2-3
息を整えて、溜息をついてちょっと脇の花壇の煉瓦に座った。
今僕達は普通科の校舎の側の渡り廊下にいて、その脇の中庭にいる。
ここからはちょっと。
「気を締めないといけないなぁ」
小さなつぶやきが口から洩れた。
流霽学園は確かに、内部生には僕達『安栖』や妖怪達、人外を受け入れているけど、全員が全員、一般人に受け入れられているわけではない。私達に対して、学生生活をする上で拒否反応が強すぎる人は、僕達は接触しないように言われているし、表立って僕達の存在は知らされない。生徒会や風紀委員、科内交換生という例外はいるけど
とは言っても。
「言うほどボク達のことバレてもモンダイないよねー」
にまにま笑いながら、スキップをし出すスバル。……さっき走ったばっかなのにテンション高い。
「まぁ、流霽の中にいる分には基本ねー。入学審査で要注意の人はわかることだし、バレても手品やマジシャン養成所と思われるくらいかもねー」
「でも! 隠遁術の訓練だって思えばたのしめるかもー。ケハイをドロンするとかぁ」
そう言いながら忍者の印を結ぶマネをするスバル。僕も手裏剣を投げるふりをする。すると「ばりあー」って言いながら手を広げるスバル……ってそれ忍術じゃないよね!?
ま、ちょっと気を締めるに越したことはない。
だって、最悪の事態が起きたら……。
「日和?」
風が吹く。
空が、雲一つなく。
青で満たされる。
「日和ってばー」
そんなことが起きたら……。
「え? え? 日和? どーしたの? ねぇ?」
あぁ、こんなアオに……。
そう、こんなアオ
ドコカで
『記憶ヲケサレチャウネ』
だれかの、こえが、きこえる
「ねぇッッ!!!」
ドンッ
「え!? うわ!!」
気づけば、青空の前にスバルの泣きそうな顔が見えた。あ、違う。青空を背景にスバルの顔だ。ってそれも違うくて、僕、今スバルに押し倒されてる? 地面が芝生だったから痛くなかったけど……傍から見たらなにこの状況、だよ……って。
「あ、ごめんねスバル。ちゃんと聞こえてたんだけど……ちょっと考え事してて」
あ、スバルすごく泣きそう。思わず僕はスバルの頭を撫でていた。それにちょっと落ち着いたのか、頭を下にして少し黙るスバル。……でも、すごく、心はまだ、ざわついてるみたいだった。落ち着かない。
「……ないで」
「え?」
小さな声で何かを言うスバルに僕はじっと見た。
するとぎゅっと、抱き込まれてポツリと耳に言葉を落とした。
「ボクを、おいてかないで」
「え?」
そう言って、力を込めて抱きしめられる。
よく、わからない。けど。
「もー! 日和は時々ジブンのセカイにぼっとーするから嫌! ほーちプレイ禁止!」
そう言って、僕の上から退くと、口を膨らます僕の半身。
起き上がると、僕はスバルの手を掴んだ。
「僕はスバルをほおってどこかになんか行かないよ?」
「……わかってるもん」
「でも時々不安になっちゃう?」
「日和が時々空を見るから」
「うん、空は見ちゃうけど」
「……空なんか、雨で曇っちゃえばいいのに」
「時々、雨もいいよね。雨、小雨だと気持ちいいよね」
「……日和が空を見ないなら、ずっと雨でいい」
「スバル?」
ふと、足を止めた。すると、手を繋いでいたスバルも止まる。
なんか、違和感がする?
スバル、足取りがしっかりしてて、言葉が。そう、言葉もなんだか……。
「ん? なぁに? 日和?」
スバルが綺麗に笑っていた。
「……ちょっとそこにいる2人!」
すると突然僕達に声がかかった。
中庭から渡り廊下に向けて戻ったところで、前からポニーテールの女の子がやってきた。
あ……。
「清ちゃん、久しぶり!」
「あいかわらず風紀委員、いそがしそー?」
その子――三津上清ちゃんは、資料を手に僕達の元まで来た。
「久しぶり。風紀委員は相変わらずだよ。二人は第一図書館か、第一ノ九資料室に用事? まさか生徒会室に行こうとか思ってないだろうけど」
「流石清ちゃんだね、第一図書館に用事」
「まちがってもきょーごくさんのいる生徒会室はありえないよー!」
後ろで僕にのっかかりながら『遺憾だ!』と言わんばかりにムスッとするスバル。そんな様子に気にも留めず、清ちゃんは時計を見た。なんだか仕草がデキる女子だ。
「……昼休みから20分過ぎてるね。またじゃれてたの? 背中に草ついてるよ」
指摘されてはっとする。
― じゃれた跡みられたかなー? ―
ちょっとスバル、制服汚れたらどうしてくれるの!
― そんなの力でちょちょいと ―
風が吹く。
背中の草もおそらく、全部落ちたんだろう。……汚れも含めて。
……だから無駄に力使うなってば。てへぺろじゃないからね?
そんな僕達の様子に溜息をつく音が聞こえて振り向くと、清ちゃんが髪の毛を耳にかけながらこちらを見ていた。
「用事済んだらあんまり普通科校舎に残らないようにね。貴方達、一部の中で割と有名だから」
「おぉう。ゆーめー人はつらいよ」
「えぇ、もうめんどくさいのはイヤだ」
「……鹿島さん達の言ってる意味、ちょっとずつ違う気がするけど。まぁ、ここで会ったのもなんだし」
手元の資料を見ると、清ちゃんは僕達を見た。
「とりあえず図書館、一緒に行っていい? 積もる話もあるし? 特進二科に用事があったけど、鹿島さん達に頼めば済みそうだしね」
「そうだんだ? あ、それ? じゃあ僕預かるよ。大した用事じゃないんだけど、清ちゃん付き合わせちゃって申し訳ないし」
「あぁ、ソレ、後でしの先生に渡しといて。私からって言ったらわかると思う」
「そーなんだ?」
「そっか。ってちょっとそろそろスバル離れて、首締まってきた」
「はいはぁーい」
今回はすんなり言うことを聞くスバルは、すとんと地面に着地すると、一歩二歩歩くと僕に背を向けて伸びをした。
「鹿島スバルは鹿島さんを絞めるのがよほど好きなのね」
「え、それはちょっと、違うよ?」
「いつも鹿島さんの首を絞めている感じがする」
「抱き着いてるだけだからね?」
少しばかり生暖かい目で見られたから、否定しておく。うん、それは違う。ちょっとばかし、腕に力が入っちゃってるだけで。
そこでふと振り返ると、スバルが僕に背を向けたまま空を見ていた。
「もう、ボクを、おいてくなんて、ゆるさないから」
だから僕はそのスバルの声を、『空』に『消されて』、聞こえなかったんだ(・・・・・・・)と思う。
「スバル! そろそろ行こうよ!」
僕はスバルの元へ行くと、再び手を繋いで図書館へ向かった。
「……そーだね!」
それでも、一緒にいると言う約束は覚えていた。
だから……スバルから繋がれた手を、一言もなく僕から離したことはない。
そんな僕らを少し、冷えた目で清ちゃんが見ていた気がする。
「……そこの馬鹿2名、少し妖力制御足りてないんだけど」