第30話 可愛い後輩と消えた真実
昨今の夏というものは地球温暖化の影響もあり、猛暑が基本となる。しかし、この桃木島は孤島という海に囲まれた環境も相まって、涼しい風が吹く。
僕はそんな快適な風で髪を揺らしながら、ツキバアの返答を待った。
鬼について教えて欲しい。その、答えとは……。
「ふむ、鬼とはなんじゃ?」
「え」
知らない、であった。
その予想外の反応に、僕の思考はフリーズする。どうやらツキバアも同じようで、僕を見つめてじっとしていた。
いたたまれなくなった僕は、
「ずごー!」
っと、昭和の、主人公のようにリアクションをとってしまう。そんな僕を見てツキバアは冷静にこう言った。
「何をしておる、怪我するぞ」
「すみません」
申し訳ないが、冷静に返されるのが一番恥ずかしいのである。
しかしここで問題なのは、鬼の情報を得られなかったということだ。
急に外された期待のハシゴはあららと消えていき、僕は暗闇の河岸に取り残される。誰か助けてと叫びたい気分だ。
そんな僕に、ツキバアはこう言った。
「とにかく、リーダーとして成長するという選択は間違ってはいない。お前の抜けた才能を補える努力であるからだ。しかし鬼とはなんだ? この島は桃太郎しかいないぞ?」
「……鬼が出たんですよ」
そう言うと、ツキバアは少し考えた後、「……ふっ」と乾いた笑いを浮かべやがった。
本当のことなのに、馬鹿にされた!!
僕は信じてもらえないことを悟り、今すぐあの鬼がいた洞窟へ行って事実を確認しようとした。しかし、ツキバアに止められる。
「待て。山田穂火の修行を見なくてもいいのか?」
「……いえ」
僕は、気になって水筒の水を飲んでいる穂火ちゃんに視線をやった。そして一つ深呼吸をして、こう返す。
忘れるな、僕の修行は、リーダーとしての成長でもあることを。
「そうですね、見させてもらいます」
「いや、見るのではないな」
「……?」
不思議そうにツキバアを見つめていると、ツキバアはニヤリと笑ってこう続けた。
「手合わせしよう。ほれ、剣が得意とシーラからは聞いている」
「うわっ!」
突然投げられた木の棒を受け止め、それをまじまじと見る。木の棒というより、剣だな。これで殴られたら痛そうだ。
「……って! 手合わせ?」
僕は渡された剣、それとツキバア言葉からある推測を導き出した。
穂火ちゃんは意味に気づいたのか、青ざめる。ツキバアは嫌な笑みを浮かべ、こう続けた。
「空錠鍵斗は木の棒を使い、山田穂火は木の槍を使い、戦ってもらう。強く当てなくてもいい、体のどこかに武器を当てれば勝ちだ。五本先取でいこう、さあ、始め」
僕は困惑しながら「始めと言われましても」と返す。穂火ちゃんはとりあえず槍を持って、僕に対してフニャフニャのあからさまに手加減した突きを向けてきた。
これは模擬戦だ。意図はわかる。
でも仲間を傷つけるのは気が引けたので、槍を避けて、力いっぱい槍を剣で叩き落とした。
「ふんぎゃ!」
力の衝撃は消えない。必ずどこかに移動するんだ。
槍だって叩かれれば、その衝撃は持ち手にまで行く。それが痛かったのか、穂火ちゃんは槍を落としてしまった。僕はその隙に近づいて、ポンっと目一杯優しく叩いた。
「一本!」
「やったー」
僕は形骸化された意味のない喜びを口にする。穂火ちゃんは「空錠先輩にアーク無しでは勝てませんー」と泣き言を言っていた。
まったくアークがあれば勝てるような言い方はよして欲しい。
僕はそんなことを考えながら、悔しがっている穂火ちゃんが可愛くて微笑んだ。
だが、ツキバアはそれを叱責する。
「穂火!」
「は、はい!」
その急な大声に穂火ちゃんの真面目スイッチが入る。ツキバアは呆れたように声の大きさを落としてこう続けた。
「適当にやるな。本気でやれ。負けたら朝日が出るまで修行をやらせるぞ」
「ひ、ひぃ!! 空錠先輩、すみません、倒させてもらいます」
その変わり身の速さはなんなのだろうか。槍を力いっぱい持つ穂火ちゃんを見て、僕はツキバアにこう返した。
「とりあえず、五勝ゼロ敗で終わらせますよ」
その後は、力み過ぎてバレバレの動きの槍を避けて一撃、懐に入りそのまま一撃、槍を剣でいなして一撃、最後は剣を投げて当てて一撃。
簡単に五勝をとって終わった。そんな僕に穂火ちゃんはこう言った。
「ひ、ひどいです! 空錠先輩は私がどうなってもいいんだー! わーん!!」
ガチ泣きを始めてしまう穂火ちゃん。だが仕方がないのである。
僕は穂火ちゃんが使っていた木の槍を見る。先が尖っていた。
あんな槍で突かれたら、痛いじゃないか。
よって一撃もくらうわけにはいかなかった。穂火ちゃんは当たる瞬間に威力を抑えるなどできないだろうし。
てか、木の槍の危険性にすら気づかないほど疲労しているなんて、ツキバアは一体どんな修行をさせているのだろうか。
これはリーダーとして、リーダーストップをかけなければならないのかもしれない。
昭和ならまだしも、今は令和だ。嫌がってるのにやらせるわけにはいかない。
なのに穂火ちゃんは、泣き止んで、力強く槍を掴んだ。
「もう一回」
「……え?」
「わ、ワンチャーンス!」
「どわっ!」
彼女はあろうことか、ゆっくり休んでいる僕に不意打ちを仕掛けてきた。由々しき事態である。僕は置いていた剣の下にある少し浮いている板を思いっきり踏み、シーソーの原理で乗せてあった剣を浮かせた。
その剣を空中で掴んで、転びそうになっている穂火ちゃんを支えてから、トンっと優しく当てた。
「うう、負けた」
涙目になる穂火ちゃんに、ツキバアは呆れてこう言った。
「まったく……朝まで修行は嘘じゃよ。お主には、槍の弱点、お主の弱点、そしてリーダーの強さを知っておいてほしかったのじゃ」
「……はい」
泣き止んだ穂火ちゃんは、鼻水をズズズと吸ってそう答えた。
そしてツキバアはこう言う。
「わかったか?」
「はい」
その穂火ちゃんの返事に満足したのか、ツキバアは笑いながらこう続けた。
「それじゃあ素振りをしよう。ほれ、お前さんもやれ」
「え、ええ!?」
僕に渡されたのは、穂火ちゃんが使っていたのと同じ木の槍。
やれという圧力に屈して、僕は穂火ちゃんの横で突きの素振りをした。
「やー!」
そして、日は暮れる。
痛ててと筋肉痛を嘆きながら記憶を頼りに、あの日躍兎くんとサッカーをした場所に向かった。
そして無事に辿り着き、僕はあり得ないものを見る。
「そんな、嘘だろ」
そう、洞窟があったはずの場所は……綺麗な岩の壁になっていた。
「なんで」
触ってみるが、確かに冷たく奥までありそうな、岩だった。
確かにあの日、僕は洞窟に入ったんだ。こんなサッカーができる広い空間を間違えるはずがない。ここに洞窟があったのは間違いない、なのに、なんで。
あれは幻覚だったのだろうか。僕は、まだ微かに痛む鬼に殴られた部分を触りながら、苦笑いを浮かべた。




