第9話 お前行きの電車が参りました
ずっと昔から、僕は動物が好きだった。
恋とか愛とかじゃない。彼らは純粋に僕を好いてくれるから。
だから僕は獣になって……生きてみたいって思えたんだ。
「……」
ガタンゴトンと、近くを通る電車の音がした。
この街の上を通るローカル線は、ここの近くにも駅を持つ。
そんな電車が過ぎ去れば、再び音は消える。
そうかと思えば、カラスの鳴き声が聞こえる。
雑音が鮮明に聞こえるほど、ここの空気は冷えている。
その理由は……たった一つ。
人気のない道路の中央で鎮座する、白い虎の……威圧。
カラスがゴミ箱に着地する。猫が様子を見に来る。犬がグルルと唸る。
あらゆる動物が、戦闘態勢に入るかのように……今を警戒した。
そこへ現着するのは、人間。
彼は電車の音と共に黒い鍵を地面に挿して、この空間を別の空間へと切り離した。
この技は、被害を抑える必須の力。
黒い鍵で作った世界は、いくら壊しても、閉じれば消える。
例えればコピペ。範囲内の世界をコピーして、別の世界を作るようにペーストする技。
そしてそれをした主は、静かにこう呟いた。
「さあ、大人しく捕まってよ、虎ちゃん」
その違和感。あまりにも静かな虎。
彼はそれに気づくべきだったのだ。
圧倒的な静寂は……誰かの統治下ゆえなのだと。
「久しぶりだな、空錠鍵斗。フィアードはどうした?」
その唐突な声に、鍵斗は周囲を見回した。その声の主を探すために。
そして夕日を背に空から降って来た女を見て、鍵斗はこう叫んだ。
「……お前は、プラネッツの!」
「ああ。私はアーロイド・マーキュリー。水星担当の使徒さ」
空中からふわりと落ちてきた彼女は、瞬きを許さぬ速度で動く。
鍵斗は、無意識のうちに防御の動きを取っていた。
空間に手を突っ込み、虚空からキーハートを取り出す。そして彼女のナイフによる突きをそれで防いだ。
「……っ! いきなりかよ!」
「聞いているんだ、フィアードはどうしたと」
静かに怒っている彼女を見ながら、鍵斗は初めて陽向灯里がアークリオンになった瞬間を思い出していた。
そう、フィアードはあの時……陽向さんにワンパンで倒されている。
「……死んだよ」
「ああそうか。じゃあ……手加減は必要ないな」
「……!?」
ナイフがふわりと浮く。空中でクルクルと回るそれは、いつ襲いかかってくるかわからない凶器に変わる。
そして突然勢いをつけて鍵斗に向かってナイフは飛んだ。
鍵斗はナイフを避けようとしたが、惜しくも頬を掠める。
小さな血の水滴を飛ばしながら、鍵斗は眉をひそめてこう言った。
「くそ! こんなことなら、飯食っときゃよかった!」
縦横無尽に空間を動くナイフ。それが彼女のアーク、物体を操る力であった。
鍵斗は飛ぶナイフをキーハートで叩き落とす。
場所は変わり、アークロックの基地。シーラは送られて来た書類を見て「マズいな」と呟いた。
その書類が示唆するのは、空錠鍵斗とプラネッツの邂逅。これは、アークロックとプラネッツの抗争の始まりとも言える。
シーラはピザを食べている穂火にこう言った。
「山田穂火、イレギュラーが発生した。今すぐ出られるか?」
「え、は、はい」
すぐに陽向も「私も行きます!」と言った。
シーラは冷たくも現実を突きつける。
「別にいいが、行っても何もできないぞ」
それでも、陽向は前を向く。彼女は笑ってこう言った。
「鍵斗くんにもピザ……食べてもらいたいから! だから私も行きます! 雑用でもなんでもやりますし! それにほら、与えられた場所で輝くことが、人の努力ですから!」
シーラはその答えに満足したのか、微笑みこう返した。
「ならば準備しろ。あと私にもピザを一枚くれ」
穂火は驚いたようにこう言う。
「……随分と余裕ですね」
シーラはイタズラに微笑んでこう返した。
「腹が減ってはなんとやらだ」
□■□■□
「ヤバい、ヤバい! ヤバァァァァアアい!!」
現在、オレは全力疾走で逃走中。
アーロイド一人でも大変なのに、アークリオンと化した虎が暴れるは暴れる。そんな中、まともにバトルなんてできるわけがない。
そんなの、右手でアクションゲーム、左手でシミュレーションゲームを同時にプレイするようなものだ。
やってられるか!
これが虎一匹なら無視できた。だが、虎のアークリオンの力なのか、あらゆる動物が次々と出現する。
ここはサバンナですか!? っとついついツッコんでしまいそうな量だ。
オレは曲がり角を進んだ。そこには数匹のライオンがいた。
「……確定。ここは、サバンナだ」
方向転換で、全力ダッシュ。
空には鷹の大群が、陸にはライオンや象といった危険生物が、チラッと用水路を見たらピラニアがいた。
そしてオレを追うのは静かにブチ切れているプラネッツの一人。
前言撤回、ここは地獄である。
「くそ!」
縦横無尽に空間を移動するナイフをキーハートで叩き落としながら、オレはオレを自動追尾するナイフを誘導して壁に突き刺す。
シンプルに、脳が追いつかない。
外敵が多すぎる。身を守り続けるだけで、体力がガリガリ減っていくのを感じる。
アーロイドと会ってからかれこれ二十分は逃走している。鍵の力で身体能力を上げているといっても、流石に息が上がってきた。
しかもこのタイミングで……!
「折れた、折れたねぇ!」
「うるさい!」
キーハートの刃が折れる。ナイフを防いだ時の当たりどころが悪かった。
キーハートの刃はリロード式。虚無空間に貯蓄している二本の刃はあるが、後が怖くて使えない。一本再生まであと三十分。
三十分逃げればキーハートは戦える。
「……逃げれるか?」
「何をボソボソと!」
「……まじか!?」
回り込んでいたのか、目の前から数本のナイフが飛んできた。
でも、これくらいなら短くなった刃でも叩き落とせる。
「……え?」
ドドドドッと、瓦礫の波がナイフの後にやってきた。
「虎が壊した家の瓦礫に触れておいたのさ」
「バカ! 限度を知れ!」
オレは貯めておいたキーハートの刃を一本使い、刃を伸ばす。そしてキーハートに鍵を挿した。
その鍵は、磁力のアークを封じた鍵である。
「力を借りるぞ! 小学生ちゃん!」
カチッと回し、キーハートは磁力の力を得た。
「ヴァラ!」
男気溢れる掛け声と共に、オレはキーハートを持って一回転した。その斬撃の軌跡は円を描き、その円は物体を通り過ぎて広がった。
そして、周囲のあらゆる金属がオレのもとに集まり、それは小さな犬小屋を造る。
そこに隠れたオレは、大量の瓦礫の波を防いだ。
「でも、一度じゃ終わらない」
オレを過ぎていった瓦礫はドドドドッと空中で一回転して、オレに向かって再び突っ込んでくる。
終わらない攻防。絶望の連鎖。
息継ぎの瞬間がないこの状況だが、オレには秘策があった。
遠くで、踏切の音が聞こえる。
「なあ、アーロイド」
「遺言か?」
「違う。ただ、伝えたいんだ」
「……?」
「白線の内側でお待ちくださいってな」
「……なんだと!?」
磁力で引っ張られたのは小さな金属だけではない。
それは、大きすぎる金属、
そう、この街を走る電車であった。
上を走る電車は、まるでキーハートに釣られるように空を舞い、アーロイドを睨むように空間を突き進む。
「お前行きの電車が……参りましたァ!」
「なんだとおおおおおおお!?」
凄まじい音を響かせながら、瓦礫を、ナイフを、全てを……上から狙いを定めて突っ込んできた電車は吹き飛ばした。
地面に激突した衝撃で、土埃が舞う。
衝撃で吹き飛んだ鍵斗は生きていることに感謝しながら、アーロイドを見た。
「くそ、マジか……!」
道路のアスファルトが、まるで壁のように曲がって立っていた。それは、音を立てて崩れる。
「やってくれたな、空錠鍵斗ッ! 久しぶりに、ここまで大きなものを動かした……!」
鼻血を垂らすアーロイドは、挑戦的な笑みを浮かべてそう言った。
依然として……オレは不利。
電車の落下で静かになったこの空間に、象の鳴き声が響いた。
「……ほんと、お前一人に集中できたら」
そう、オレは追い詰められた。
ここまでの疲労が一気に襲ってきたことによりオレは膝をつく。辛うじてキーハートに体重を預けて倒れずにいたオレを囲むのは、百を超える動物達。
こんな仕事をしているから、いつかは死ぬと覚悟はしていた。
でもまさか今日だとはな。
オレ抜きで、アークロックは生きていけるだろうか。いや、師匠がいるから大丈夫か。
「遺言はあるか?」
そう言うアーロイドに、オレは静かにこう伝えた。
アークロックは、多分オレがいなくても大丈夫だ。でも、それでも……オレは、
「知ってるか、アーロイド。与えられた場所で輝くのが……人の努力なんだぜ?」
「……何を?」
オレは死の間際で、陽向さんを思い出していた。
まだ、死にたくない。いや、死ねない。
彼女とまた、話したいから。
アークロックにいたいから。
「……ぅぅぅううう!」
声が聞こえた。空が割れて、その傷がゆっくりと戻るのが見える。
まさかのまさか。
「どうやらオレは……恵まれているらしい」
「……なんだと!?」
上空で、声が響く。その声の主は、陽向さんだった。
「死ぬぅぅぅぅぅううううう!!! 誰か受け止めてええええええええ!」
シーラが陽向と穂火を掴み、家の屋根に着地する。そして投げられた陽向は白い虎に乗った。
「……生きてる?」
命が残っていることに感謝する陽向さん。だが対照的に、今まで黙っていた白い虎は突然流暢に叫び始めた。
「お、お、女の子……!? ぎぃぃぃぃいやぁぁぁぁああああ!!!」
その叫び声を聞いたオレは微笑んだ。
突如として獣が消える。オレはシーラさんの『どうやら彼は……女の子が苦手なようだ』という言葉を思い出した。
たぶん、陽向さんが何かしたのだろう。
「……さあ」
そしてオレは立ち上がり、キーハートをアーロイドに向ける。
体力はない。でも、それはバトルの後に動かないことを考慮しなかったらだ。
オレには仲間がいる。例え、疲れて倒れても支えてくれるから。
オレはもう少しだけ頑張れるんだ。
この一戦は、今後のアークロックとプラネッツの戦いの火蓋を切る。
オレは仲間を頼りながら、こう言った。
「操ってみせろよ。運命ってやつを!」
「無理難題を、軽々しく言うな!」




