7
こちらとあちらの境。
領域の区分。
ある種の門とも言える――――
――鳥居。
僕達は丁度その真下にいた。
「支えてくれてありがとう」
僕は目の前にいる二人に微笑みながら体勢を元に戻して、いったん階段を上り切ると改めて彼らを見た。
「まったく、なんで毎度ここでこけるんだ?」
呆れた表情を浮かべて息をつき憐れむようにこちらを見るのは伊成。
毛先が少し跳ねた黒髪と同じ色の強く温かな明るい瞳が僕に向けられる。
ほっとけないとでも言うかのように頭を撫でてくる彼は、そのとおり面倒見がいい。持ち前の人当たりがいい性格で、伊成はクラスの皆からも結構慕われている。
「うーん、結界のせいか? いや、日和だからかな?」
少し目を細めると笑うのは祷。
艶やかでさらりとした髪が僕を見下ろすとともに揺れている。向けられるのは意地悪で楽しそうな瞳。
伊成と同じく頭を撫でてくる彼は、僕をいじくるのが好きだ。子どもに対するような手つきで僕を撫でてくる。そうなるといくら撫でられ好きな僕でも、むっとくる。
「僕だからって……なにそれ」
「だってねぇ?」
すると祷は伊成と顔を見合わせると、同時に笑みを浮かべてこちらを見た。
「天然」
生温かい目でこちらを見る、伊成。
「ボケ」
口を釣り上げながら笑う、祷。
「だからな」
「だからね?」
まるで対のように。
とりあえず、ちょっと、僕は物悲しく居た堪れなくなった。
実はこの二人は双子なんだ。
でも二人が並ぶと全然雰囲気とか、顔つきとか違う。それに大体性格も違う。多分顔のつくりとか体形とか身長とか基本的には一緒なんだろうと思うけど。たまに後ろ姿で間違える人もいるみたい。
でもなにより小さい頃から、いわゆる幼馴染である僕達には後ろ姿であろうと、違いがわかる。究極言ったら足音とか、気配とかでも違いがわかるもんね。
それにしても……。
僕はちらりと祷と伊成を見た。
二人はいわゆる神社の神主さんや巫女さんが着る様な白い着物――白衣に身を包んでいた。神主の息子で、お手伝いもしている彼らは毎朝この着物に袖を通すらしい。
こうして見るとそれを着ているだけでも、とても清浄で真っ白で一つの汚れもないように見える。実際には白衣に土埃とかついてるんだろうけど。でもなんていうか、こう、オーラさえも清らかな感じで、僕は眩しくてすごいなぁと思いながら見ていた。流石毎朝禊ぎを欠かさず行ってるだけあるよ。
心なしか日差しが二人に当たってきらきら輝いて見えるっ。二人とも端正でカッコいい顔だちしているから尚更っ。う、心なしかくらりと来た。
「ちょっと気をつけなよ?」
一瞬ふらん……となった僕をくすりと笑いながら手を掴む祷。
「あ、ごめん! と言うか僕、手を掴まれなくても今度はこけたりしないよ?」
「そう? じゃあこのままで」
「祷、話聞いてない。と言うか、会話になってないよ?!」
「と言うかさ」
後ろから伊成の声が聞こえたかと思うと、突然額に柔らかく冷たい何かが触れた。
見ると僕の額に手を当てて、僕を覗き込む伊成。あ、濡れタオル。
「お前朝弱いんだから走ってくるなよ」
そう言いながら彼は僕の顔を拭いて、首元も汗をぬぐってくれた。今気付いたけど、結構僕は汗をかいていて、顔も熱を持っていた。改めて冷たいタオルの感触が心地よくて……目を細めていた。
けど。
「ってこれじゃあ僕、手のかかる兄弟みたいな状況だよ! 伊成にそこまでしてくれなくていい!」
「え? 今更?」
「い、今更って……。う、ありがとう。でもあとは僕が自分でやるから」
真顔で不思議そうな顔をする伊成の手を両手で止めてタオルを取った。
「じゃあ首の後ろやってあげるよ? 日和、手、届かないでしょ?」
と、そこで笑顔の祷が僕の手からするりとタオルを奪っていった。こ、これ以上手のかかるお子様扱いされてなるものかっ。
「い――」
「日和」
そこで静かな声が後ろから僕の上に影をさした。
そのまま上を見ると、朔の無表情な顔。
「あ、朔着いたんだ」
「ボクもついたよー」
視界にスバルのへらりとした顔も飛び込んできた……と思ったら、突然がばっと抱きつかれ体が宙に浮いた。
「な、な、スバル!」
「もー日和ずるい! はくじょー! 先にいかないでよー」
むくれた顔でぎゅうぎゅう締めつけてくるスバル。ちょ、苦しいっ。朝と同じ状況だよこれ! 寝起きじゃないだけにもっと力強いしっ。
「ボク達三人でっていつもいってるでしょー」
「ぐふっ。ご、ごめんね、スバル。でも気がはやって……」
「…………日和のぼけなす。たらし」
「え? スバル何て言った?」
「なぁんでもなーい」
そこで頬に冷たい何かが触れるのを感じた。突然冷たい何かが……って状況二回目。と思いながらスバルを見ると、同じく頬に何かを当てられていた。
「水分補給」
見ると、朔が息をついていて、僕達の頬に当てたそれを持たせた。冷たいペットボトルのお茶だ。流石気が利くー。
とりあえず仲良く僕とスバルは水分補給を取った。思ったより、僕達は水分を欲していたみたい。心なしか涼しくなった。気持ちいい風もきてるし。足元も冷たいし…………そう言えば。
僕は下を見た。足元には階段があって、隣りのスバルも空中ではなく、きちんと着地していた。いつの間にか僕達石段の上に座ってる。ん? 朔が下ろしたのかな。
と、思いながら涼しくなった所で朔の顔を見た。今気付いたけど、若干汗をかいている。
「朔」
「なに?」
「あげる」
振り返った朔に僕は笑顔で自分が口をつけたペットボトルをさしだした。
「ん、サンキュ」
そう言って朔は受け取った。が。
「朔おはよう! ここまでお疲れ。僕もお茶を用意したからこれ、飲んでよ。開けてないし」
朔の後ろから祷が肩に乗っかって来ていた。
「……重てぇ」
「あ、朔もこれ使えよ。暑いだろ」
そう言って伊成も後ろから声をかけた。手には濡れたタオルを持って。
「……伊成―」
すると横から恨めしそうにスバルが伊成を見ていた。
「ん? どうしたスバル」
「……ボクにはくれないの? タオル」
むすっと少し気落ちしたスバルに慌てて伊成は駆け寄った。
「ご、ごめん。ってスバル結構汗出てるじゃん! 大丈夫か!?」
「キョウのボクはーあぶらたっぷり照り焼きチキン」
「……スバル、これ飲みなさい」
笑顔で冗談を言うスバルに、伊成は汗をぬぐい、祷も駆け寄って朔に渡しかけたお茶をさし出した。スバル、汗っかきだからなー。って言うか二人ともスバルをスル―。
けれど世話をやく祷と伊成に僕は心の中で感謝した。いつも、二人には頭が上がらない。
幼馴染であり、僕達の親友である二人は小さい頃からスバルのことを見てくれている。僕も、面倒をみられてしまっているけど。少し、スバルの精気が落ちた今も、二人はさり気なくスバルに補充してくれている。
本当に、感謝だなぁ。
ふわりと涼しい風に眼を細めながら僕は彼らを眺めていた。日差しが少し眩しいなぁ……。
「……日和」
「ん? なぁに朔」
気づくと後ろにしゃがみこむ朔。その目はじっと僕の顔を見ていた。
「……あげたのか」
「ふへ?」
意味が分からず首を傾げると、朔は前を向いた。僕もそちらを見ると、視線の先にはスバルが祷と伊成に奉仕されて「余は満足じゃ」という顔をしていた。詳しく言うと、団扇をあおがれているんだけどね。
と、話がずれそうな所で僕はもう一度朔を見た。
「何を?」
僕は笑顔で朔に問う。それにため息をつく朔。
「……なんでも」
そう言って立ち上がる流れで僕の頭をぽんっと撫でる。
「……」
今日はなんて撫でられ日和なんだろうね。あ、ダジャレじゃないよ!