祝福の武道会
灰かぶりの少女編完結です!
楽しんでいただけたら幸いです!
ヴァルガンとの戦いを終えたレイクたちは、リュミエール王国の使者が用意した馬車へ乗り込み、王城へ向かっていた。
「先生……おれ、『トリニティ』って聞いたことある」
レイクが静かに口を開いた。
「……メドロードか」
「うん」
レイクは小さく頷いた。
「昔、あいつに世界中を回って世界の全部を知りたいって言ったら、『いつかトリニティを探してみろ』って」
その言葉と共に、幼い日の記憶が蘇る。
◇
トレース村の外れ。草原を眺める幼いレイクへ、メドロードは穏やかに笑っていた。
「おれも世界の全てを知っているわけじゃない」
「いつかお前も探してみるといい」
「秘宝――『トリニティ』を」
◇
レイクは窓の外へ視線を向けた。
「あいつ、最後に『競争だ』って言ってたけど……あれ、『トリニティ』のことだったんだな」
ラルクは静かに頷く。
「トリニティは、全種族が追い求める伝説の秘宝だ。遅かれ早かれ、お前たちにも教えるつもりだった」
ラルクは小さく目を伏せた。
「……そんなものを、五歳のお前に教えた。相変わらず何を考えているのか分からんな、あいつは」
「……え?」
レイクは思わず聞き返すが、ラルクは答えない。
(ヴァルガンの話が事実なら、一刻も早く学園長へ伝えねばならん。
終焉――あの伝承が現実になる前に)
「皆様」
御者の声が馬車の外から響く。
「間もなく、リュミエール王国へ到着いたします!」
「ありがとうございます」
ラルクが短く返事をする。
城門が見え始めた。レイクは大きく息を吸う。
「よし!まずはセシル王子に全部伝えねぇとな!」
馬車がゆっくりと停車する。
レイクたちは馬車を降り、そのまま王城の謁見の間へ案内された。扉が開くと、セシル王子が慌てた様子で駆け寄ってくる。
「皆様!」
その表情には安堵と感謝が滲んでいた。
「使者から全て聞きました。まさかヴァルガンが魔族だったとは……」
セシルは深く頭を下げる。
「皆様がいなければ、この国は滅んでいたかもしれません。本当にありがとうございました。」
「そんな気にすんなよ!助けられて良かった!」
ラルクは話を切り替えた。
「被害は最小限で済みました。しかし、ヴァルガンの息が掛かった者が城内に残っている可能性があります」
「ええ。すでに調査を始めています」
その時だった。
「セシル王子!」
近衛騎士が駆け込んでくる。
「王が……お目覚めになられました!」
「父上!」
セシルは弾かれたように走り出し、レイクたちもその後を追った。
◇
王の寝室。長く眠り続けていた王は、ゆっくりと目を開けた。
「……セシルか」
「父上!」
目を覚ました王へ、セシルはヴァルガンの正体と魔族の陰謀、そしてレイクたちが国を救ったことを簡潔に伝えた。
「……そうか。ヴァルガンが、魔族だったとはな」
そこへ再び騎士が駆け込む。
「ご報告します!ヴァルガン配下と思われる文官、近衛兵、王のお世話係たちが、一斉に姿を消しております!」
ラルクは静かに頷いた。
「……撤退命令でしょう。潜伏していた者たちも引き揚げたようです」
王は静かに拳を握った。
「危うく、この国は内側から崩されるところだった。」
「私は、この国を立て直します。もう二度と、このようなことは起こさせません」
セシルの言葉に、王は優しく頷いた。
「……頼もしくなったな、セシル。お前なら、この国を導ける」
セシルは深く一礼すると、振り返ってレイクたちへ笑顔を向けた。
「皆様は、リュミエール王国にとってかけがえのない恩人です!」
◇
それから数日後。
ヴァルガンの陰謀は国中へ公表され、王の快復も広く知られることとなった。
そして王は、自らの意思でセシルへ王位を譲ることを決断する。
新たな王の門出を祝う即位記念舞踏会には、国を救った功労者としてレイクたちも招かれた。
◇
王城では、即位記念舞踏会が盛大に開かれていた。
招待を受けたレイクたちも、舞踏会へ出席するため正装へ着替えていた。
来賓控室では、先に正装へ着替え終えたラルクが腕を組んで待っていた。
「レイク、ネクタイくらい真っ直ぐ締めろ」
「先生……おれこういう服、苦手なんだよ」
慣れない礼装に悪戦苦闘するレイクは、不満そうに襟元を整える。
ラルクは呆れたようにため息をついた。
「騎士たるもの、礼儀も身につけろ」
「分かってるって」
その時だった。
コンコン。
控室の扉が静かに叩かれる。
「レイク君、お待たせ」
聞き慣れた優しい声。
レイクは何気なく振り返る。
「おう!……え?」
思わず息を呑んだ。
淡い水色のドレスに身を包んだミリアが、少し照れくさそうに立っていた。
栗色の長い髪は美しく結い上げられ、小さな宝石の髪飾りが上品に輝いている。
いつもの制服姿とはまるで違う。まるで物語から飛び出してきた姫君だった。
「ミリア……?」
「え〜と……変、じゃないかな?」
少し不安そうにドレスの裾を摘まむミリア。
「……」
レイクは返事ができない。
ラルクが小さくため息をついた。
「固まってる場合か。」
「はっ!」
レイクは慌てて咳払いする。
「いや、その……」
少し照れくさそうに視線を逸らす。
「……似合ってる」
一瞬で、ミリアの頬が真っ赤に染まった。
「えへへ……ありがとう」
そんな二人の様子を、少し離れた場所から見ていたルベルは、くすりと微笑んだ
◇
高らかなファンファーレが王城中へ響き渡る。
大広間の扉がゆっくりと開かれた。
「新国王セシル陛下、ご入場!」
居並ぶ貴族たちが一斉に頭を垂れる。
王冠を戴いたセシルは堂々とした足取りで歩み、その隣には純白のドレスに身を包んだルベルが寄り添っていた。
王座の前へ立ったセシルは、静かに会場を見渡す。
「本日は私の即位を祝うため、お集まりいただきありがとうございます。」
穏やかな声が大広間へ響く。
「そして、この国を救ってくださった恩人の皆様へ、心より御礼申し上げます」
そう言って、レイクたちへ向かって深く頭を下げた。
会場は大きな拍手に包まれる。
やがて音楽が流れ始め、華やかな舞踏会が幕を開けた。色鮮やかなドレスが舞い、貴族たちは次々と踊り始める。
「すごい……」
ミリアは目を輝かせながら会場を見渡した。
「こんな立派な舞踏会、初めて……」
その様子を見ていたルベルは、小さく微笑むと、そっとミリアへ歩み寄った。
「ミリア様」
「はい?」
ルベルはミリアの耳元で優しく囁く。
「大切なものは、待っているだけでは手に入りませんよ」
「……え?」
ルベルはくすりと笑う。
「ふふっ。私は、勇気を出して一歩踏み出したから、今ここにいます。だからミリア様も」
ルベルはさりげなくレイクへ視線を向ける。その意味に気付いたミリアは、一瞬固まった。
「……っ!」
頬がみるみる赤く染まる。
「え!? い、いや……ち、違いますよ!?」
慌てて両手をぶんぶん振るミリア。
その時だった。
「失礼」
一人の若い貴族が、優雅な足取りでミリアの前へ歩み出た。
「大変お美しい。」
優雅に一礼する。
「もしよろしければ、私と一曲踊っていただけませんか?」
「え……?」
突然の誘いに、ミリアは目を丸くした。
どう返事をすればいいのか分からず、小さく視線を泳がせる。
その様子を少し離れた場所から見ていたレイクは――
ムスッ。
分かりやすく眉をひそめた。
(なんだあいつ)
胸の奥が、妙にもやもやする。理由は分からない。ただ、このまま見ているのは嫌だった。
「ミリア!」
「え?」
レイクは貴族との間へずいっと割って入りミリアの手を引く。
「踊るぞ!」
「え!? う、うん! ……でも、なにを?」
「知らね!」
「えぇっ!?」
貴族は思わず苦笑した。
「おやおや」
柔らかな笑みを浮かべ、一歩身を引く。
「どうやら、先客がいらっしゃいましたか。失礼いたしました」
そう言って優雅に一礼すると、貴族は静かにその場を後にした。
レイクに手を引かれながら、ミリアはその横顔を見つめる。
頬はまだほんのり赤い。
「ふふふ」
「な、なんだよ」
「ううん。なんでもない」
レイクに手を引かれながら、二人は音楽に合わせて歩き出す。
「昔教わったことあるんだ」
ミリアはそう言って、レイクの右手をそっと自分の腰へ添えた。
「えっ!?」
「こっちはこう」
もう片方の手を優しく握る。
「音楽に合わせて、一歩ずつ」
「お、おう……」
ぎこちない足取り。何度も足を踏みそうになるレイクを見て、ミリアが小さく笑う。
「ふふっ」
「笑うなよ……」
「だって、レイク君全然踊れないんだもん」
「悪かったな」
ミリアはまた楽しそうに笑った。
しばらく踊っていると、ミリアはふとレイクを見上げる。
「ねぇ」
「ん?」
「私には言ってくれないの?」
「……?」
レイクは首を傾げる。
ミリアはレイクを見上げて言う。
「ルベルさんには、ちゃんと言ってくれたのに」
レイクは心当たりなさそうに言う。
「ルベル?……なんか言ったっけ?」
ミリアは少しだけ頬を膨らませた。
「もう」
視線を逸らしながら、小さく呟く。
「私のドレス」
「あ……」
レイクはようやく気付いた。
「その……」
照れ臭そうに頭を掻く。
「似合ってる」
ミリアはレイクをじっと見て言い返す。
「それは、さっき聞いた」
「えっ…」
今度はレイクが固まる番だった。
ミリアは少しだけ悪戯っぽく微笑む。
「それだけ?」
「えぇぇ……」
困ったように頭を抱えるレイク。しばらく唸ったあと、観念したように口を開いた。
「今日、一番綺麗だと思った」
その一言で、ミリアの頬は耳まで真っ赤に染まった。
「…………」
今度はミリアが言葉を失う。
レイクは照れ隠しに顔を逸らす。
「ほ、ほら! 足止まってるぞ!」
「う、うん……」
ミリアは小さく頷きながら、幸せそうに微笑んだ。
◇
舞踏会も終わりを迎え、貴族たちが次々と城を後にしていく。
レイクは一人、王城のバルコニーへ出ていた。
夜空には無数の星々が輝いていた。
「ここにいたんだ」
振り返ると、ミリアがゆっくりと歩いてくる。ドレスの裾を揺らしながら、レイクの隣へ並んだ。
「……今日は楽しかったね」
ミリアが小さく微笑む。
「ああ」
レイクも静かに頷いた。
「踊りは全然だったけど」
「次までにはちゃんと覚えときます……」
レイクは苦笑する。
「ふふっ。じゃあ、また踊ろうね」
ミリアは嬉しそうに笑った。
「ああ」
短い返事。それだけなのに、ミリアはどこか幸せそうだった。
「トリニティ……か」
レイクが小さく呟いた。
あの日。メドロードと交わした約束。
『どちらが世界を冒険し世界の全てを先に知るのか。競走だな』
あの時は、意味も分からず笑っていた。
だが今は違う。
世界中の誰もが追い求める秘宝。今やレイクの進むべき道になっていた。
(絶対見つける。メドロード。おれがお前より先に世界の全部を知ってやる)
レイクは夜空へ向かって、小さく笑った。
そんな横顔を見つめながら、ミリアもそっと拳を握る。
(レイク君そんな大きな夢を追いかけるなら、私は、その隣を歩けるくらい強くなりたい)
誰にも聞こえない、小さな決意。二人の視線の先では、無数の星々が夜空を埋め尽くしていた。
『トリニティ』
それは、後に世界中へ語り継がれることとなる、一人の少年と仲間たちの大冒険の始まりだった。




