↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
54/79

白雪の姫

 スノウ公国。


 雪に覆われた山々。


 その奥深くに建つ、白亜の城。


 その一室で、豪華なドレスに身を包んだ一人の女が古びた鏡の前に立っていた。


 現領主夫人。


 彼女は鏡へ手を伸ばす。


「鏡よ、鏡」


 鏡の表面が淡く光る。


「この世で最も美しいのは、誰だい?」


 ――シン……。


 鏡に映っていた夫人の姿が消える。


 代わりに、深い雪に覆われた森が映し出された。


 その奥。


 白い雪のような肌。


 長く美しい髪。


 そして、妖精たちに囲まれながら楽しそうに笑う一人の少女。


「この世で最も美しい者――」


 鏡が静かに告げる。


「それは、森の奥深くに暮らす、前領主の娘――」


「白雪の姫君、セレナ」


「……!」


 夫人の表情が歪んだ。


「また……あの娘かい」


 鏡の中で、セレナは今日も楽しそうに歌っている。


 その周りでは、七人の妖精族が笑い声を上げていた。


「……私よりも美しいだと?」


 夫人が鏡へ爪を立てる。


「許さない……」


 その声に応えるように、部屋の隅から黒い影が現れた。


「お呼びでしょうか」


「ええ」


 夫人は振り返る。


「あの娘を消しなさい」


 影が頭を下げる。


「……殺すのですか?」


「いいえ」


 夫人は冷たい笑みを浮かべた。


「あの娘には、二度と目覚めぬ深い眠りを与えるんだよ」


「承知しました」


 影が闇へ溶けていく。


 夫人は再び鏡を見る。


 そこには、楽しそうに笑うセレナの姿が映っていた。


「……その笑顔も、今日で終わりだよ」

◇

 所変わって、心地よい風が吹き抜ける王立騎士学園の訓練場。


 青空の下、芝生の上で大の字になっていたレイクは、退屈そうに盛大なため息を吐き出した。


「はぁ~~~~……」


 空を見上げる。


「暇だ……」


 隣ではミリアが苦笑している。


「暇って……」


「ついこの前まで、あんなに大変なことになってたのに」


「だからこそだよ!」


 レイクが勢いよく起き上がる。


「エギルとゼノンは外で演習!おれも外に出てぇ!」


「レイクくん……たまには体を休めなきゃダメだよ」


 ミリアが困ったように笑う。


「でもよぉ……」


 レイクが再び芝生へ寝転がる。


 その横で、リゼットが短剣の手入れをしていた。


「相変わらず、じっとしていられない奴だな」


「だって暇なんだもん」


「子供か」


「なんだとぉ!?」


 そんな二人を見て、ミリアが小さく笑う。


 その時。


「なら、ちょうどいいな」


「ん?」


 三人が振り返る。


 そこにはラルクが立っていた。


「ラルク先生?」


 レイクが身体を起こす。


「お前たち三人に、ちょうどいい仕事がある」


「仕事?」


 ラルクは一枚の書状を取り出した。


「北方の極寒領『スノウ公国』から極秘の支援要請が来ている」


「スノウ公国?」


 ミリアが尋ねる。


「ああ」


 ラルクが頷く。


「前領主の娘、セレナ姫に関するものだ」


「セレナ姫……」


「彼女は現在、森の奥に身を隠して暮らしている」


「今回の任務は、セレナ姫の保護と身辺の調査だ」


 レイクの目が輝いた。


「外に出られるのか!?」


「……まあ、そういうことになるな」


 レイクが立ち上がる。


「雪国か!おもしろそう!早く行こうぜ!」


 ミリアとリゼットが顔を見合わせる。


「ふふ」


「結局、こうなるのですね」

◇

 スノウ公国へ向かう雪原。


 白銀の世界がどこまでも続いていた。


「うわぁ……」


 ミリアが吐く息が白く染まる。


「すごい雪……」


「寒ぃ!」


 レイクは寒がりながらも雪国を楽しげに歩いている。


 しかし、ミリアの肩が小さく震えた。


「……」


 レイクが気づく。


「ミリア、寒いのか?」


「え?」


「震えてるぞ」


「だ、大丈夫だよ」


「いや、大丈夫じゃねぇだろ」


 レイクは自分の厚手の上着を脱ぐ。


「ほら」


 ミリアの肩へ掛けた。


「これ着ろよ」


「え……?」


 ミリアが目を丸くする。


「レイクくん、でも……」


「おれは平気!」


「……ありがとう」


 ミリアが小さく笑う。


 その時。


 レイクがミリアの手を見る。


「……手ぇ冷たっ!」


「え?」


 レイクはミリアの手袋を外す。


「ちょっと待ってろよ」


 両手でミリアの冷え切った手を包み込む。


「こうして……」


 レイクの手のひらに、ほんのりと赤い光が灯る。


 温かな火の魔力。


「これならどうだ?」


「…………」


 ミリアは完全に固まった。


 至近距離で覗き込まれる無垢な瞳と、直接伝わってくる温かさ。顔が真っ赤になる。


(し、心臓がもたないよ……!)


 レイクはそんなミリアの様子に気づかない。


「もうちょっと温めた方がいいか?」


「い、いい!もう大丈夫!」


「そうか?」


 レイクが手を離す。


 ミリアは自分の胸元へ手を当てる。


 ドクン、ドクン。


 心臓が激しく鳴っている。


 少し離れたところから二人を見ていたリゼットが口を開く。


「……ミリア様、顔が真っ赤ですね」


「さ、寒いから!!」


「そうですか」


 リゼットは淡々と答えた。


 レイクだけが首を傾げる。


「そんなに寒かったのか?」


「……もう!」

◇

 雪深い森。


 三人はラルクから聞いた場所へ向かっていた。


「……ん?」


 レイクが足を止める。


「歌?」


 雪の向こうから、美しい歌声が聞こえてくる。


 ミリアも耳を澄ます。


「本当だ……」


 歌声を追って、森の奥へ進む。


 やがて木々の間から、小さな家が見えてきた。


 その前で、一人の少女が楽しそうに歌っていた。


 長く美しい髪。


 雪のように白い肌。


 白い雪原の中にいても、その姿だけは不思議なほど鮮やかだった。


 そして、その周囲には――。


「妖精族……?」


 リゼットが呟く。


 七人の妖精族が少女と一緒に楽しそうに過ごしている。


「何してんだ?」


 レイクが声を掛ける。


 少女が振り返った。


「……え?」


 少女の瞳が三人を捉える。


「こんにちは!」


 少女が笑顔を浮かべる。


「こんな雪の中で、どうしたんですか?」


「おれたちは――」


 レイクが説明しようとした、その時。


「きゃっ!」


 少女の足が雪で滑った。


「危ねぇ!」


 レイクが一瞬で駆け出す。


 少女の身体が倒れる寸前。


 ガシッ!


 レイクが片腕で抱き止めた。


「大丈夫か?」


「…………」


 少女がレイクを見上げる。


 至近距離で力強く自分を支える腕。


 そして、真っ直ぐな笑顔。


 少女の頬が、ほんのりと赤く染まった。


「……はい」


 胸が高鳴る。


 ドクン。


「ありがとうございます……」


「怪我なくてよかった!」


 レイクが笑う。


 少女はその笑顔から目を離せなかった。


(……かっこいい)


 その瞬間、少女の胸に、小さな恋心が芽生えた。


「あの……お名前は?」


「……?」


 レイクがキョトンとした顔で名乗る。


「おれはレイク!」


 セレナはレイクへうっとりした目線を向ける。


「レイク様……」


「ん?」


「……すごく強くて、かっこいいです!」


「そうか?」


 レイクは照れる様子もなく笑った。

◇

「姫ー!!」


 森の奥から、七人の妖精族が慌てて駆けてくる。


「姫、ご無事ですか!?」


「お怪我は!?」


「だから走ってはいけないと言ったのですよ!」


 レイクたちが目を丸くする。


「……姫?」


 セレナが少し恥ずかしそうに立ち上がる。


「……はい」


 少女は三人へ向き直った。


「申し遅れました」


 そして、スカートの裾をつまみ、丁寧に頭を下げる。


「私はスノウ公国前領主の娘、セレナです」


 レイクが固まる。


「えええええっ!?」


「お姫様!?」


 ミリアも驚く。


 リゼットだけは静かに頷いた。


「なるほど。森の奥……そういうことか」


 セレナは笑う。


「驚かせてしまって、ごめんなさい」


「いやいや!まさかお姫様だとは思わねぇだろ!」


 レイクは頭を掻く。


 セレナはそんなレイクを見つめ、また胸が高鳴った。

◇

 セレナの暮らす小さな家。


 暖炉の火が、部屋を暖かく照らしている。


「はぁ~~……あったけぇ」


 レイクが暖炉の前で伸びをする。


「お疲れになりましたよね」


 セレナがレイクの隣に座る。


「そうでもねぇよ」


「でも、雪の中をずっと歩いてきたんですよね?」


 セレナがレイクへ少し身を寄せる。


「これ、どうぞ」


 セレナが暖かい飲み物をレイクへ渡す。


「あー、悪いな」


 レイクは笑顔でそれを受け取る。


「……」


 スッ。


 ミリアは一切の言葉を発することなく、無言のままレイクとセレナのわずかな隙間に体をぐいっと割り込ませた。


「……?」


「ミリア?どうした?」


 レイクが不思議そうに首を傾げる。


 ミリアは眉根を寄せて口をへの字に曲げ、わかりやすくムスッとした表情のまま、レイクの服の袖をぎゅーっと指先で引っ張った。


「な、なんでもない……っ」


 そこへセレナが身を乗り出し、肉料理の皿を差し出す。


「レイク様、よろしければお肉を――」


 その瞬間――。


「レイクくん!」


 ミリアが割って入る。


「このスープとっても温かいよ!」


「お、サンキュー!」


 レイクは素直に受け取る。


「うめぇ!」


 セレナも肉料理を差し出す。


「こちらもどうぞ!」


「おう!」


 レイクは両方を食べる。


「どっちもうめぇ!」


「…………」


「…………」


 ミリアとセレナが互いを見る。


 しばらくして、セレナがミリアへ尋ねた。


「ミリア様」


「ん?」


「ミリア様は、レイク様の恋人なのですか?」


「……えっ!?」


 ミリアの顔が一瞬で真っ赤になる。


「ち、違っ……!その……!ま、まだそういうわけでは……!」


 セレナが目を輝かせる。


「じゃあ、私にもチャンスがありますね!」


「……!」


 ミリアの表情が固まる。


「な、なにを……!」


 セレナは楽しそうに笑っている。


 レイクだけが状況を理解していない。


「なんかよくわからんけど、お前ら仲良くしろよ……」


「レイクくんは黙ってて!」


「なんで!?」


 リゼットが小さく息を吐く。


「……お前が原因だろ」


「ん?」


「何でもない」

◇

 暖炉の火が揺れる。


 少し落ち着いたところで、セレナが昔の話を始めた。


「そういえば……昔、同盟国から来ていた王子様がよくいらしてたんです」


「王子?」


 レイクが興味を示す。


「どんな奴なんだ?」


「すごく無愛想な人でした」


 セレナが頬を膨らませる。


「私が転んで泣いていたら、『王族がみっともなく泣くな』って怒るんですよ!」


「はは……厳しいな」


 レイクが苦笑する。


「それだけじゃありません」


 セレナは続ける。


「遊ぼうって言っても、ずっと木剣の素振りばかりして、全然構ってくれなかったんです!」


「ふふ……不器用な人なんですね」


 ミリアが笑う。


「そうなんです!」


 セレナも笑う。


 しかし、その表情が少しだけ柔らかくなる。


「でも……いつも、私を守ってくれていました」


「雪山へ行くときも、必ず先に歩いてくれて……」


「私が転びそうになると、何も言わずに手を差し出してくれて……」


 セレナは遠い記憶を思い出すように目を細める。


「……優しい人だったんですね」


 ミリアが呟く。


「はい。今も、元気にしているといいな」


 セレナが微笑む。


 レイクは暖炉を見つめながら、何やら考えていた。


(……不器用で無愛想な王子か)


「……まさかな」


 レイクは呟いた。


 その時――。


 窓の外。


 吹雪の森。


 一本の木の陰に、黒い影が立っていた。


「…………」


 その手には、一つの林檎。


 しかし、その表面からは赤黒い魔力が、ゆっくりと立ち上っている。


 影が林檎を見つめる。


「……セレナ」


 そして、妖しく笑った。


「眠りの時間だ」


 吹雪が、さらに強くなる。


 赤黒い魔力を纏った林檎が、雪の森の中で不気味に揺れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。