断片 朔1: 雨は止む
スバルが風邪をひいた。
いや、正確に言うと、日和が風邪をひいた。
それをスバルが自分に転換して病を受け持った。
「な、ん、でっそんなことしたの!!!」
― だって日和が苦しむの見るのヤダもん。それならボクが身代わりになるしっ ―
「僕だってスバルが苦しむのはヤダよ! しかもスバルの方が体弱いでしょ!?」
― よ、弱くない! ボクは弱虫で意地っ張りでお人よしの日和なんかよりずーーっっと強いよ!! ―
正直、どっちもどっちだと俺は思う。
……あえて言わないけど。
珍しく険しい顔をして怒る日和と、若干そんな彼女に気圧されながらも必死で念話で話すスバルを、頭を抱えながら見ていた。一方的に日和が詰め寄っているように見えるけれど、風邪で喉がやられている為、スバルは言葉を話さないようにしているだけで会話は成立している。
こういうことは頻繁にある。
今回のようにスバルが日和の病を取り込むこと。
逆に日和がスバルの病を取り込むこと。
愛しい彼女らの身代わりになることはできるけれど、それは断固として二人は許さない。
しかも今回厄介なのは、周囲の穢れが一緒に取り込まれて病が発生したこと。
……下手に手を出せねぇ。
それになんか……。
「ひいた僕の風邪返せ!! もう見てらんない! 僕泣くよ!?」
なんか……。
― な、なにさ。ボクが悪いってーの? 日和のバカ!! 返すもんか!! ばーか、ぶわぁーか! ―
……なんか、こいつら可愛い。もうちょっと……見てていいかなぁ。
色んな意味で、手を出せない。
頭を抱える俺。
「……いい加減その自虐、自己犠牲やめてくんない」
その時、冷たい声が響く。
あっと思った瞬間遅かった。
固まるスバル。
無表情で凍てつくような瞳を向ける日和。
「いいよ、もう」
そう言って日和は部屋を出て行った。
残されたのは……
「う……ぁ……あぁ、げほっ!」
― 日和……やだ、ひよりぃ! ―
ぼろぼろと泣き出すスバル。
ごめん、やだ、きらわないで、きえていかないで、やだ、こわい、ごめんなさい、きらいにならないで。と、必死に念話で謝ろうとする。けれど日和は明らかに念をシャットダウンしているようだった。
うん。
― う……ぁ……ど、しよ。ぼ、く、言いすぎ、た? いたい、じぶんのコエがスバルを、傷っ。やだ……うぁあ。 ―
二人とも、なんだかんだで……お互いが好きなだけなんだよ。
ほんと、可愛い。
性格悪い、俺とは違うな。
さて、と。
ここはやっぱりスバルから慰めようか。
泣く顔は可愛いけど。
「スバル」
そう優しく声をかけると、スバルが振り返った。
赤い目からぼろぼろと涙を流して……、うん、白っぽい灰色の髪と相まって可愛いウサギさんだ。頭から耳が見える気がする。
― は、じめぇ ―
「うん、大丈夫。日和はスバルが好きすぎて、心配なだけ」
抱きしめて頭を撫でてやると、ふっと目を細めてスバルは額を俺の胸につけた。
― ほ、んと? 日和、怒ってたよね? ―
「馬鹿だな、二人とも。スバルも日和も、お互いがお互いを傷つけたんじゃないかって、泣くほど気に病んで」
― ひ、日和ないちゃったの!? ―
口をぱくぱくさせながら俺を見上げるスバルにふっと笑う。
「ほら、泣きやめ。んで、仲直りしなよ。――――日和もな?」
可愛い灰色の頭をひと撫ですると、くるりと顔ドアの方に向けた。
そこで聞いていたんだろう?
「……うん」
そこには心底しょぼくれた日和がいた。
「あ……ひぅ!」
― あ、日和ぃ!! ―
「す、スバル無理にしゃべらなくていいからっ」
目を輝かせて日和に手を伸ばすスバルに、若干嬉しそうな顔をしながら駆け寄って手で口を塞ぐ日和。
「……もう、怒ってないから」
― うん、知ってるー ―
「……嬉しそうにしすぎ」
― うへへぇ ―
「……僕、大好きなスバルが心配なだけなんだからね」
― ボクも、おんなじ気持ち、だよ? ―
そこで二人とも黙ってお互いを見つめあった。
……なんだろうな、すぐ傍に俺もいるんだけどな。
二人だけの世界になっている彼女らを見る。
……まぁ、二人とも笑顔だしいいか。
ただ、まぁ、このまま放置だと日和もそのうち風邪かなにか発症する。『原因』が解決したわけじゃないから。
ぽん、とスバルと日和の肩に手を置く。
「とりあえず、今回の大元の病原は日和がどこからか拾ってきた穢れもとい――『瘴気』。風邪として現れた症状をスバルは吸い取ったけど、解決したわけじゃない」
その言葉にはっと、気がついたようにこちらを見る二人。
「『瘴気』の種類から視て、あいつになんとかしてもらうのがいいだろうな」
日和とスバルは顔を見合わせると、ぽんっと同時に手を打った。
「そ、そっか。あ、じゃあ僕先行ってくる!! なにか発症する前に!」
― そ、そっかー。ボクとしたことが高々『瘴気』にオカシーって思った。その種のヤツか! ぬかった!! ―
いそいそと身支度をして部屋を出て行く日和。
まだパジャマから着替えていなかったスバルもふわふわと動き出す。
俺はと言うと、あいつに一応、連絡を入れる。
本当は、言わなくても分かっているだろうが。
― ――――と、言うことで今から日和がそちらへ向かう ―
― そうかい? それは嬉しいな。ふふ、二人ともほんと、可愛いなぁ ―
機嫌のよさそうな声が頭に響く。
それにため息をつく。
すぐ近くに住む、歳で言えば4つ年上の――世間的には1つ違いの――男。一応、俺の相方である――白夜に、少しだけ文句を言いたくなった。
― 他人のことは言えないが、お前も大概趣味悪いな。一部始終をのぞき見なんて、な?―
― それは実にお前が言うな?って感じだね? ―
忍び笑いを聞きながら、自分でも分かりきったことを言う白夜との念話をそこで切る。
そして空を見上げる。
先ほどまで降っていた小雨が止んでいた。