断片 詠里1:草、化けて笑う姿は…
ああ、なんて……
「……憂鬱」
ぽつりと、不機嫌な声が落ちる。
自分の声だ。思った以上に大分疲れを感じる掠れたものになってしまって、余計に気に障ってしまった。
こめかみに指を滑らすと、眉間に皺が寄っていた。……自分の声を聞いて落ち込むだなんて、自業自得。だけど、言葉にしなければしないで余計に気が溜り淀む。だから私は過分にならない程度に言いたいことを言うタイプだ。
それが時に……と言うには頻繁なほど、周りの女子の不興を買うけど。
『うっざ。何様なの貴方』
頭痛がして額を押さえる。
『貴方みたいなのが和を乱すのよっ。』
醜い。
醜い草が、耳障りな音を立てて嗤う。
起こした体を前のめりに倒し、頭を押さえたまま布団に顔を埋める。
『同じ空気を吸うのも気持ち悪い。と言うか、貴方がいるだけで空気が澱むわ』
草が美しく化けて、形を成す。
口の端を歪に上げては嗤う。
違う。
嗤ったのは、私。
誰の……一体、誰のせいで気が澱んでいるのかわかっているのか。
澱ませているのは私じゃない。
私じゃなくて――――……
「――――詠里? シャワー……」
はっと気づくと、声がして顔を上げた。
すぐそこにはショートヘアの少女がいた。いつも同室で泊まる、友人。私が気の置ける、数少ない親友。松葉……新緑の匂い。シャワーを浴びたのか、清浄な空気を彼女は纏っていた。
「千弦……」
思わず彼女が着ていた白襦袢を掴む。
それに目を瞬かせると、千弦は私の手を取ってから傍に膝を着いた。……あぁ、私は布団から未だに出ていなかったんだ。少し申し訳なくて……それでも手を離せなくて、俯くと弱く彼女の手を握る。それに千弦は首を傾げて微笑んだ。
「ん? どした?」
その陽だまりみたいに明るくて澄んだ声。
肯定も否定もせず、ただ丸ごと包み込んでくれるような表情にふっと力が抜ける。
澱んだ空気が、無くなったように感じる。
「……ありがとう」
私は顔をほころばせた。
「ふふ、なんのことやらねぇ?」
千弦は笑うと、ぽんぽんっと頭を撫でてきた。
まったくこの子は。
「気を浄化してくれてありがとうって言ってるのよ。わざとらしくとぼけなくても結構」
「よしよし、いつもの詠里を始められそうでなにより」
そう言うとにやっと笑う彼女。
こんな感じの表情をされるのは、あまり好きじゃない。少しばかりむくれた気持ちになりながらも、助けられたことを考え、文句は言わないことにした。
「それにしても、詠里。寝起きはそんなに良い方じゃなかったけど、今日は酷かったな? ……なんか気になることでもあった?」
布団をたたみ、抱えると、部屋の端へと寄せて降ろした。そしてさらりと前に垂れてきた髪を、払うと彼女のほうへ向いた。
「なんでもないわ。ただ、この集会も終わるかと思うとせいせいする」
「……あぁ、なるほど」
その言葉で理解してくれたみたい。千弦は苦笑しながら頷いた。
『過分にならない程度に言いたいことを言う』私は、つまり、過分で余計な言葉は避けたい。言葉は言霊となるし……特に私の場合は力が強いから注意しないといけない。
まぁ、厄災を招かない術は色々と身に着けてはいるし、自分自身の気が澱まない程度には毒も吐くけど。
「この、禰宜さんとか宮司さん、巫女さんの集会って貴族社会みたいで肩凝るよなぁ。ま、詠里達―――占の一族関係の集会は、世間一般のとはまた違って特殊なんだろうけどね」
……千弦、貴方ね。
私が言いたいことをなるべく言わないようにしてるのに。
じとっと軽く睨むと千弦は笑った。
「大丈夫だって。そんな『言葉イコール即言霊イコール災厄降りかかります』の方程式どおりにはならないって。……厄払いはあたしも出来るし?」
「はいはい。貴方の前では我慢する必要ないってことね。でも祷の方が断然厄除は得意よ」
にっこり笑いながら言うと、くすりと笑い返された。
なによ。
……『断然』に力を込めて話したのがおかしかったって言うの? 事実じゃない。
「そうだね、あと伊成も結構うまいよ」
「当然。祷には負けるでしょうけど」
「そっかな? と言うかほんと、詠里は祷が好きだよなー」
「当然……って何を言わすの?!」
「あたしは正直な感想を言ったまでだよ」
そこで一度、私達は黙ってお互いを見つめた。
そしてふと笑みを浮かべる。
ほんと、穏やかね。言い合っていても、気が障らないどころか安心する。
すると黙ったまま笑みを浮かべる私を見て、千弦が首を傾げた。そんな彼女の前に一歩進む。
「私、千弦のことも、好きよ?」
「え!?」
目をまん丸く見開いた彼女はとても間抜けで可愛かった。
「じゃ、シャワー浴びてくるわ」
「え、うわ、詠里言い逃げ!?」
その言葉を背後に私は襖に手をかけて、廊下の向こうへと進んだ。
……当然でしょう。言い逃げじゃなきゃあ、恥ずかしいじゃない。親愛の言葉でも。
詠里のイメージは『花』。