しているのが我が校の風紀委員だ。
その委員の一員である私―――三津上清は、人知れず溜息を着いた。
元々私は一般家庭でごく普通の家族と兄姉のもとで育った。
しかし、ある時兄が『イレギュラー』になったのだ。
それが故に、そばにいた私も色々事情を知ったり、ごたごたに巻き込まれたりした結果、『一般人』の枠から外れることになったというだけ。
あと言っておくけれど、今も兄は人間だ。……ただなにやら超能力的な何かを技能として持っているというだけ。
そう、私はなんら人外やら『安栖』やらを知らなかったし、別にそういう存在と知らず仲が良かった……ということもなかった。
ただ。
鹿島日和達兄妹を前にして、特になにも(・・・・・)感じなかったから。
そんな理由で風紀委員に引き込まれた。
ああ、『安栖』って人達は多少はドラキュラ的な魅了のフェロモンを蒔いて歩いているんだってね。その中でも彼女達は『次期当主』になるほどの力の持ち主だったんだってね。で、私は無反応だったと。
……なんでちょっとでもいいからちょっとフェロモン効いてるフリしなかったんだ私。と、今でも悔やむ。
そしてそんな私は鹿島日和達兄妹の担当になった。
別に、彼女達が苦手なのではない。
まぁ……普通に、学友って感じなんだろうか?
時々鹿島日和の自覚ありの天然ぶりと(ああ、やっているのは無意識らしいが後に気づくというなんとも微妙に面倒なタイプ)、能天気な鹿島スバルの行動(一部計算してやってるところが侮れない何よこれ)に、頭を悩ませることもあるけれど。
ただ、ただ。
周りがとてつもなく面倒くさい連中に囲まれているという点が頂けない。
私にはあんまりわからない、魅了のフェロモンのせいというのもある。異性同性関係ないとかなんなんだろうか。
あと実に、信じられないというか、あの外見騙しの武術力。に、加えた妖術?力?一度だけ特進二科の「試合」を見せてもらったけど……。あれの実力に、戦闘狂ら信者がやばい。信者っぷりがやばい、親衛隊? 鹿島さん達アイドルじゃあるまいしまさかグッズとか作ってそうで怖い。行動も怖い。鹿島さん達に話しかけただけで、ちょっとジェラシーにかられたからって瘴気や殺気を浴びせてくるのはやめてほしい。
信者筆頭の藤好東佐がある程度抑えているし、鹿島さん達の従弟君も睨みを効かせてるからまだ今のところ大した被害はないとは言え。
私自身はなんの力もない(ただ鹿島兄妹達の魅了が効かないというだけの)いたいけな少女なんですが、乱闘や瘴気なんて当たったらひとたまりもないに決まっている。
手元に補充し直した護符を見ると少し切なくなる。
常に10枚ほどは持っておかないと何かあった時に厳しい。いや、切実に。ちなみにさっき鹿島さん達の時に大破した護符は所持していた最後の護符だったから焦った。鹿島さんが保護結界を張ってくれなかったら終わっていた。
私は窓の外へ視線を向けた。
見えるのは特進二科の校舎。鹿島さん達のいる学び舎。
嫌いではない。あそこにいる人達(信者を除き)も、彼女達も。
ただ。
「三津上さん、今回も何事もなく終われたのかな?」
声がして振り返ると、委員長席に座った彼がこちらの考えを覗き込むような視線を向けてきた。
「ええ、何事もなく。強いて言えば、鹿島さん達のフェロモンにやられた生徒が幾ばくかいましたね。まぁ、保健室行きの人はいなかったようですよ」
そう言うと、相手は興味を無くしたように視線を反らして窓の外を見た。
ああ、ご期待に添える返事が出来なくて申し訳なかったですね。
「……彼女達の様子も相変わらずか」
世間話をするように話す彼に、私は少し考えると先ほどの彼らを思い出す。
「そうですね、相変わらず……兄妹愛が重すぎて引いてしまいますが」
「まぁ彼女らは『先祖返り』しているようだし、『安栖』は『血の濃さ』に惹かれる一族だからな」
「それにしてもあれは怖いですよ」
「と言うよりアレが本来の『安栖』に近いと言うべきか」
そこで私は言葉を交わすのを止めて彼を見た。
そこには普段、真顔で何も映すことのない瞳が、爛爛と光り、口元に笑みを浮かべる彼がいた。
それは研究対象を見る時の、好奇心と飽くことのない知への渇望を秘めた、表情。
ああ、嫌だ。なんでこんな変人が風紀委員長なんだろう。色々と終わってる。
どうも、鹿島兄妹のそばに寄ると、変人奇人変態のオンパレードに遭遇するようで、困る。まずこの人筆頭に、相手するのが面倒で仕方がない。