2-5
「……そう。なら用事は終わったようだし行こうか?」
僕を見て、とりあえずふっと口元を緩める白夜、そしてスバルの頭を撫でた。
うん、とりあえず図書館の外へ。
清ちゃん以外皆表情穏やかなのに、全くそうじゃないしね。
僕はいち早く図書館の扉を開いて、皆を外へ連れ出すことにした。
白夜の手を掴んで、扉を開け放って皆を導く。
扉を出たその一歩先を――――『普通科・特進一科と特進二科の校舎の間にある中庭』のある空間に繋げて。
「っ! 流石! 日和さん。空間抵抗や負荷もなく、力の気配を一切出さず空間を繋げるだなんてなっ」
いったん白夜の手を離して、清ちゃんがちゃんとこっちに出たのを確認してから、扉を閉める。
振り返ると嬉しそうにこちらを見る東佐君がいた。
あ、ほんとちょっと近い。顔近い。
「あ、清ちゃん。ちゃんと『人払い』このあたりかけてるし、東佐君が感知できないレベルには気配消したから。なんか、問題になったら私、風紀委員長に説明しに行くけど……」
「……いいよ。この程度なら問題にすることもない」
とりあえず離れて、清ちゃんの所へ行くと、彼女は至って冷静。何も言わずに一緒に連れてきたのに、何も言わないでくれる。
「むしろ、置いて行かれた方が状況確認が出来なくて困る」
「そっか、なんか、申し訳ないな。お昼休み、短くしてごめんね。時間……また今度ゆっくりお話しよっか」
「ごめんね、せいちゃん。ボクもちょっとお話したかった」
白夜から離れて、僕の後ろにのっかかるとスバルが申し訳なさそうに清ちゃんに話しかけてきた。うん、のっかからなくても会話できると思うんだけどな。
じっとスバルを見た清ちゃんは、息をふと吐くと、顔を緩めた。
「そうだね、また……ゆっくりお茶でもしながら話そう。
……で。あの二人をなんとかしてくれないかな」
そう言って清ちゃんは向こうを示した。
……うん。
空気悪い。もー。
「とりあえず、特進二科の校舎に全員戻ってから私もここを離れるから」
「そうだね、じゃないと清ちゃん。風紀委員として、動向を見定めなきゃいけないもんね」
「うー……せいちゃんお昼休み削ってまで……エライよ。ボク達ソウソウに退散するよ」
そして僕とスバルは清ちゃんに手を振って、すでに特進二科の校舎へ入った白夜と東佐君を追った。
「……まったく。護符がこんなにボロボロになるんだなんて。しかも妖気や瘴気の類を出すでもなく、当てられたというだけなのに。ちゃんと、魔王閣下と、『安栖』の藤好東佐に首輪をつけてくれないと困るよ」
清ちゃんの呟きを後ろに聞きながら。
***
「お前、いい加減わきまえてほしいものだけどねぇ」
「魔王の半身様も随分過保護ですね。本当は日和さん達が特進二科の校舎を出る前から追っていたでしょう?」
「生徒会だかファンクラブだかなんだか知らないが、あまりプライベートに踏み込まないで欲しいんだけどねぇ?」
「それは申し訳ありません。もっと上手に隠しておくようにしますね」
追って行ってみれば、空気がどす黒重い。
いつも会うと、東佐君と白夜はこうだ。あ、白夜だけじゃないや。祷と伊成は無言で臨戦態勢になってる。あ、朔は無反応だった。東佐君もなぜか朔には何も言わないんだよね……って思い返してみれば、必要なこと以外お互いしゃべったところ見たこと、ない? あ、これ仲があんまり良くないやつだ。
と、現実逃避してる間になんだか妖気が漂ってきた。
白夜達、『教室』や『体育館』以外でやっちゃうつもりなんだろうか。
― 日和、ちょっとボク、なんとかしてほしーな ―
くんっと服を引っ張られて見ると、スバルがこっちを見ていた。
指を横に指して。
……あー。小妖精が気絶してる。やばい。
「………………白夜」
「なんだい日和?」
呼ぶと、ものすごく優しい声と柔らかな笑顔でこちらを向かれた。反応すごく速かった。
ってよく見ると、手が淡い紫に光っていた。
ちらりと東佐君を見ると、彼は瞬きもせずに笑顔で白夜を見ていた。……いや、目が反らせないだけか。額から汗が出てる。
再び視線を白夜に戻すと、僕は足を前に進めて彼の手をつかんだ。
「……落ち着こう?ね?」
淡く光る紫を消すように、手を包んでにっこり笑う。
するとしばらくじっとこちらを白夜は見た。
そして首を傾げる。
「…………キスしてくれたら?」
ちゅっ
「はい。とりあえず朔達が待ってるし早く行こう?」
固まった白夜の手を離すと、僕は少し後ろで待っていたスバルの所に戻った。
するとなんとも言えない顔のスバルに会う。
― 日和…… ―
ん?なに?
― なんか、ボクがはずかしい ―
や、別に今に始まったことじゃないでしょ、額にキスなんて。
― そーだけど! もう! 日和のてんねんタラシ! さらっとすんなよぉ! ―
はいはい。……別にさらっとなんてしてないけど。ってか、わかってて言ってるでしょ。
― ぬふふ。わかってるからいっしょーけんめい恥ずかしーのを隠す日和のへーじょーしんを壊す!ってあそびをしてみた! ―
ちょっとムカつくスバルの頭を小突いてから振り返る。
いまだに静止したままの東佐君。
仕方がない。
「東佐君もお昼食べに行った方がいいよ? 食堂でしょ?」
ぽんっと軽く肩を叩くと、少しふらっとしたようだけど立ち直して、こちらを振り向いた。
うん、汗が止まってないね。
けれど笑顔を崩さない君はすごいな。
「……あぁ、なんだ。誘ってくれないんだ」
しかもそんな言葉も飛び込んでくる。うん、ある意味感嘆、尊敬する。
「東佐君、生徒会のメンバーといつも食べてるでしょ?」
「そうだけど……なんか、もうちょっとさ」
「もうちょっとなんだい?」
すると僕の横に来た白夜が割り込んできた。さり気なく手を握ってくる。それを見たスバルも反対側の手を腕ごと掴んで抱きついてきた。いつもながら対抗意識だね。
「……なんでもありませんよ。不知火先輩。じゃあ仕方ないですし、俺もお昼に行きますか」
白夜にそう言う東佐君は本当に平然とした態度だったけど、白夜に目を合わせようとはしなかった。
やっぱり魔王の半身であるだけに、白夜結構気迫あるからかな。
ちょっと気圧されて顔色悪い。……弱い子苛めみたいで申し訳ないな。
だから僕は、ちょっとお詫びのつもりだったんだ。
ほんの、ちょっとだけ、だったし。
「あ、ちょっと東佐君」
「なに日和さ……ん?」
僕は白夜の手をほどくと、その手で東佐君と握手した。
「いつも、お疲れ様。生徒会の仕事大変でしょ。僕の従弟、結人のことも気にかけてくれてるようで、ありがとう」
「っっ!!」
従弟のことを思い浮かべながら微笑むと、微細な精気を彼に流し込んだ。
ほんのちょっとだけ、気圧されて殺がれた(そがれた)精気を回復させる程度だった。
僕にしたら勝手に空気にまぎれて消えていく程度の精気だったから、大したことないと思っていた。――――でも実際は、ちょっと違った。
「日和っ」
ガシッ
「……本当に、お慕いしてます。日和様……」
白夜に呼ばれた気がしたと思ったらいつの間にか東佐君の腕の中にいた。