第7話 刃物みたいな優しさ
昔っから私は人見知りで、でも幸運なことに友達はいて、ずっと受け身で生きて来たんだ。
小学生の頃はぼっちだった。中学生になると優しい女の子が声をかけてくれて、親友になった。
その親友と見たキャンプファイヤーは今でも忘れられない。あれは現実だったのか、それとも夢だったのか、記憶というものは曖昧で私にはわからないけど……それでもあの日は、幸せだったんだ。
「……ファイト! 穂火ちゃん!」
「頑張れ、山田さん」
私の背中に先輩方の応援が突き刺さる。私にとっては豪速球なその言葉は、私のやる気をガリガリ削った。
『頑張れ』が、優しさなのはわかるのに、私はそれを刃物みたいに受け取ってしまう。
昔から、私はそんな風に面白くない女だ。
何をやるにしても、うだうだと考えて……。
面白いことなんてカップラーメンを温めるためにレンジに入れたら爆発した事くらいしか言えないし、
遊びに誘われても、それってやっていいの? と躊躇してしまい空気を壊した経験も沢山ある。
でも、そんな私でも……受け入れてくれる二人がいるから。
辛い高校生活。友達はできず、部活にも入らず、何もない空白の毎日。
特段思い出も生まれないその期間に、私はアークに目覚めた。
あの日の思い出を。また、キャンプファイヤーが見たいって……願ったから。
友達が、欲しかったから。
目を閉じると、世界が静かになって、呼吸だけが大きくなる。
そんな中で、メラメラと湧く自信が……こう言わせた。
「燃えろ、真紅の魂よ」
炎の螺旋が、U字型の磁石のような見た目のアークリオンってやつに当たる。
熱じゃない。胸の奥がほどけるみたいな感覚が先に来た。
炎は怖いはずなのに、手の中で踊るそれが、妙に懐かしい。
血管をめぐる火の音が、私を戦場へと駆り出した。
「……っ!」
不思議な気分だ。
期待されるのは苦手、注目されるのは苦手。でも、あの人たちに応援されるのは、なんだか心地いいから。
少しだけ、あなた達のグループにいたいって思えたから。
私は一歩を踏み出せたんだ。
「……! 怯んだ! 行け!」
空錠先輩の声が響いた。
さあ、これで決着だ。
「深淵より誘いし炎の精霊よ、我に力を貸したまい、高貴なる力を与えたまえ。紅の灯、天を焦がし、我が身を捧げ奉る。願わくば、闇を祓い、穢れを焼き尽くさん。我が字に共鳴し、今ここに炎を!『焔ノ舞』!」
私の手から炎が出る。それはまるで、水流のように空間を流れた。
「踊れ、交われ、燃え上がれ!」
その炎の流れは、アークリオンに向かう。そしてアークリオンの体で交差し、クロスを描いた。
「お眠り、アークリオン」
私は、光となって消えていくアークリオンにそう伝える。
勝ったのに、最初に出たのは歓声じゃなくて、ホッとした息だった。
アークリオンは消え、夕日に重なるように、その光は空気に混じる。
肩の力が抜けて、遅れて手が震える。身体はずっと、怖がってた。
そんな私を落ち着かせるように、先輩はこう言う。
「お疲れ様」
「……先輩」
陽向先輩と空錠先輩が労いに来てくれた。空錠先輩は「上出来だよ、まさか一人で勝つなんて。……でもなんで詠唱なんてするの? 隙を晒して危なくない?」と言って来たので、私はこう返した。
「じ、自信が……出るんです」
「随分と余裕だね……」
マジかよコイツという顔でこちらを見てくる空錠先輩に、陽向先輩はこう言ってくれた。
「まあいいじゃん! 勇気って大切だしっ!」
「……それもそうだね」
そして二人の先輩は私に手を伸ばしてこう言う。
「改めてよろしく。ようこそ、アークロックへ」
私はどちらの手を取ったらいいのかわからず、右手で陽向さんと握手、左手で空錠先輩と握手した。
「あっつ!」
どうやら私の手は加熱されていたようで、空錠先輩は手を離してしまう。でも陽向先輩は「あったかいね〜」と言って、両手で私の手を包んでくれた。
その一言で、胸の中の警戒が、少しだけ溶けた。
空錠先輩は強くて、陽向先輩は優しくて。最初は急にアークロックに入れと言われて困惑もしたし、恐怖もした。
でも、こんな二人を見ていたら、入りたいって思っちゃう。
私の青春がここにあるんだって、考えちゃうから。
「先輩方……よろしく、お願いします」
私は不器用にそう言った。二人は優しく微笑んで「よろしく」と返してくれる。
そこに、シーラという私たちのボスがやって来た。彼女は言う。
「不測の事態にも対応できるとは、優秀な子たちだな。さて、今回は子どもがアークに目覚めたのか」
シーラさんは気絶している子どもに触れた。
「子どもは簡単に記憶を弄れる。ほら、終わったぞ」
「……ん?」
ランドセルを背負った少女は起き上がり、目を輝かせた。
車から降りて来たのは、スーツ姿の男だった。
空錠先輩は静かにこう言う。
「シャワーを浴びたいという願い、磁石の願い。一見なんの関係もなさそうに見えるけど、二人が親子だって情報があれば、それは一転する。シャワーを浴びれないほど忙しい親と、磁石のようにずっと一緒にいたいと思う子どもの願い。……それは、愛を結論とする」
少女は笑顔で「お父さん、おかえり!」と言う。男は「ああ。ただいま」と涙を浮かべながら笑っていた。
そして男はシーラさんに「ありがとうございます、診断書を出してくれて。おかげで会社を休めそうです」と言う。
私は、
え、シーラさんって医者なの?
っと心の中で驚く。だがシーラさんはそれが当たり前のように「お礼はいい」と言っていた。
今は夕方、私たちは夕日に照らされながら家に帰る親子を見つめた。
「お父さん、明日休みなの?」
「ああ、休むよ」
「えへへ! じゃあね! たくさんあそぼ!」
「ああ」
手を繋いだその親子は、私には眩しいくらい輝いていた。
手を繋いだ指が、夕日で透けて見える。繋がってることが、目でわかる。笑顔が、私の心をグッと引き締めた。
そんな達成感のようなものを抱きながら、私たちはこの場を去る。最後に、空錠先輩がこう呟いた。
「これがアークロックの仕事。アークを開けられて、暴走した人を助けるだけじゃない。その後の幸せを守る仕事なんだ」
その光に照らされた空錠先輩の顔は、いつもより凛々しく見える。横を歩いていた陽向先輩はニシシと笑う。
そっか、これがアークロックなのか。
私はこの運命に感謝する。
ありがとう、私をこの大仕事に関わらせてくれて。
さあ、これが私の最初の自己紹介だ。
私の名前は山田穂火。炎のアークを操る戦士。そして……アークロックの一員です。
この、赤い太陽の光の下で、私は誓う。
幸せを守ると。
シーラさんがこんなことを言い始めた。
「加入おめでとうだな。今日は焼肉でも食べに行くか?」
「いいんですか!? ひゃっほーい!」
陽向先輩が嬉しさで壊れる。私はこっそり親に友達とご飯を食べに行くと伝えた。
親から『行ってらっしゃい』と送られてくる。
横を歩いてた空錠先輩が声をかけてきた。
「山田さんは肉苦手じゃない?」
「だ、大好物です。そ、それと……さん付けじゃなくていいですよ。仲間ですし」
「……わかった。じゃあ、穂火ちゃんで」
「うぇ!?」
まさかの名前呼び!? と思いながら、私はみんなの横を歩く。
風が吹いて、子ども達の笑い声が聞こえて、ふと聞こえたカラスの声が今日の終わりを教えてくる。
夕方の匂い。アスファルトの熱が抜けて、遠くで料理の匂いがする。
影が長い。私たち四人の影が、ちゃんと同じ方向に伸びている。
一日の疲れが、やっと身体に戻ってきた。安心って、遅れてくる。
私は三人の背中を見つめた後、あったかい気持ちで歩みを始めた。
これが私のアークロック。
高校生活が始まる、青春の足音が聞こえた。
私は満足しながら、みんなと行った焼肉店で腹いっぱい食べて、シーラさんの財布を空っぽにした。




