朝練パニック
「あゆむ!部活行くで」
男子も女子数名のバスケットボール部員を連れてちづるがご丁寧にクラスまで迎えにきた。女子だけならともかく、あいつ、コミュニケーション能力ばけもんすぎねえか?
「今行こうとしてた」
カバンを肩にかけて椅子から立ち上がる。まだ部活が始まって3日目だというのに、その打ち解けようはなんなんだよ全く。
体育館に向かい、ストレッチをした後、走り込みが始まる。他部活との兼ね合いで体育館を使用できる日は限られている。今日はずっと外で練習する日だ。
俺は中学校の三年間、バスケットボールに打ち込み、三年生で副キャプテンを務めた。だが一度も県大会に行くことは叶わなかった。
ちづるは、大阪の中学でキャプテンだったらしく、三年の時に出場した県大会で惜しくも優勝を逃したらしい。
走り込みは男女合同なのだが、ちづるは男子部員含め一年生の中では上位のペースで走っている。その後ろ姿はいつもの騒がしさとは違い、とても真剣なものに感じられた。
「……すげぇな」
負けたくない。今度こそ県大会、いやもっと上を目指したい。今のペースで着いていくのもやっとだったが、ラスト一周のところで何とかちづるに追いつくことができた。そんな俺の様子をチラリと見ると、ちづるはさらにスピードを上げた。負けじと食らいつこうとするが追いつけない。
ひと足先にゴールしたちづるが話しかけてくる。
「あゆむ、やるなあ。一年の中では二番目やん」
ニヤっと笑う顔に何も言い返せなかった。
ーーー
「おっつかれー!憧れの部活終わりの買い食い!高校生の特権やな」
俺達は学校から駅に向かう途中のコンビニで焼き鳥や肉まんなどを食べていた。あいつらは歩きで俺は自転車だから一緒に帰る必要ないが、今日はどうしてもと頼まれた。
「にしても羅野、走り込み早過ぎねえか?」
「うち走るの好きやから毎朝走り込みするのが習慣になっててさ」
「じゃあ今朝も走ってたってこと?」
「まあな」
男子バスケ部員の問いにちづるがニカっとピースする。
「意外……!誰よりもギリギリまで寝てそうなのに」
「おい失礼やな」
女子バスケ部員にツッコミを入れ、楽しそうに笑い合っているちづるに俺は尋ねる。
「おい、毎朝何分くらい走ってるんだ?ペースは?」
「真野、真面目だな」
「当たり前だろ」
チームメイトに笑われる。だが、試合に勝つためにやっているのに、目の前のチームメイトに負けてどうする。
「んー、その日にもよるけど少なくとも二、三十分は走るようにしてるなあ。ペースはうちの家のラテに合わせてるけどめちゃくちゃ早いで」
ラテは飼っている犬の名前だそうだ。
「そんな気になるならあゆむも来るか?」
とある理由で一瞬言葉が詰まる。だが、そんなことは言ってられない。
「……あぁ、頼む」
俺は覚悟を決めた。
次の日、ちづるに言われた通りの場所に向かった。朝の六時だが、思ってるよりも人とはすれ違うもんだな。犬の散歩をしている人も何人か見た。
「あゆむ!こっちこっち!」
少しボリュームを抑えているとはいえ十分に伝わる声量で手招きする姿が見える。そしてその後ろには、例の犬がいた。体は小さいのにやけに声が通る。
「おはよ!」
「……あぁ、おはよ」
ワンワンっと吠えるその犬に思わず一歩引いてしまう。
「もしかして……」
「な、なんだよ」
俺は犬から目を離さない。いや離せない。
「犬、苦手なん?」
「べ、別に苦手とかじゃ……」
「じゃあ、あゆむがリード持って走る?」
リードを差し出され、俺は思わず後ずさる。
「に……苦手です」
「ははっ、やっぱりな!ラテは噛んだりしーひんから大丈夫やで!でもちゃんと持ってるから安心して」
ちづるは笑いながらも、俺との距離を考えてリードを短く持ち直した。
「じゃあ行くか!」
___
「お前、毎朝これやってんのかよ……」
息が上がる。座り込んだまま、しばらく立ち上がれない。
余裕そうな表情でこちらを見下ろすちづるに改めて闘争心が燃え上がる。
負けてたまるか。
ちづるが水を飲むためにリードが少し緩んだ。
ラテの顔が俺の顔に近づく。
「っ……!」
「あ、ごめん!ラテ!待て!」
その感触に驚きつつも、案外、悪くないと思ってしまう自分がいた。
「大丈夫か?ごめんな」
「いや、こいつ、ちょっと可愛いかも」
一緒に走ったからか、恐怖心は薄れており、ある種仲間のようにも思えてきていた。
そんな俺の様子を見て安心したのか、ちづるはまた余裕の顔で水を飲む。
今はまだ敵わない。
それでも。
いつか追い越す。
そう思いながら、ゆっくり立ち上がった。




