第29話 修行風景!
合宿二日目。
僕はやけに清々しい風を浴びながら家を出た。
なぜなら僕の後ろには、頼もしい仲間たちがいるから。
「うげぇ」
吐きそうになっている陽向さん。
「ふぉー」
今にも幽霊になりそうなほど憔悴しきっている穂火ちゃん。
「……」
死を悟った菩薩のように静かに虚空を見つめる零くん。その瞳は何を見るのか。
うむ、清々しい朝である。
「行きたく……なあああああああいい!!」
この悲鳴すらも、この青空を彩るハーモニー。美しい音色のように聞こえた。
さて、そんな仲間と別れた後、僕は予定を立てる。
今日は鬼については調べなくていいだろう。なぜなら、今日はリーダーとして成長する日であるし、鬼については知っている可能性がある人がいるからだ。
僕の脳裏によぎるのは、『なんでも聞きに来い』というあの人のセリフ。
とりあえず、その人は最後に会うとして……まずは零くんの修行を見てみることにした。
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「うおおおおおお! マキシマムキークッ!」
「ぐええええ」
僕の名前は空錠鍵斗。
「ケントちぇんちぇー! ごはん食べましょ」
「お、お母さんありがとう」
「あくまケントー! おまえはわれがたおすー!」
「あ、美味しいもぐもぐ。ははは、我を倒すと申すか勇者よ」
「ケントちぇんちぇー、おねんねの時間だよー」
「すまないな勇者、我はおねんねの時間だ」
「させるか! キーク!」
「ぐえええええ! 寝込みを襲うとは卑怯なり」
そう、僕は今……保育園に来ている。そして、子ども二人と同時に遊んでいるのだ。
女の子とはおままごとで息子役として遊び、男の子とは僕が魔王で男の子が勇者の戦いごっこをして遊んでいる。
同時にしているせいで、女の子は魔王の母で、魔王はお母さんにねんねされていて、勇者に寝込みを襲われるというカオスなストーリーになってしまった。
これもすべて、零くんの修行を見るため。
相変わらず女の園児に人気な零くん。たくさんのラブレター代わりの積み木や折り紙や粘土を貰っていた。
面白いのが、女の子といえども園児。恐怖は薄いのか、気絶せずに話せていた。
だが体は震えている。
まだ女の子と触れ合うのは無理そうだけど、ここなら成長できそうだと安心した。
「ケントちぇんちぇー、ごはんの時間ですよー」
「また!? まさかの介護士の方が認知症のパターン!?」
「にんちしょう……?」
「あ、なんでもないよ」
「くらえー! まおう! ドリルキークッ」
「ご老体は労わりましょーう!」
そして僕は、男の子に顔面を容赦なく蹴り飛ばされた。
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さて、痛む顔面を撫でながら、僕は山を登る。
どうやら陽向さんの修行場所は山の上らしい。この道を歩いて帰ったというのだから、昨日の疲れは納得できた。
そう、僕は今から陽向さんの修行を見に行く。
お昼に差し掛かり、お腹が鳴ったがとりあえず山を登った。
そして着いた頂上。
道が舗装されていたこともあって、一時間から二時間で着けるレベルだった。
ただし、保育園が宿と陽向さんの修行場所の間にあるので、彼女は毎朝もっと長く歩いていることは念頭に置いておきたい。
足のマッサージでもしてあげるべきかとも思うが、セクハラで訴えられそうなのでやめた。
さて、僕は今、寺の前にいる。
神々しいと表現するのが合っているのかはわからないが、古びた寺、大きな立ち木、そして目を引く若干苔むした仁王像のようなものを見ると、寺が建ってからの歴史を感じられて、格式は高そうだとは言いたくなる。
「あの、すみません」
僕はそーっと寺の中にいた人に声をかけた。その人は僕を見て、こう言う。
「空錠鍵斗様ですね。陽向から話は聞いています」
「あなたは……?」
「私はただの見習いでございます」
その女性はどこか不思議な雰囲気を持っていた。寺の見習いということで、服装も修行着だ。
「あえて名乗るとしたら、陽向の姉弟子でございます。さて、陽向の居場所ですが、今は滝行をしております。裏にある道を進んだ先に滝があるので向かってください。ザバーと言う音が目印です」
「ありがとうございます」
「いえいえ。陽向も頑張っておられますので、是非とも応援してあげてください」
「……はい!」
そして僕は言われるがまま道を進んで、滝が見える場所まで来た。
マジのマジ、テレビの中でしか見ないような、滝を頭から浴びるあの修行をやっていた。
近くには濡れている岩の上に器用に立っている女性がいる。あのガラの悪そうな住職を忘れるはずもない。
陽向さんの師匠だ。
僕は邪魔にならないよう近づいて、その人に声をかけた。
「すみません、空錠鍵斗です。見学のお願いに来ました」
すると彼女は僕をチラッと見て、すぐに視線を陽向さんに戻してこう言う。
「体幹がいいな、筋力もある。それなら注意してれば滑ることは無いだろう。いいぞ、勝手に見てろ」
「ありがとうございます」
僕は頭を下げてから、陽向さんを見る。
彼女は真面目に滝行をしていた。僕が来ていることに気づかないほどに、集中している。
悔しいな、僕は滝行によって得られる効果を知らない。
何のためにしているのかわからなかった。
悩んだ結果、聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥精神で聞いた。
「あの、この修行には何の意味があるんですか?」
すると舌打ちが返ってくる。
「そのくらい調べとけよ」
僕は「うっ」と納得した。
スマホを取り出そうとした時、呆れたように説明してくれる。
「浄化だよ。アイツの中にある何かのな」
「……なにか」
僕はあの、一人称が余になっていた陽向さんを思い出す。あれは、アークリオンに乗っ取られた姿。
つまり、アークを浄化しているのか。
大丈夫なのかな、そんなことして。
心配しながら僕は陽向さんを見つめ続けた。そして終わりの時は来て、陽向さんの師匠がこう言う。
「陽向灯里! 終わりだ! 飯にするぞ!」
「はい!」
陽向さんは元気な返事をした後、滝から抜ける。髪の水分を絞っている姿はやけに色っぽく見えた。
え、てか、ちょっと待て!?
陽向さんは僕を見つけて、笑顔で近づいて来る。僕はびっくりして、陽向さんを見ないように後ろを向こうとした。
「あ」
陽向さんの師匠の間の抜けた声と共に、僕は足を滑らす。
そう、僕は……岩の上にいたのだ。
まったくなんでこんなところで修行を見ているのか、甚だ疑問である。
「鍵斗くーん!」
陽向さんの声と共に、ザバーン! と豪快に僕は滝壺に落ちた。
呆れた顔で僕の服を掴んで持ち上げてくれたのは、陽向さんの師匠。彼女は濡れている岩の上なのに、僕を滑らずに持ち上げた。
一体どうやっているのだろうか、などと思っていると、彼女は僕を投げた。
「え? えええええ!?」
そして乾いた土の上にいた陽向さんが僕をキャッチする。
「大丈夫!?」
心配する陽向さん。でも、ごめん、僕は目を逸らした。
なぜなら……彼女の服が……水で濡れてピッタリくっついていたからだ。
それに気づいた陽向さんは、徐々に顔が赤くなっていき、その顔は今までは見たことないほど真っ赤になった。まるで実ったリンゴのよう。
「……っ! あ、みにゃいで……」
「ごめん……」
幸か不幸か、彼女は下着をつけていない。抱かれていると直で感触が伝わってしまうため、僕はゆっくり離れた。
そして投げられるバスタオル。それは陽向さんの師匠が投げたものだった。
「悪い、配慮が足らなかった」
本当に反省しているのだろうか。適当にそう言った陽向さんの師匠は、ふんっと鼻を鳴らす。
その後、僕と陽向さんは服を着替え、寺に戻る。
初めて着る作務衣という服は、どこか着心地の悪いものだった。慣れたら大丈夫なのだろうが。
そして出されたのは、塩が効いたおにぎり。
それが山ほど積まれていた。
陽向さんの師匠……宮島霊奈さんは、陽向さんの姉弟子である鹿村さんにこんなことを言っていた。
「鹿村、こりゃあ作りすぎだろ」
「いえいえ、陽向はよく食べますよ。それに今日は男の子がいるんですもの、たくさん作りたいものです」
「そうか、まあ、別にいいが」
宮島さんはそう言った。そして鹿村さんがそのおにぎりが積まれた皿を丸机に置き、僕たちは四人でそれを囲む。
食べる前に宮島さんが「一つには功の多少を計り……」なんたらかんたらと呪文のようなものを唱え始めた。そしてそれを言い終えてから、みんなで「いただきます」と言って塩おにぎりを食べる。
米粒一つ残そうと思えないほど、体の芯まで染み渡る味だった。
夢中で食べていると、陽向さんが「んー! おいしー!」と言ってしまう。その後に「あ、声出しちゃった」と続けた。
これは僕でも知っている。寺の修行は確か、食べてる途中は喋ってはいけないのだ。
すると宮島さんはこう返した。
「別に喋ってもいいぞ、仏様も許してくれるだろ」
「……そ、そんなに軽いものなんですか?」
宮島さんは自信満々にこう言う。
「ここはど田舎だ。誰も見てねえよ」
「こ、これが現代か……!!」
僕がそうツッコミを入れると同時に、陽向さんは「んー! おいしー!」と言っていた。
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さて、おにぎりを食べた後、僕は乾かしてもらった服を着てから、寺を後にした。そして向かうのは、穂火ちゃんの修行場所。
山を降りる途中にある道を少し逸れて進むと、人気のない開けた場所に着く。そこには小ぢんまりとした神社があった。
「腰を使え! 力いっぱいに振るな!」
「ひぃぃぃいいい!」
神社では、巻藁を棒で突く穂火ちゃんがいた。僕はゆっくり鳥居をくぐる。
そんな僕を見て、穂火ちゃんの師匠であるツキバアはニヤリと笑ってこう言った。
「やっと来たか、空錠鍵斗」
「はい」
僕は前に進む。練習を休めてホッとする穂火ちゃんを横に、僕はツキバアにこう言った。
「なんでも聞きに来いと言われたので来ました。鬼について、知っていることを教えてください」
そう、僕の修行はもう始まっている。これは、アークロックの仕事としての、鬼退治修行の第一歩。
ツキバアは悪い笑みを浮かべた後、口を開いた……。




