第27話 自分だけの修行
僕の名前は空錠鍵斗。道沿いに置かれたベンチに座りながら黄昏ていた。
黄昏れるような時間じゃないのに、まだ真上に昇っていない太陽から暖かい光を浴びながら、ゆっくり流れていく雲を見つめていた。
まるで、どんぶらこ。
桃太郎ならぬ、雲太郎が産まれてきそうである。
今の季節は夏。暑苦しい季節だが、ここは風が吹いており涼しい。
温暖化により失われた夏が、ここには残っていた。
「……はー」
僕は軽くため息を吐く。その理由は、修行にある。
アークロックは修行をしにこの島に来た。なのに修行を付けてくれるはずだったお婆さんはこんなことを言ってきたのだ。
お前は修行しても強くなれない。
これはつまり、僕はもうレベル99ということなのだ。一言で表すと、レベル限界。
プラネッツを相手に無双できず、ただ対抗できる程度が、僕の才能の限界。
その事実を突きつけられて、酷く落ち込む。
陽向さん、穂火ちゃん、零くんはそれぞれの修行に移った。
なのに僕は、ただゆっくりと空を見つめているだけ。
一体なんのためにこの島に来たのだろうか。
そんな風に思考に耽っていると、声が聞こえた。
「あ、ボール!」
「……?」
ベンチでボーと思考に逃げていた僕の足元に、サッカーボールが転がってくる。優しく足で止めると、彼の声が聞こえてきた。
「返せ! それはオレのボールだぞ!」
「……君は」
そこにいたのは、躍兎という人物だった。彼は小学生で、おそらくよそ者の僕たちを嫌っている。
「はい、どうぞ」
僕は優しくそのボールを返した。すると彼はそれを乱暴に取り、べーっと舌を出しながら僕を拒絶する。
なんとなく気になって、僕は苦笑いしつつこう訊いた。
「なんで一人でサッカーしてるの?」
「うるさい! 独りぼっちじゃない!」
「あはは、独りぼっちなんだ」
「違う! みんな学校で勉強してるから、一人で遊んでいるだけだ!」
「……え? じゃあなんで躍兎くんはここにいるの? 学校は?」
「補習だから、別に行かなくてもいいんだい!」
「絶対嘘でしょ……」
僕は少し横にズレて、ベンチの空いた部分をポンポンと叩いた。躍兎くんは不審そうに僕を見る。
僕はバッグからジュースを取り出して見せる。それを見た躍兎くんは目を輝かせて、横に座ってそれを奪った。
「飲んでいいの!?」
「いいよ、飲みな」
「ありがとう! にいちゃんいい奴だな!」
「うん。無能だけどね」
「無能?」
躍兎くんはジュースを一口飲んだ後、不思議そうにそう訊いてきた。
僕はこう返す。
「僕はここへね、勉強しに来たの。でもね、お前に教えることは何もないって言われちゃった」
「へー。でもいいじゃん、勉強なんてダルいだけだし」
「そうだけど……って、躍兎くん、もしかして怠いからサボってるの?」
「そうだけど、悪いかよ!」
「悪くはないけど……まあ、サボりは楽しいもんね」
僕がそう言うと、躍兎くんは驚いたように、僕に興味を持った。彼は前のめりでこう話してくる。
「にいちゃんもサボったりするの!?」
「するよ。サボって他のことしたりしてる」
「うっそだー、そんなタイプに見えない」
「でも事実だから。わかるよ、サボりの楽しさ」
「へへっ、そっかー。にいちゃんもサボりするのかー」
親近感を覚えたのか、躍兎くんはここまでに見せなかったような子どもらしい溌剌な笑顔を見せる。
でもここは人生の先輩として、軽く釘を刺しておいた。
「でも、学校は行ったほうがいいよ?」
「えー」
僕は不貞腐れる躍兎くんに、こう伝えた。
「友好関係を築くのが一番簡単なのは学校だからね。でもまあ、毎日行けとは言わないよ」
「そうなのか?」
「うん。学校と学校の外、その二つの場所には、別々の楽しさがあるから」
そう言った途端、その自分の言葉が閃きに繋がった。
(そうか、そうだったんだ。与えられた課題をやるだけが人生じゃない。学校の外で見つける、自分で作り出した課題を解くのもまた、人生なんだ)
「だからさ、躍兎くん」
「……?」
「今日は精一杯サボろうぜ! お兄ちゃんと遊ぼう!」
「……いいの!?」
「うん! だけど明日からは補習に行くんだよ〜!」
「へっ! そりゃあ、考えものだな!」
僕は彼からサッカーボールを借りて、パスする。
ここは観光する場所ではない、人気のない道路。
道路でサッカーをするのは悪いことだ。でも、いつまで経ってもルールを守っていたら、失敗を学べないから。
怒られるまではここでサッカーをすることにした。
そして案の定、注意される。僕が「サッカーはやめようか」と言ったら、躍兎くんはこう返してきた。
「へへっ! オレ知ってるんだぜ! 誰にも注意されない場所! 来いよ、にいちゃん!」
「え、連れて行ってくれるの?」
「ああ! そこでサッカーしようぜ!」
「うん! やろう!」
僕はノリノリで躍兎くんについて行く。
そして着いた先は、山奥にある広い空間だった。横には洞窟の入り口があり、気になったが一旦無視してサッカーを続けた。
そして僕らは楽しくサッカーをする。しかしボールが飛んでいき、洞窟の中に入ってしまった。
僕は危ないと感じ「僕が取りに行くから待ってて」と言ったのに、もうすでに躍兎くんは洞窟の中に入っていた。
「もー!」
僕は焦って躍兎くんを追う。
幸い分かれ道はなく、素直に進むことができた。
だけど問題はある。
「……まずいな」
光が見えない。ギリギリ光が届く場所を抜け、僕はスマホのライトを頼りに先に進んだんだ。
なのに、彼は僕の気など知らずに脅かしてくる。
「わっ!」
「……ひゃい!」
突然光の中に入って来た男の顔は、まさに悪魔だった。それに驚いた後、僕はキシシと笑う悪ガキを見る。
そう、そこには躍兎くんがいて、僕は安堵した。
なのに彼は僕の気すら知らず、こんなふうに馬鹿にして来た。
「はははっ! 女の子みたいに驚いてるー!」
「こら! 一人で進むな!」
僕は躍兎くんを叱り、彼の手を握って帰ろうとした。
「ほら、帰るよ」
しかし、その手は動かない。
いや、動かないと形容するのは烏滸がましい。まるで壁。いや、そんなことよりなんだこれ……。なんか、ゴツゴツしている。
その手は、成人男性よりも大きく、そして……屈強だった。
僕は喉を鳴らして、静かにこう言う。
「躍兎くん? 今、手掴んでいるよね?」
「ううん。掴んでねえぜ?」
僕はその言葉を聞いて、急いでライトで横を照らした。
そこにいたのは、悪魔ではない、確かな鬼であった。
目は血走り、眉間にシワを寄せ、その屈強な赤い顔は激昂を表していた。
そんな鬼は、僕を睨む。それを見た僕は反射的に謝った。
「……っ! ごめんなさ」
でも、体は別の行動を取っていた。
それは、戦士の本能。
僕の体は急いで空間に穴を開け、キーハートを取り出す。そして鬼の拳を受け止めた。
「……がはっ!」
その衝撃は凄まじく、僕は壁まで吹き飛ばされる。
急いで彼にこう言った。
「躍兎くん! 逃げろ!」
「あ、ああ……」
でも、躍兎くんは逃げない。仕方がないか、鬼を見てしまったのだから。その光で照らされた鬼を見た躍兎くんの足は、もはや動かない。
僕は急いでバッグから身体能力強化の鍵を取り出して、体に挿して回した。
上がった身体能力で躍兎くんを抱っこし、急いで洞窟を出ようと走った。
一本道なのが幸いし、一度来た道のため暗いままでも進むことができた。
そして外に出て、僕は思考を巡らす。
(どうなっている、あれはなんだ!? 鬼!? アークリオン!? てことはプラネッツがいる? いや、それなら師匠が何かを言うはずだ。ならばなんだ!?)
「……っ!」
しかし考えている場合ではない。僕は躍兎くんにこう伝えた。
「躍兎くん、逃げられるよね?」
「に、にいちゃんはどうするんだよ……!!」
「スマホを忘れた! あんな高いもの! 鬼に奪われてたまるか!」
僕は躍兎くんにそう言い残して、再び洞窟の中に入った。
そして光を見つける。
急いでスマホを回収して周囲を照らしたが、何もいなかった。
幻覚かと思ったさ。だが、この胴体に残る確かな痛みは、それを否定する。
「……っ!」
モヤモヤする気持ちのまま、僕はとりあえず洞窟を出た。
そして逃げていなかった躍兎くんを見つける。
僕は震える彼を見て、少しぶっきらぼうであったと反省した。
まだ子どもなんだ。いや、子どもでなくても、怪物を見慣れていない人なら、鬼を見てしまったら、誰だって一人になりたいとは思わない。
僕は一呼吸おいて、優しく躍兎くんの肩に手を置いて、こう言ったんだ。
「震えなくても大丈夫だ、オレがいる。オレが守るから」
精一杯の優しさであったが、彼はそんな僕の声も聞かずにこう言った。
どうやら、躍兎くんの震えはそこじゃなかったようだ。
「鬼は、鬼は……悪者じゃない」
「……?」
その一言は僕の心に引っかかった。でも、もう時間も時間だったので、その震える躍兎くんをどうにか宥めて、僕は彼と下山した。
そして、落ち着いた躍兎くんにこう言う。
「とりあえず、今日のことは親に話してね」
気分を取り戻した彼は、いつも通りの声色でこう返してきた。
「はっ! 親は信じてくれねえよ。鬼をただの金儲けの道具と思ってるからな」
そんな彼に、僕はゆっくりとこう伝える。
「……そうかもしれないけど、一応ね」
「嫌だ!」
それでも拒絶するので、僕は首を傾げた。
「なんで……」
「だって……山には行くなって言われてるもん」
「……な!?」
予想外の一言に面食らう。
当たり前だが、責任は僕にあるだろう。
「……てことは、僕も怒られるかな?」
「おう!」
「……」
僕はそこまでできた人間じゃない。だからこそ、こう言ったんだ。
「じゃあ、黙ってようか」
「おう!」
そして躍兎くんは「じゃあなー!」と言いながら帰って行く。まったく強い男の子だ。震えていたのが嘘のよう。
僕は静かに家に帰る。今は夕方。
スマホを見ても、まだ修行が終わるまで一時間あった。
先に家に着いた僕は、みんなの帰りを待つ間、一人で部屋に戻る。
そして、一つのアタッシュケースを見つけた。
「……なにこれ!?」
そこに置かれた手紙は、師匠からのもの。読むとこんなことが書いてあった。
鍵斗、修行の際、鍵を必要とする場面が出るだろう。いつものように、私がすぐに渡せない状況。だからここに残す。配分を考えて大事に使えよ。
シーラより
「……」
僕はそれを読んで、アタッシュケースを開ける。そこには、
身体能力強化の鍵が五本、壁走りの鍵が二本、跳躍の鍵が二本、疾走の鍵が三本、剛力の鍵が二本、耐久の鍵が二本、感覚強化の鍵が四本、計二十本の基礎鍵があった。
基礎鍵はパッシブ系のスキルを僕に与える、基礎となる力。
僕はアークを封じたアークの鍵は作れるが、基礎鍵は師匠にしか作れない。
ゆえの、予想外の基礎鍵の入手に、僕は驚いた。
「まさか、この状況を読んでいた?」
僕は苦笑いしながらそう言う。
まったく大変な修行だ。
課題を見つけ、乗り越えて行く。これが僕に与えられた修行だなんて。
でも、それを超えることを望まれている。
それがこの手紙から伝わって、まだ見捨てられてないんだって思えて、なんだか嬉しくて涙を流してしまった。
与えられた課題じゃない。外で自分で見つけた課題。
僕はそれに挑んでいく。
『鍵斗がアークロックのリーダーなんだ、守ってやれよ』
別れ際の師匠の言葉を思い出し、僕は前を向いた。
「そうだな、僕はリーダーだから。自分の修行だけが全てじゃないんだ」
謎の鬼、謎の洞窟、まだ不明瞭なものが多いこの状況。
僕は二つの目標を立てた。一つはリーダーとして成長すること。もう一つは、鬼について調べ、それについて解明し、アークロックとしての状況解決能力の成長をすることだ。
考えて、答えを出して、実行して、結果を出す。こんなの、毎日やってるんだ。
変わらなくていい、ただ、アークロックとして幸せを守ればいいんだ。
そのために、みんなを支えて、前に進ませる。そんなリーダーとしての修行をする。
僕は玄関のチャイムの音を聞いて、急いで彼女たちを家に入れた。そしてこう言う。
「お願いがあります!」
「……おっと、なんだい!?」
修行で疲れているはずの陽向さんは、僕の声を聞いてそう言った。
そんな彼女たちに、僕はこう伝える。
これが僕の修行、僕が考えた、一つ目の学びだ。
「みんなの修行風景、明日、見に行ってもいい!?」
「……え、ええー!?」
修行一日目は、このくらいで終わったけど、二日目からは、確実な学びを得ようと、僕は動いた。
これが僕の修行。
みんなの成長度合いの確認と、鬼について調べること。
明日から始まるぞ、僕の……修行編が!!




