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凡人枠シリーズ

魔王を倒したらチートスキルが消えた勇者が「自分には何も残っていない」と絶望したので、前世がキャリアコンサルタントだったから「チート以外の強み」を探すことにした

掲載日:2026/04/15

 真っ白な空間に、安っぽいカウンターが一つ。

 その向こうに、サイズの合っていないとんがり帽子と星柄マントの男が座っている。胸元の名札には「転生管理局 転生窓口 担当:ツクヨ」と書かれていた。

 杖には「MAGIC」と刺繍されている。

 ——前世でハロウィンの仮装コンテストに出たら最下位だったタイプの衣装だ。


「はい、というわけで。あなたの転生先は異世界です。おめでとうございます」


(——え? 異世界転生? そういえば、昔、兼業ライトノベル作家のキャリア・カウンセリングをしたときに聞いたことがある。異世界に転生して冒険するとか、チート能力をもらうとか——あれ、本当にあるのか?)


「おめでとうございます、と言われましても」

「まあまあ。で、前世のご職業は——えーと」


 ツクヨがカウンターの書類をめくる。


「キャリアコンサルタント。独立開業十五年。享年五十二歳」

「はい」

「十五年で相談件数——えーと、二千超えですか。多いですね」

「独立してからは、年間百五十件ほど受けていました」


 ツクヨが書類を閉じて、こちらを見た。

 胡散臭い笑顔。しかし目だけは妙に鋭い。


「では次に、転生特典のご案内です。こちらのリストからスキルをお一つお選びいただけます」


 ツクヨがカウンターの下から分厚いカタログを取り出した。表紙に「転生特典スキル一覧(第四十七版)」と書かれている。


「——無限の魔力、時間停止、全属性魔法適性、鑑定……」


 ぱらぱらとめくる。前世のコンサル相手が熱く語っていた設定そのものだった。


「いえ、結構です」

「……え?」

「スキルは要りません」


 ツクヨが二度瞬きした。カタログを持つ手が止まっている。


「いやいや。皆さんここで三十分は悩むんですよ? 中には二時間粘った方もいまして」

「不要です。道具に頼ると、自分の力が見えなくなる。——前世でさんざん見てきました」


 ツクヨがカタログを閉じた。少し呆れた、でもどこか面白がるような顔をしていた。


「で、あなたの枠なんですけど。凡人枠です」

「凡人枠」

「チートなし。特殊能力なし。前世の記憶と経験だけ持っていける枠です。——ご不満ですか?」

「いいえ。キャリアコンサルタントにチートは要りません。必要なのは面談室と、相手の話を聞く耳だけですから」


 ツクヨが少し驚いた顔をした。


「へえ。即答するんですね。チートなしって言われて怒らない方、珍しいですよ」

「前世で千人以上の転職相談を受けてきました。みんな自分の強みが分からなくて悩んでいた。——超能力があれば解決する悩みじゃないんです」


(——ところで、この転生窓口の担当者。書類の管理が雑、案件説明が曖昧、衣装のセンスが壊滅的。前世でうちの事務所に相談に来たら、まず自己分析からやり直してもらうタイプだ)


 ツクヨが立ち上がり、杖をくるりと回した。


「あとですね、一つだけ。あなたの赴任先、ちょっと面倒な案件がありまして」

「面倒な案件」

「魔王討伐が終わったばかりでして。勇者パーティーが解散したんですけど、勇者くんの——えーと、チートが消えちゃったんですよね。案件完了で」

「勇者も転生者なんですか」

「ええ。彼はチート付きの勇者枠です。異世界の危機に際して神託が下り、別の世界から勇者を転生させる。こちらではよくある制度でして」

「案件完了でチートが消える契約だったんですか」

「ええ。一時貸与品ですから。まあ、説明不足だったのは認めますけど」


 ツクヨが少し間を置いて、付け加えた。


「——もっとも、そうでないものもあるんですけどね。永続型のチートを持っている方も、中にはいらっしゃいます」


 ツクヨが肩をすくめる。悪びれない。


「で、その勇者くんが絶賛引きこもり中でして。誰とも会わない、仕事も探さない、酒ばっかり飲んでるそうです」


 私は少し考えた。


「……それは、見たことがある話ですね」

「ほう?」

「前世のキャリアコンサルで、似た相談を何件も受けました。大企業の肩書きを失った人、体を壊してアスリートを引退した人。自分のアイデンティティだったものがなくなって、何も残っていないと感じる。よくある話です」

「よくある話、ですか。——じゃあ、お任せしていいですか?」

「ええ。任せてください」


 ツクヨが指を鳴らした。

 白い空間が溶ける。

 視界が白く染まる。

 最後にツクヨの声だけが聞こえた。


「頑張ってくださいね、凡人さん」



    ◇



 この世界では、大きな災厄が起きると神託が下る。

 そして別の世界から転生者が送り込まれ、問題を解決する——らしい。勇者もそうやって転生してきた一人だ。

 つまり転生は、天界がこちらの世界に人材を送り込む制度のようなものだった。


(——あの適当そうな神様、根回しはちゃんとしているのか。神託で現地の受け入れ態勢を整えてから転生者を送る。案外、段取り上手じゃないか)


 王都の勇者功労省。

 魔王討伐に貢献した者の恩給と再就職を管轄する部署で、私はそこの末席に配属された。

 転生して三ヶ月。この世界の言葉にもようやく慣れてきた頃、上司が一枚の書類を持ってきた。


「勇者ユーリの件だ。——天賦の剣技が失われたという報告が上がっている」


 天賦の剣技。

 この世界では、勇者の超常的な戦闘能力をそう呼ぶ。

 私とツクヨだけが知っている。あれは天賦でも才能でもない。転生時に付与された一時貸与品——つまりチートだ。


「本人は宿に引きこもっている。誰にも会わない。——正直なところ、放っておけというのが上の方針だが」


 私は書類に目を通した。

 ——典型的なトランジションの第一段階だ。

 前世で学んだキャリア理論。人が大きな変化を迎えるとき、三つの段階を通る。まず「終わり」——それまでの自分が終わったことを受け入れる段階。次に「中立圏」——何者でもない空白の時期。最後に「始まり」——新しい自分を見つける段階。

 ユーリは今、「終わり」にすら至っていない。終わったことを受け入れられず、止まっている。


「私に行かせてください」

「……行ってどうする」

「面談します」


 上司は怪訝な顔をしたが、止めはしなかった。


 席に戻り、面談の準備を始める。

 まず、手元の情報で職務経歴を整理した。——前世の癖だ。相談者の経歴を把握せずに面談はしない。


 勇者ユーリ。二十四歳。

 職歴:勇者(四年間)。

 業務内容:魔王討伐。パーティー統率。各地の魔物殲滅。

 退職理由:案件完了に伴う契約終了。

 保有資格:なし。

 特記事項:天賦の剣技(消失済み)。


 ——前世で見てきた中でも、かなり特殊な職務経歴書だった。

 転職エージェントに持ち込んだら、担当者が頭を抱える案件だろう。「魔王討伐の経験を活かせる求人は現在ございません」と丁重に断られる姿が目に浮かぶ。



    ◇



 安宿の二階。薄暗い部屋。

 床に空の酒瓶が転がっている。

 窓際のベッドに、一人の青年が座っていた。

 ユーリ。二十四歳。四年かけて魔王を討伐した勇者。

 ——今は、ただの青年だ。


「面談? 俺に何を聞くんだ。才覚が消えた元勇者の話なんか、誰が聞きたい」


 声に覇気がない。目も合わせない。

 私は真正面ではなく、斜め横の椅子に座った。正面は圧迫感を与える。面談の基本だ。


「私はキャリアの専門家です。あなたが次に何をするか、一緒に考えたい」

「キャリア? ……あんた、この世界の人間じゃないだろ。喋り方が違う」


 ——鋭い。引きこもっていても、観察力は健在らしい。

 少し迷ったが、ここで嘘をつけば信頼関係は築けない。


「ええ。私も転生者です。チートなしの凡人枠ですが」

「凡人枠? そんなのがあるのか」

「ありますよ。前世の記憶と経験だけ持ち越す、地味な枠です」


 ユーリが初めて、わずかにこちらを向いた。


「……チートなしで、何ができるんだ」

「話を聞くことができます。——それだけですが、それが私の仕事です」


 ユーリは黙った。だが、完全な拒絶ではなかった。

 同じ転生者だという事実が、ほんの少しだけ壁を下げたのかもしれない。


「次なんかない。俺の才覚は消えた。もう何もできない」


(——やはり、本人は『自分の才覚が消えた』と認識している。チートの一時貸与だとは知らない)


 ここで反論してはいけない。「そんなことない」と否定すれば、彼はさらに殻に閉じこもる。まずは受け止める。傾聴の鉄則だ。


「……消えた、と感じているんですね」


 おうむ返し。相手の言葉をそのまま繰り返す。共感でも同意でもなく、「聞いている」という信号を送る技術だ。


 ユーリが少しだけ、こちらを見た。

 ——ほんの一瞬だが、目が合った。


「三日だけ、私に付き合ってもらえませんか。それで何も見つからなかったら、二度と来ません」

「……好きにしろ」


 投げやりな同意。だが、拒絶ではない。

 これで十分だった。ラポール——信頼関係の糸口は、いつも細い。



    ◇



 一日目。鍛冶屋。


 本当は別の仕事を予定していた。だが、ユーリが宿を出る際にちらりと鍛冶屋の看板を見た。その視線の動きを私は見逃さなかった。

 剣を使う側から、剣を作る側へ。興味があるのだろう。

 ——キャリア理論に「計画された偶発性」というものがある。キャリアは計画通りに進むのではなく、偶然の出来事をきっかけに開かれることが多い。大事なのは、その偶然を拾い上げることだ。

 視線一つ。それだけで十分な手がかりになる。

 予定を変更して、鍛冶屋の親方に頼み込んだ。


「一日だけ、この方に見習いをさせてもらえませんか」

「勇者様に鍛冶を? まあ、構わんが」


 ユーリはハンマーを握った。力はある。むしろありすぎる。

 最初の一打で、整形途中の鉄板がひしゃげた。


「おいおい。加減しろ」

「すまない」


 二打目。また潰した。

 親方が黙って新しい鉄板を出した。経費は私の給料から引かれるのだろうか。功労省の薄給では三枚が限界だ。

 三打目。慎重に振ったが、今度は弱すぎて鉄が動かない。


「力の入れ方が極端だな。お前さん、剣は振れても鉄は打てない」


 親方の言葉に、ユーリの表情が曇る。

 四打目。力加減を探るような一振り。鉄板は無事だったが、金床の角が欠けた。

 親方が天を仰いだ。私も天を仰いだ。


(——弁償額がどんどん膨らんでいく。前世でも、職業体験の手配で経費を食いつぶしたことはあったが、金床を壊されたのは初めてだ)


(——想像はしていた。彼は四年間『全力で敵を斬る』ことしかしてこなかった。力の加減を覚える機会がなかった。これはチート——天賦の才の副作用だ。繊細な力の制御を、必要としなかった)


 だが、収穫がないわけではなかった。

 昼休み、ユーリは親方が研いでいた短剣をじっと見ていた。


「いい刃だな」

「分かるか? 三十年打ってきた中でも上出来だ」

「刃紋がきれいだ。——俺の剣にもこういう紋があった」


 親方が少し嬉しそうに笑った。

 ユーリもほんの少しだけ、表情が和らいだ。


(——鍛冶は向いていない。だが、道具への敬意がある。そして、「良いものを見分ける目」がある)


 一日目の終わり。ユーリは何も言わなかった。

 だが、宿に戻る道で、鍛冶屋の方を一度だけ振り返った。



    ◇



 二日目。村の学校。


「今日は子供たちに体術の基礎を教えてもらいます」

「子供? 俺が?」

「はい」


 学校に着くと、十五人ほどの子供たちが待っていた。

 八歳から十二歳。元気が良い。騒がしい。


「えーと。まず、構えはこうだ。足を肩幅に——おい、聞いてるか?」


 子供たちは聞いていない。走り回っている。


「こら! 並べ!」


 大声を出すと、一瞬静かになる。三秒後にまた騒ぎ出す。

 ユーリの額に汗が浮かんだ。


 一人の女の子が手を挙げた。


「せんせー。勇者さまって、今はなにしてるの?」

「……今は、その」

「無職?」

「……無職、では、ない。たぶん」


 ユーリが私の方を見た。助けを求める目だった。

 私は視線をそらした。ここは自力で乗り越えてもらう。


(——魔王は倒せても、子供の質問は倒せない。当たり前の話だが)


 しかし、中盤で変化が起きた。

 私は見ていた。ユーリの目が、ある一点で止まったのを。


 輪の端。木の幹に背を預けて座り込んでいる男の子がいた。

 他の子供たちが走り回る中、一人だけ動かない。


 ユーリが真っすぐにその子のところへ歩いた。

 しゃがんで、目線を合わせた。


「お前、足が痛いのか」


 男の子がうなずいた。


「いつから?」

「……きのうから」

「見せてみろ」


 足首が少し腫れていた。軽い捻挫だろう。


「走るのは無理だな。——じゃあ、座ったままできる型を教えてやる。腕だけ使うやつだ」


 ユーリはその場で、座ったまま練習できる構えを即興で組み立てた。子供の体格に合わせて、動作を一つずつ分解して見せる。

 男の子が真似をする。ぎこちないが、目が輝いていた。


 それを見た他の子供たちが寄ってきた。


「俺もそれやりたい!」

「私も!」


 気がつくと、ユーリの周りに輪ができていた。

 座って練習する子、立って練習する子。ユーリが一人ずつ姿勢を直していく。その手つきは、不器用だが丁寧だった。


 学校の先生が隣に来て、私に言った。


「あの方、子供の異変に気づくのが早いですね。——足を怪我した子のこと、私も気づいていなかった」


 私はうなずいた。

 十五人の子供の中から、動けていない一人を真っ先に見つけた。三秒もかかっていなかった。


(——この人は、「一番弱い者」を最初に見る)


 学校が終わった後、ユーリに聞いた。


「あの子に気づいたのは、なぜですか」

「なぜって。——十五人いたら、まず動けてないやつから見るだろう。普通だ」

「普通ではありません」

「いや、普通だ。戦場でも同じだった。まず怪我人を確認して、次に——」


 ユーリが言葉を止めた。


「それは天賦の才の力ですか」

「……知らない。たぶん違う。あれは——俺がやってたことだ」


 ユーリは自分で言って、少し戸惑った顔をした。

 自分の中に、才能の外側にあるものがあることに、初めて気づいた顔だった。



    ◇



 二日目の夜。宿での面談。


「今日の体験について、少しお話しさせてください」

「……ああ」

「あなたは、十五人の中から動けていない一人に三秒で気づいた。それは——」

「それは才覚の副産物だ」


 ユーリが遮った。


「戦場で周囲を見渡す癖がついてたから、残ってるだけだ。才覚がなくなっても消えなかった癖にすぎない」


(——認めない。自分の力だとは思えない。四年間、すべてを『天賦の才覚のおかげ』で説明してきたから)


 前世で何度も使ったフレームワークを思い出す。ジョハリの窓——自分と他者の認識を四つの領域に分ける考え方だ。

 「自分も他者も知っている領域」「自分だけが知っている領域」「他者だけが知っている領域」「誰も知らない領域」。

 ユーリの問題は三番目だ。周囲の人間は彼の強みを知っている。本人だけが知らない。

 ——盲点の窓。それを開けるには、体験だけでは足りない。

 本人の内側からは、壁を壊せない。

 外からの声が要る。他者からのフィードバックだけが、盲点を照らせる。


「ユーリさん。一つお願いがあります」

「なんだ」

「明日は体験ではなく、あなたの元パーティーメンバーに話を聞かせてもらいたい。許可をいただけますか」

「仲間に? ……何を聞くんだ」

「あなたのことを」


 ユーリは長い間、黙っていた。


「……好きにしろ」



    ◇



 三日目の朝。

 私はユーリの元パーティーメンバー二人を訪ねた。


 最初は魔法使いのリーリエ。街の一角で魔道具の修理屋を営んでいる。


「ユーリの才覚が消えた? ……そうですか」


 リーリエは手を止めた。驚きはあったが、取り乱しはしなかった。


「あの人は大丈夫です」

「なぜそう思いますか」


 リーリエが少し笑った。


「旅の二年目に、私、大きな失敗をしたんです。防御魔法の詠唱を間違えて、味方を巻き込んだ」


 声が低くなった。


「三人が怪我をしました。私のせいで。——その夜、もうパーティーを抜けようと思って泣いてたら、ユーリが来て、隣に座ったんです」


 リーリエが当時の言葉を繰り返した。


「『お前のせいじゃない。——でも、次はこうすればいい』」


 間。


「怒らなかった。責めなかった。ただ『次』の話をした。——あの一言がなかったら、私はパーティーを抜けていました」

「それは、天賦の才の力でしょうか」


 リーリエが首を振った。


「違います。あれはユーリの言葉です。才覚とか祝福とか、そういうものとは関係ない。あの人自身の——ただの優しさです」



    ◇



 次に訪ねたのは、戦士のガルディス。酒場で昼から飲んでいた。


「ユーリの話? いいぜ。——で、あんた何者だ? 功労省の役人って聞いたが」

「キャリアの専門家です。面談を通じて、その方の強みや適性を——」

「ああ、面談ね。要するに話を聞く仕事だろ。俺たちの旅にも一人欲しかったな。ユーリの愚痴を聞く係」

「……まあ、遠からずです」


 ジョッキを置いて、ガルディスは腕を組んだ。


「あいつの才覚は確かにすごかった。神に選ばれし力、ってやつだな。一撃で何でも斬れた。——でもな、俺が一番感心したのはそこじゃない」


「どこですか」


「撤退の判断だ」


 ガルディスが語り始めた。


「三年目の冬だ。敵の野営地を襲撃した。兵力差は圧倒的にこっちが上。あいつの力を使えば、一掃できる状況だった」


 ガルディスが指でテーブルを叩いた。


「なのに、ユーリは撤退を命じた。『退け』と一言。理由も言わない。全員が不満を言った。俺も言った。『なぜ逃げる。勝てる相手だろう』と」


「結果は」


「翌日、その場所に魔王軍の増援が到着した。あのまま戦ってたら、全滅してた」


 ガルディスが酒を一口飲んだ。


「あとで聞いたんだ。『なぜ分かった?』って。あいつは言った。『なんとなく嫌な感じがした』と」


「天賦の才に、未来予知の能力は含まれていましたか」


「ない」


 ガルディスがはっきりと言った。


「あれは勘だ。四年間戦場にいた人間の、経験と観察から来る勘だ。神の力じゃない。ユーリ自身のものだ」


 ガルディスが酒を一口飲んで、続けた。


「もう一つ、ずっと不思議だったことがある。あいつは不思議な力を持っていた。一撃で何でも斬れる、あの力だ。——だが一方で、なぜか戦闘には不慣れだった。構えも知らない、陣形も分からない。最初は正直、大丈夫かと思った」

「それでも四年間、パーティーを率いたんですね」

「ああ。一緒に旅をする中で、ものすごい勢いで成長した。剣の振り方、隊列の組み方、撤退のタイミング——全部、実戦の中で身につけていった。チートの力で戦っていたんじゃない。あいつは自分の頭で学んでいた」



    ◇



 三日目の午後。最後の面談。


 ユーリは宿の椅子に座っていた。昨日より少しだけ背筋が伸びている。


「話は聞けたか」

「はい。ありがとうございます。——内容の詳細はお伝えできません。守秘義務がありますので」

「ああ、分かってる」


 間。


「具体的な発言内容はお伝えできません。ですが、全体の傾向として一つだけ、お伝えしてもいいことがあります」


 ユーリがこちらを見た。


「お二人とも——才覚の話をしませんでした」


 ユーリの目が見開かれた。


「天賦の剣技の話も、神の祝福の話も、一度もしなかった。お二人が語ったのは全部、あなた自身の言葉や判断や行動でした」


 リフレーミング。物事を別の枠組みで捉え直すこと。

 ユーリは「才覚が消えた自分」という枠で自分を見ている。だが、仲間たちが見ていたのは「才覚の外側にいるユーリ」だった。同じ人間を、別の角度から照らす。私が伝えたのは、その光の当て方だけだ。


 長い沈黙が落ちた。

 窓の外で鳥が鳴いている。


「……本当か」

「本当です」


 ユーリが顔を伏せた。

 泣いてはいない。でも、肩が震えていた。

 長い間、自分を覆っていた殻に、ひびが入った音がした。



    ◇



 その夜、夢を見た。


 真っ白な空間。安っぽいカウンター。とんがり帽子と星柄マント。


「やあ。お久しぶりです」


 ツクヨが手を振っている。杖の「MAGIC」の刺繍が微妙に色褪せていた。


「……お久しぶりです」

「どうですか? 異世界生活。楽しんでます?」

「楽しむ暇はありません。面談が詰まっています」

「まじめですねえ。——で、勇者くんの件、どうです?」


 私は椅子に座った。夢の中なのに、椅子の座り心地がやけにリアルだった。

 ツクヨがこちらを覗き込む。


「ちなみに、あなた。ボクと会うたびに心の中でボクのキャリア診断してません?」

「……していません」

「嘘ですね。目が完全に『この人の適性は窓口業務じゃない』って言ってますよ」


(——図星だった。転生窓口の担当にしては、対人スキルが高すぎるし、書類仕事に向いていない。もっと企画系の部署のほうが——いや、今は関係ない)


「一つ聞いていいですか。彼のチートが消えた理由を」


 ツクヨが杖をくるくる回した。


「契約通りですよ。チートは魔王討伐案件に紐づいた一時貸与品。案件完了で回収です。規約の第何条だったかな。まあ、細かいことはいいでしょう」

「彼はその規約を知らされていませんでした」

「そうですね。こっちの手続きミスです。始末書は出しましたよ。——天界の始末書って見たことあります? 三枚複写で面倒なんですよ」


 冗談めかしているが、目は笑っていない。


「正直に言いますとね」


 ツクヨが帽子のつばを少し上げた。


「チートがなくなったほうが、あの子には良いと思ってるんです。あのままチートに頼り続けたら、一生自分の足で立てないまま終わりますから」

「それを決めるのは、あなたではありません」


 私は静かに言った。


「本人が選ぶことです。チートなしの自分を受け入れるかどうかは、彼自身が決める。——あなたは選択肢を用意しただけだ。それはいい。でも、答えまで押しつけないでください」


 ツクヨが黙った。

 しばらくの間、白い空間に沈黙が満ちた。


「……あなたはいつもそう言いますね」


 ツクヨが微かに笑った。


「だから凡人枠は面白いんです」


 白い空間が薄れていく。夢が終わる。


「ねえ」


 消えかけたツクヨの声が聞こえた。


「あの子——大丈夫そうですか?」

「大丈夫です。彼は自分の力に気づき始めています」

「そうですか。……よかった」


 最後の一瞬、ツクヨの顔から冗談の色が消えた。

 ただの、疲れた神様の顔がそこにあった。



    ◇



 四日目の朝。

 ユーリが功労省の私の席を訪ねてきた。


「一つ、聞いていいか」


 昨日までとは声が違う。投げやりではない。迷いながらも、前を向こうとする声だった。


「どうぞ」

「もし才覚が——天賦の力が戻ってくるとしたら。受け取ったほうがいいと思うか」


 私は答えなかった。

 代わりに聞き返した。


「あなたはどう思いますか」


 長い間。

 窓の外を見ている。朝の光が彼の横顔を照らしていた。


「……今はいい」


 ユーリが言った。


「才覚なしの俺が何をできるか、まだ分からない。分からないまま受け取ったら、また同じだ。——全部そのおかげにして、自分がなくなる」


 私はうなずいた。


「面談、もう一回やりましょうか。次はあなたの強みをきちんと言語化して、この先の計画を立てます。——やりたいこと、できること、求められていること。この三つが重なる場所を、一緒に探しましょう」

「……頼む」


 ユーリが部屋を出ていった。

 その背中は、三日前より少しだけ広く見えた。


 私は机に向かい、日報を開いた。


 ——面談記録。対象者:ユーリ(元勇者)。ステータス:継続中。


 備考欄にペンを走らせる。


「天賦の剣技の喪失により自己評価が著しく低下していたが、職業体験および元同僚からの聞き取りを通じて、才能に依存しない自己認識の再構築が始まった。次回面談にて具体的なキャリアプランの策定に移行予定」


 ペンを置く。

 窓の外は朝日。


(——ツクヨ。聞いていたか。あの子は自分で答えを出した。チートなしで)


 日報を閉じようとして、やめた。

 明日も開くのだから。

 最後までお読みいただき、ありがとうございます。


 キャリアコンサルタントという職業に興味を持ったのは、ある一言がきっかけでした。

 「あなたの強みは何ですか?」——この問いに即答できる人は、実はそんなに多くありません。


 ユーリが「天賦の才覚のおかげだ」とすべてを片づけてしまうように、私たちもつい「環境のおかげ」「たまたま」「運が良かっただけ」と言ってしまいます。けれど、元パーティーメンバーのリーリエとガルディスが語ったのは、才覚の話ではなく、ユーリ自身の言葉と判断の話でした。


 強みは、本人からは一番見えにくい。だからこそ、隣で聞いている人間が必要なのだと思います。


 この作品は「凡人枠シリーズ」の一作です。チートなしの専門職が、前世の実務経験だけで異世界の問題を解決する短編を書いています。もしよろしければ、他の作品も覗いていただけると嬉しいです。


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― 新着の感想 ―
>「チートがなくなったほうが、あの子には良いと思ってるんです。あのままチートに頼り続けたら、一生自分の足で立てないまま終わりますから」 >「それを決めるのは、あなたではありません」 まさしく、欺罔であ…
ツクヨさんツクヨさん、貴方もカウンセリング……まではいかなくても、愚痴を聞いて貰った方が良いんじゃ。予算の使い方とか、思うところあるんじゃないですか?商売相手にお疲れの顔が出ちゃうのはアカン兆候、何ご…
この凡人枠さんには、高い防御力だけはチートとしてつけてあげたいな。世の中には、コンサルの人へ逆ギレする人種が存在するから。 そして異世界というのは非常に命が軽いから。 つまり、お前が余計な事をしたと…
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