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「んぬぁあ……っふー!」
チャイムの音と先生が教卓から離れるのを横目に、僕は背伸びをした。
「じゅぎょー終わったね。うにゅぅぅうー……ったぁー」
隣で同じく背伸びをしながらスバルがにこにこ笑っていた。
今日は現国、化学、歴史で午前終了。夜間授業がある水曜日だから、夕方までは授業なしだ。いったん帰って数時間バイトする子もいれば、食堂に行く人やちょっと図書館で勉強をする人もいる。
夜間授業は夜間クラスの子達の合同授業で、ちょっと楽しいけど。
……問題は『体育』、『法理』の授業なんだよね。
今日の『体育』は、さっきの『ミニ試合』の自主練がメインだろうし。
……『法理』も、それに近いものがあると思う。
……うん、やっぱりめんどくさい。
水曜日に一度と隔週の土曜日に一度とは言え。ちなみに土曜日は午前、一応。夜間授業がある時は、金曜日と水曜日は午前で授業が終わる。特進二科の独特の授業形態だよね。朝があんまり強くない僕達にとって、夜の授業の日、午前はゆっくりできるのはありがたいけど。
「鹿島ちゃん、これからお昼食べる?」
「真ん中これからちょっと手合せしねぇか?」
とりあえず、図書館に行こう。普通科の所のだから、お昼休み中に行かないと普通科の次の休み時間まで出入り禁止になるし。
うなづくと僕は後ろを振り返った。
「あ、朔。僕、第一図書館に行ってくる。お昼ご飯の場所取りお願い!」
「……」
朔はあごに指を当てると首を傾げた。
「俺も行くよ?」
「あ、いいよ。すぐに終わるし」
「スバルも行くからだいじょーぶ!」
「スバル呼んでないよ? って言うか重いっ。僕の首! もげる! のしかかんないで!!」
「むふふ。おんにゃのこに『重い』って言っちゃあダメなんだぞぅ日和」
「後ろからのしかかるのは許すから全体重乗せようとしないで!」
ガタン
「……貴方達うるさいわよ」
前を見ると詠里ちゃんの冷たい眼差しが降ってきた。
あ、僕悪くないのになんで今日はやたら詠里ちゃんにこんな視線向けられちゃうんだろう。うう、目からH2Oが……。
― どうせなら涙って言ったらいいのに。えいちつーおーってww ―
スバル、振り落すよ。
― ご、ごめんね日和 ―
「んーじゃあ早く場所取りに行こっか」
ぽんぽんと、僕とスバルの頭を撫でてくる感触に顔を上げると、千弦ちゃんが笑みを向けてきた。
「詠里、あそこ気に入ってるもんな。早く行かないと取られちゃうし」
「あ、そうだな。あそこ結構穴場だけど、知る人ぞ知るってとこだからな」
千弦ちゃんの言葉に伊成がカバンを持ちながら詠里ちゃんを見てうなづいた。それに朔も彼女に視線を向ける。
「……そうか。じゃあ先行ってる」
カバンを掴むと、いったん僕達の頭を撫でてから朔が教室を出て行った。
それにひらひらと手を振ると、千弦ちゃんが続いた。
「慌てずいつものとこに来なよ」
「うん、ゆっくりまったり焦らず騒がず歩いて行ってまいるよ!」
……うん、基本スバルは僕の上から離れないから歩くのは僕だからね?
それとも自分の足で歩くの?
― うむ。きょーは歩いてみよーかな ―
僕の上からふわりと降りると、ちょっとだけ床に足を着いて、僕の手を取るスバル。そしてにっこり笑う。それに僕はちょっと目を瞬いた。
けれど、ふわりと笑う。
「じゃあ、僕達行ってくるから。祷、詠里ちゃんも先行ってて」
「……って言うかちょっとスバルと日和二人だけの組み合わせって、心配なんだけど」
「あれ? 僕達図書館に行くだけだよね?」
なぜだか眉をひそめて真剣そうに言う祷。それに教室の扉の所まで行っていた伊成がぴたり、と立ち止まった。そして振り返ると、こちらも真剣な顔を僕達に向けた。
「あ……なんかそれ言うと俺も心配になってきたわ」
「伊成、初めてのお使い、じゃないんだからね? そんな危なっかしいかな、僕達?」
「仲良くおててつないでよく言うよね? 言い得て妙じゃない?」
「ボクらのこれ、今さらじゃない?」
「今さらとか言えてること自体が呆れる通り越して心配の域よ」
なぜだか詠里ちゃんに真顔で言われた。そしてなんか伊成、僕達所に戻ってきちゃったし。……真剣な顔×2と真顔1に囲まれる僕達の図。……どうなんだろうこれって。でも、図書館には行かないと。
って言うか、朔と千弦ちゃん先に行っちゃった。この三人も一緒に連れて行ってくれたらよかったのに。
なんて考えながら僕はちらりとスバルを見た。
― ……なんか、ちょーぜつ心配されてる? ―
……さっき朔はうまく行ったのにね。
一時沈黙が流れた。
「はぁ……とにかく早く来なさいよ」
沈黙を破ったのは、詠里ちゃんだった。
「千弦と朔を先に行かせたのが気を引けるわ。用事なりなんなんりさっさと済ませなさいよ。祷、伊成、行くわよ」
カバンを持つと、祷と伊成を視線で促す詠里ちゃん。
それにふっと息を着くと、こちらを向く伊成。
「ま、いつまでも引き留めても、だな。過保護だったなごめん」
ぽんぽんと僕達の頭を撫でてくる彼。
「確かに。敏感になりすぎたかもね。なんか、目を離せなくってつい?」
そう言うと、祷も横から頭を撫でてきた。
……うん、なんでやたら皆頭を撫でてくるかな、今日。
「じゃあ僕達は先にいつものとこで」
「待ってるな」
「早くしなさいよ」
そう言い残すと三人は教室の扉へ向かった。
やっと、だよ。
「……くす」
「なによ祷」
「詠里も過保護だな……って?」
「ん? もしかして詠里がやたらスバル達を急かすのってさ」
「うん、あそこ、柏木の神が坐す所だから。精気で満ちてるもんね?」
「やっぱ、日和とスバルの精気補充の為か。優しいな、詠里」
「……別にそんなんじゃないもん」
そして扉が閉まった。
「……」
「……」
え?
― え? ―
僕達は一時停止した。
三人が出て行った扉に目が釘付けになった。
だって。
「あ、あの鹿島ちゃん。一緒にお昼ご飯……もといちょっとした手合せしたいなぁって……」
「鹿島白と一緒でもいいから真ん中、手合せ……」
だって。
「い、急いで行って帰ってまいるよっっっ!!!」
「まっはで行くぅうう!!!」
詠里ちゃん、頬を染めながら『もん』って!
― 可愛すぎるって!? ―
しかも僕達の為!!
― 愛だね! ―
うきゃあああああ! 抱きしめたいよぉ!
― ボクもおおおおお! ―
「コラ!!鹿島の下と真ん中! 廊下は走るな!」
先生の声が聞こえた気がしたけど、そんな場合じゃなかった。
一瞬で普通科の校舎の地区に着いた頃には僕達はぜぇぜぇ息も絶え絶えで悶えていた。