第26話 修行開始!
「さあ、お前たち。明日から修行が始まる。これはそんなお前たちへ向けた私からのプレゼントだ」
僕の目の前に広がるのは、色とりどりの海鮮であった。
豪華に並べられた海鮮の皿の横に、寿司、揚げ物、果物などが一つの皿に盛り付けられている皿鉢という料理が並んだ。
僕はふと思い出す。師匠が僕たちに向けて「海鮮は食べれるか」と、今日の朝、車で聞いていたのを。
全会一致で食べられるという答えだったので、問題は無いだろう。
特に陽向さんが目を輝かせており、彼女はすぐに席に座って僕たちを急かした。
僕は言われるがままに座り、アークロックのメンバーと師匠の五人で食卓を囲む。
「いただきます!」
そして食事を始めた。
僕は海鮮を取って取り皿に乗せる。醤油を付けて食べてみた。ここは島だからか、とんでもなく新鮮な魚を食べている気がする。
残念ながら僕は神の舌を持っているわけではないため、詳しい違いはわからなかった。
さて、そんな食事中だが、師匠が聞き捨てならないことを言ってきた。
「明日からは自分たちで作るんだからな、今のうちに豪華な飯は食べておけ」
僕の箸を動かす手はぴたりと止まる。
どうやら、明日からは忙しくなりそうだ。
僕はそう思いながら、皿鉢のエビフライを取って、食べた。
そして夜。
お風呂に入り終え、寝る準備ができた時間。みんなは海で遊んで疲れたのか、すぐに寝てしまった。
だが僕だけは呼び出され、帰りの支度を済ませた師匠に玄関でこう言われる。
「一週間、私は鍵斗たちのフォローができない。鍵斗がアークロックのリーダーなんだ、私の代わりに、みんなを守ってやれよ」
そんな親みたいなことを言われたので、僕はみんなの前ではやらない、師匠との会話をした。
「師匠こそ、僕がいないからって夜ご飯ゼリーで終わらせないでくださいね」
「ははっ、大丈夫だ。鍵斗が作ってくれた作り置きがあるだろう」
「まあ……」
「だから私の心配はするな。明日からはおそらく大変になるだろう。頑張れよ、鍵斗」
「……」
その、師匠からの激励は、僕の心にじんわりと響いた。いつも言われているような言葉なのに、リーダーという責任のせいか、初めて受け止めたような気さえする。
僕は素直に返すのが恥ずかしくて、師匠の心配をしてしまった。
「作り置き三日分しか無いんで、ちゃんとお弁当買ってくださいね」
「ああ、了解だ」
そして師匠はドアを開ける。最後にこう会話して、別れた。
「またな、鍵斗」
「はい、行ってきます」
バタンと音を鳴らしながら閉まる扉。不思議と閉塞感を覚える。
始めて来た島で、僕らは学生だけで残された。
少しワクワクするけど、心配にもなる展開。でも、別れ際の師匠の微笑むような表情を見たから、何事もなく修行を終わらせようと思えた。
僕は、みんなの眠りを覚まさないように優しく階段を上り、自室に戻る。そして、明日の目覚ましのアラームを準備した後、寝た。
バカンスはもう終わり。明日から始まるんだ、修行ってやつが。
□■□■□
「……おはよう」
「おはよう! 鍵斗くん!」
突然ですが、自己紹介です! 私は陽向灯里。現在私は、鍵斗くんを優しく起こしました。
「……え、え!? なんで陽向さんが!?」
鍵斗くんの顔はみるみる内に赤くなっていきます。それもそのはずでしょう! 考えてみれば、異性が寝ている間に部屋に入って来て、顔を近づけていたら、誰だって赤面する。
私はそれに気づき、急いで訂正した。
「ち、違うよ!? やましいことはしていません! 私は知らない場所で起きたのが怖くて、鍵斗くんに会いたかっただけなの」
「……そ、そうですか。とりあえず、寝癖とか見られるの恥ずかしいから後ろ向いて」
「は、はい」
私は言われるがまま、鍵斗くんに背中を見せた。チラッと振り返ると、肌が見えたので急いで目を逸らす。
寝ぼけているのだろうか、それともお馬鹿さんなのだろうか。
先ほどから服がすれる音が聞こえる。
そう、鍵斗くんは私の後ろで着替えていた。
何をしているのだろうか。
「……」
いくら男の子の裸を見てもなんとも思わないタイプだとはいえ、赤面くらいはします。
私はドキドキと跳ねる心臓を抑えながら、そっと後ろを覗いてみた。
「待たせてごめんね、陽向さん」
はい、着替えは終わっていましたよ。私は安堵して、こう返す。
「もー! 女の子がいるのに着替えるのはやばいよー!」
「……た、確かに!?」
鍵斗くんは寝ぼけていたようだ。彼は急に赤くなりながら、焦っていた。
思えば全て、勝手に部屋に入った私が悪いのだが、謝る鍵斗くんを見てまあいいかと思えた。
私は「ごめんよ」と言い続ける鍵斗くんに「いいよ、別に」と返しながら一緒に部屋を出る。偶然にも、ピンク色のパジャマを着た穂火ちゃんがそこにはいた。私たちを見た穂火ちゃんは赤面しながら、なぜかこう言った。
「い、一緒の部屋から出てきた!? あ、あうう……」
そして零くんのように気絶してしまう。横で「ち、違うよ!?」と焦っている鍵斗くんを他所に、私は穂火ちゃんの頬を優しく叩く。
目覚めた穂火ちゃんはボソボソと何かを言っていたが、私は強引に笑顔を浮かべ、二人を連れてリビングに向かった。
まだ朝の八時。修行が始まるのは九時からなので、一時間の余裕があった。
私はみんなと朝ごはんを食べた後、お風呂に入る。服を着替えて、準備万端で九時を迎えた。起きるのが遅かった零くんも起きたようで、みんな揃ってシーラさんが手配した人を待つことができた。
そしてついに九時、時間ぴったりに玄関のチャイムがなった。私はすぐに立ち上がって行こうとしたら、ドロンと煙と共にお婆さんが現れる。
「良い反射神経じゃ。流石はシーラんところのガキじゃな」
「どわっと!?」
驚いた私とは裏腹に、鍵斗くんは落ち着いてこんなことを訊いていた。
「あなたが……?」
「うむ。ワシこそがお前たちの師範となる者たちを管理する、月江満夜じゃ。まあ、ツキバアとでも呼べ」
「つ、ツキバアさん……」
私はそう呟く。そして気づき、こう続けた。
「待って? 管理する?」
「よく気付いた。ほら、出てやりなさい。ずっとドアの前で待っているぞ、彼女らは」
「ええ!? ドロンしてくれないんですか!?」
私は急いで玄関に向かい、ドアを開ける。そこにいたのは、怒りにより血管を浮かばせている、袈裟を着た女の人。いや、それだけじゃない。
なぜかその後ろにはエプロンを付けたお姉さんたちがいる。
そして最後には、この島の管理者、その妻である、桃木さんがいた。
大所帯と思いながら、私は彼女たちを部屋に通す。
そして、彼女たちはリビングに集まり、私たちの前に立った。ツキバアはこう言い始める。
「お前たちには、シーラから渡された情報をもとに適した修行を受けてもらう。まず、山田穂火!」
「え、は、はいっ!」
「お前は私が師匠じゃ」
「……!?」
穂火ちゃんの師匠となるのは、多分一番強そうな、ツキバアさん。私はドキドキしながら、次の言葉を待つ。
「山田穂火、お前には巫女としての修行を積んでもらう。そして水沢零!」
「はい! は、はぃ……?」
零くんの前に立つのは、三人のお姉さん。年は三十路あたりだろうか。彼女たちは頬に手を当てたり、胸の前に手を持って行ったりして、零くんをうっとりと見つめていた。
「あらあら、いい男の子ね」
「一緒に働くのが楽しみ」
「こら、あんたら既婚者でしょ!? そんな顔しちゃダメ」
エプロン姿のその人たちは、零くんを囲む。零くんの身長が百八十を超えているからまだマシだが、背が低ければ目も当てられない程のプレッシャーだ。
そんな零くんへ、ツキバアは言った。
「お前はまず、人を守るという意識を持つ必要がある。五日間、保育園で働き子どもと接するのじゃ! そして最後に! 陽向灯里!」
「は、はいっ!」
「ちっ!」
私が返事したと同時に、舌打ちが聞こえる。袈裟を着た、怖そうなお姉さんは私を睨んだ。
「お前は寺で静の心を学んでもらう。アークを掴む修行じゃ」
「……! はい!」
私はその明確な目標にワクワクしつつ、ツキバアの「終わりじゃ」という言葉に違和感を覚えた。
そして気づく。
「鍵斗くんは……?」
「あの、僕の修行はなんなんですか?」
鍵斗くんは前に出てそう訊いた。しかしツキバアさんは、突き放すようにこう言う。
「無い。空錠鍵斗、お前の実力はもう頭打ちだ。修行しても意味はない」
そしてツキバアは「では、修行に移る。陽向灯里は宮島霊奈と寺、水沢零は保育園に職員と共に向かえ。山田穂火はワシと共に動くぞ。ワシは腹が減った、まずは腹ごしらえだ」と言ってこの場を去ろうとした。
私はどうしても我慢できなくなり、こう言った。
「ダメです! 私は、鍵斗くんを残してはいけない。なぜ修行が無いなんて言うんですか!?」
するとツキバアは呆れたようにため息を吐いて、こう言ったんだ。
「意味がないからだ……私たちの修行はな。結論から言う、好きにしろ。空錠鍵斗、お前は私たちでは強くできない。自分で課題を考えて、自分で乗り越えろ。軽いアドバイスはくれてやる、なんでも聞きに来い、以上だ」
「……っ!」
私は鍵斗くんを見た。でも彼は強くて、微笑みながら私に向けて親指を立てて見せたのだ。
本当に、強がりなんだから。
私は「困ったら、なんでも相談して」と言い残して家を出た。これ以上は、宮島さんに怒られそうだったから。
一人だけ家に残った鍵斗くんのことを考えながら、私は寺に向かう。道中の会話は無く、山を登った先で私は作務衣という服を渡されて、それに着替えた。
そしてフローリングの上に座って、悶々と鍵斗くんのことを考えた。
「かっー!」
しかしそれが悪かったのか、警策で肩を叩かれる。
「ぎゃああああああああ!」
「うるさい! 黙れ! 心を鎮めろ、これはその訓練だ!」
「ううっ」
私は思考に逃げすぎていた。考えている間に修行は始まり、私は坐禅をさせられていた。
なぜ、こんなことをしなければならないのか。
ううっ。
地獄の修行が始まりました。
鍵斗くん……意外と何もしないのと同じくらい、こっちも大変かもです。
「かっー! 邪念! 邪念! 鎮めるべしー!」
「うぎー! 痛いいいいいいい!!」
私は、叫びまくって喉を枯らした。




