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僕達はとりあえず、社務所に入ることにした。いつまでも暑い外にいてもあれだしね。
「お邪魔しまーす」
そう言いながら中に入ると、涼しい風が頬を撫でた。それと共に風鈴のような軽やかな音が通り抜けた。
社務所と言うのは神社を管理する建物で、参拝者は普通入らない。あ、ちなみにお札やお守りを授与する授与所に割と近いところにある。休憩する場所とか別に、社内にあるから参拝者さんはそちらで休憩。でも僕達は顔パスで社務所に度々入る。……一応関係者だからおっけーかな。本当は神社のすぐそばにある祷と伊成達の家に行く方がいいんだけど。ちょっと一休憩しないと、ってことでまずはいつもここに寄る。
「おじゃましマース」
「失礼します」
意識を戻すと、続いてスバルと朔が入ってくる。スバルの顔を見ると、大分体温が下がったみたい。……よかった。朔も大分涼んだようだし。
「ね、ね! あとの三人はー?」
先に中に入った祷と伊成にスバルは後ろから音を立てて追いつくと、抱きつきながら聞いた。僕をものすごい勢いで追い抜いたお陰でちょっと涼しい風が吹いてきた。ふふ、危ないよースバル。そのまま広げた腕が僕の鼻を殴りそうだったよー。
遅ればせながら背筋がひやっとした僕だった。
そして後ろを振り返ると、朔がきちんとスバルの靴を揃えてあげて、顔を上げたところだった。
朔兄ちゃん、お疲れ様です。
「もう来てるよ」
「ほんとー? ボク達が一番にきたかったのにー」
そんな会話が聞こえて再び僕は視線を前に向けた。振り払わず立ち止まってスバルに答える伊成と祷が目に入る。屋内だからまだ涼しいけど、白い綺麗な着物に汗べたべたなスバルがくっつくのは……なんだか勿体なく思えてしまった。
「残念だったね?」
「むー、やっぱきてるかー。来てるケハイするー」
でもま、スバルが元気だしいっかー。なんて、微笑ましく見ていた。そのうちに半分ぶら下がるようにもたれかかり始めるスバル。ああ……二人の着物も後ろにずってきて……。
「……って、はだけるっ。スバル引っ張りすぎたら伊成と祷の着物がはだけるよ!!」
「……スバル」
僕が慌ててスバルを支えたのと、後ろからため息をついて横から朔がスバルを祷と伊成から引きはがしたのは同時だった。
「なーにするのー」
「もーせっかく祷と伊成が禊ぎしてきたのに汚れちゃうでしょ」
むっすりとした様子で僕を見るスバル。顔がふくれている。可愛くないよ、うん。するとぷいっと横を向くスバル。
「ボクきたなくないもん。チにもシにもふれてないもん」
そんなスバルに僕と朔は顔を見合わせた。それに少し呆れた様子で口を開いたのは朔だった。
「……そのまま二人の着物を剥ぐつもりか」
「そんなことしない。ハグはするけど」
「スバル、なんで得意げ?……って言うかちょっと剥いでたよ。おんぶお化けみたいに」
ぺしっとスバルの頭をはたいて、ちらりと横にいる祷と伊成を見た。
そして――――噴き出した。
「ふふ、三人とも賑やかでいいね?」
「三人になると突っ込み役になるもんなぁ日和は。いつ見ても面白いよ」
こちらを向いて笑みを浮かべる祷と興味深げにこちらを見る伊成。ずっと黙ってるから先に行ったのかなって思っていた。思っていたんだけどまだいたらしく、それだけじゃなく――スバルが引きずったことによって二人の着物が変に着崩れていた。うん、変て言うか、その、困ったような着崩れの仕方というか……っ。
そのはだけた着物から見える肌が眼に痛い!
冷や汗が背中を過ぎるのに、そう思いながらも僕は二人から目を離せずフリーズしてしまっていた。
「……目に毒」
「ボクとくー」
けれど少し不機嫌な朔ときゃーっと頬を染めるスバルの言葉小さな呟きに、僕はやっと気を取り戻せた。二人とも気になるセリフを言った気がするけどとりあえずそれは置いといてっ。
「ちょ、ちょっ祷と伊成なんで笑って?! と言うかちゃんと着崩れ直して!」
「日和顔、赤すぎ」
「右に同じ。ま、可愛いけど」
「かかかわいってててっ! ……って赤くなってる?!」
僕は慌てて顔に手を当てると必死でスバルと朔を振り返って見た。
― うぶうぶぴよちゃん。バカだねー ―
二人を見るとふっと眼を反らしながら笑うスバル。
― 真っ赤だな。見事に。苛立ちすら通り越すほど ―
憐れむようにこちらを見る朔。
わかるっ、わかってしまうっ。二人が思っていることがしゃべってなくてもわかってしまうっ。
なんだかとても居た堪れなくなった。
いや、確かに小さい頃からそれこそ幼稚園の時とか真っ裸の付き合いだってしたことあるよ。言ってなんだけど。でもそれとこれとは別と言うか、ここ神社だし二人が来ていたのが白衣だしっ。って何を言いわけしてるか自分自身わからなくなってきたよっ。
混乱してきて涙まで出てきそうになった僕は、駆けだした。もうとりあえず逃げた。祷と伊成を押しのけて。
そして近づいてきた気配の主に飛びついた。
「ちづちゃんー!!! えーちゃん!!」
「うわぁっちょっ!?」
「……また?」
一人は明るくて活発そうな短髪の女の子、もう一人は髪を一つに束ねた目付きが少しきつそうな女の子。
僕は目をさっとふくと、二人に笑顔を向けた。
「おはよー!」
「……じゃないわよこの能天気馬鹿」
けど返って来たのは底冷えするような、不機嫌でイラついた声。顔を上げると、目が少しきつい女の子。この子は早峰詠里、僕の親友……。
「なに? 急に突進して怪我でもさせるつもり? それがあんた流の朝の挨拶?」
「そ、そのごめ」
親友……
「いい加減遅いから千弦が心配して迎いに行こうとしたらこれ? まったく最悪。朝っぱら気分悪」
「あ、あの」
しんゆう……
「って言うかいい加減離してくれない? べたついて気持ち悪いんだけど」
「……」
噛みつくように射殺されそうな目つきで言われて僕は、そっと体を離した。それにぱっと背を向けると、部屋の中へと入る詠里ちゃん。
うん、親友なんだ! そして幼馴染でもある。うん、僕はそう思ってる。詠里ちゃんはちょっと口が悪いし、目付も悪い時もあるけどすごく優しい子なんだよ。
だって。
「あの、えーちゃん」
僕は部屋の中に入ると詠里ちゃんのところへ歩み寄ると、彼女の目の前に座った。部屋は社務所の一室で、休憩室でもある10畳くらいの和室。
詠里ちゃんは座布団の上で行儀よく正座でお茶を飲んでいた。
「なに?」
「あのね、ありがとね? 心配してくれて」
僕は笑みを向けた。
詠里ちゃんは動く必要がないと思ったら、動かない子なんだ。自分が行かなくても他の人が行けば事足りること、自分が行っても意味がないと思うこと。そう考えることなら、彼女は動かない。けれど彼女は動いてくれた。千弦ちゃんが心配したからと言っていたけど、自分も動いた。それは彼女も心配してくれていたと言うこと。
しばらく詠里ちゃんはぴたりと固まって黙っていた。けどゆっくりとグラスを下ろすと彼女は僕を見た。薄ら気味悪そうな顔で。
「……汗臭い。寄らないで」
く、臭い?
僕は自分の服を嗅いだ。
……確かにさっき伊成にもらったタオルでちょっとふいたとは言え、腕とか体とか汗かいたままだったし。
でも怒ってないんだよ、詠里ちゃん。だって嫌だったり怒っていたらもっときつい言葉言うし。むしろ……可愛いと思うんだ。
「もー詠里、素直じゃないなぁ。日和おはよ」
すると後ろから声がして振り返った。
「千弦ちゃん、改めておはよー。さっきは突然抱きついてごめんね」
僕は申し訳ない気持ちで声の主を見た。そこにはさっき抱きついた詠里ちゃんとは別のもう一人の女の子、高階千弦がいた。この子も僕の親友の一人だ。ちなみに幼馴染とはいかないけど、小学校からの付き合い。
すると千弦ちゃんはしゃがみこむと僕の頭をぽんぽんと撫でた。
「いつものことだしね、ちょっとびっくりしたけど」
「い、いつも申し訳ない」
「でもあたし日和に抱きつかれるの嫌いじゃないよ」
「へへー、ほんと? ちづちゃんに抱きついてもいい?」
僕は顔を緩めると照れながら千弦ちゃんに笑顔を向けた。
それに千弦ちゃんががばっと僕に抱きついてきた。
「よしよーし、この千弦様が特別撫で撫でもしてやる!」
「ぼ、僕が抱きつきたかったのに」
「……顔キモイ。発言キモイ」
「え、と詠里ちゃんも?」
「寄るなこの馬鹿」
馬鹿馬鹿しそうにこちらを見て、顔を背ける詠里ちゃんに僕は一瞬千弦ちゃんと顔を見合わせた。ぽんぽんと頭を一度撫でると、僕を開放する千弦ちゃん。
「……えーっと」
びっと親指を立てて爽やかな笑みを浮かべる千弦ちゃん。
それを見て顔を引きつらせる詠里ちゃん。
僕は躊躇わず、詠里ちゃんに突進した
「……とりゃー!!」
「だから寄るなってっ! 抱きつくなぁっっ!!」
「こらぁボクも混ぜろっていってるのにぃー! ナカマ外れにするなぁー!」
僕が詠里ちゃんに抱きついた直後、ドタドタ足音を立てて部屋に飛び込んできたスバルも乱入することとなった。
何を隠そう、僕とスバルは抱きつき魔だ。って威張れる話じゃないけど。抱きつくの大好きっ子なんだ。