第25話 ダークネスな乙女心
改めまして、自己紹介を!
私の名前は陽向灯里。
そして今は、海にいます。
「海、来たー!」
アークロックのメンバーが四人揃い、ようやく海で遊べます。
ここまですごく長かった。
私がどれだけ待ったことか。
私たちは焼きそばを食べた後、満を持して海を前にする。
そして、私たちは四人でジャンプして、同時に海へダイブしたのだった。
「いーやっほー!」
アークロックの海編が、今から始まります。
□■□■□
海で泳ぐ、これは想像以上に体力を消費するもので、僕は疲れに襲われながら、穂火さんの浮き輪を押していた。
「う、うぉぉぉお! 泳げてる、泳げてますよっ!」
「そうだね」
浮き輪に支えられながら、僕に押されて必死にバタバタと足を動かすカナヅチな穂火さん。
本来なら、後輩の女の子とこうやって遊ぶのは一種のデートイベントのはずなのに、ちっともドキドキしない。
不思議と、自分の子どものお世話をしているような気分になっていた。
「穂火さん、もっと奥に行ってみる?」
「むむむ、無理ですっ! 戻して、陸に戻してー!」
「ちょっ! ひっついて来ないで!」
海の恐ろしさにやられ、穂火さんは僕に抱きついてくる。浮き輪が僕の体を押すから、浮き輪から手が離れそうになった。
「離さないで! やだ! 溺れます!」
「だ、大丈夫! 浮き輪してるから大丈夫だよ。って、はああああ!?」
穂火さんは浮き輪に腕をかけずに海へ沈んで行った。
僕は焦ってそれを救出する。考えていたよりも、人一人を引っ張り上げるのは筋肉が必要だった。張り裂けるような思いをしながら、穂火さんを浮き輪に戻す。
流石に疲れたので、彼女を連れて砂浜に戻った。
「ご、ごめんなさい」
「ううん、生きててよかったよ」
僕はパラソルの下で気絶している零くんを指差した。
先ほど、ビーチを眺めた彼はあまりの女性の数、そして女性の水着姿に驚き、痙攣しながら気絶したのだ。
なので寝かせている。
そんな彼の横で休むように穂火さんに言った。彼女は頷き、僕と一緒にパラソルの下に入った。
そこで、軽く感謝される。
「ありがとうございます、先輩」
「いいよ、穂火さんが無事でよかった」
すると彼女は、不思議そうにこう訊いてきた。
「そういえば鍵斗先輩って私のこと、穂火さんって言いますよね? 前まで穂火ちゃんって呼んでたのに」
僕は弱いところを指摘されて、ビクッと震える。そして申し訳なく思いならこう返した。
「ほら、距離感近いかなって」
「そ、そんな理由ですか?」
「うん」
僕がそう言うと、彼女はんふふと堪えるように笑った。
「先輩、ちゃん付けでいいですよ。穂火さんって距離を感じます」
「で、でも! 昨今はちゃん付けはハラスメントになってしまう……!! アークロックはブラックじゃないので!」
「……も、もしかして私がブラック企業って言ったの根に持ってます? もういいですよ、気にしてません」
「そうなの?」
「はい」
「そっか、じゃあ、穂火ちゃんって呼ぶね」
「えへへ、はい!」
不思議と今日の穂火ちゃんはグイグイ来る。さりげなく、いつもは空錠先輩呼びなのに、今は鍵斗先輩呼びになっているしな。
なぜかと思い、その理由を訊いてみた。
すると、こう返ってくる。
「わたし、今日は少しだけ……光属性なんです」
僕は……なんとなく納得した。
□■□■□
「さあ、こおおおおおおい!!」
現在、僕は大声で叫ぶ陽向さんの横でレシーブの準備をしている。
何故、こうなったのか。
それは数十分前に遡る。
穂火ちゃんの横で休んでいた僕のもとへ、初対面の人たちと仲良くなってどうにも話しかけにくくなっていた陽向さんが帰ってくる。
するとこんな挑戦を同時に持って来たのだ。
「鍵斗くん! ビーチバレー大会! 参加しよっ!」
目をキラキラと輝かせる彼女の希望を断れずに、僕は納得してしまう。
そして参加し、見事決勝まで勝ち進めたのだ。
僕の『鍵使い』としての仕事で鍛えた身体能力もその一因だが、思っていた以上に陽向さんが強かった。
忘れていたが、彼女は文武両道の美少女なのだ。
跳躍力、反射神経、脱力、何に至るまで、美しいと言えるほどの能力であった。
「へいへーい! よろしくだぜ〜!」
あの性格を除けば、完璧美少女だろう。
というか、ネットを挟んだ奥にいる人って、更衣室の外国人じゃないか。
グタグタな説明をしてしまったことを思い出して、恥ずかしくなる。気づかれないように顔を手で隠したが、バレた。
「Hey, boy! Thanks for earlier!」
そんな風に声をかけられたが、なんて言っているのかわからない。
そう思っていると、陽向さんがこう返した。
「Do you know each other? What happened?」
「……!?」
突然陽向さんが英語で話し始めた。すまない、なんて言っているのかマジでわからない。
その後も謎の会話が続き、満足したのか二人は笑顔で離れた。
「“He helped me out in the locker room earlier.」
「Oh, I see. I’m happy that my teammate was useful to you!」
そんな会話を終えて帰ってきた陽向さんに、僕は訊いた。
「何話してたの?」
「鍵斗くんが優しいって話してた」
「な、なにそれ……」
「あ、始まるよ!」
そして、現在に至る。僕はレシーブの準備をした。
「さあ、こおおおおおおい!!」
陽向さんのその大声が火蓋となり、試合は始まる。
そして、決着した!!!
「うぎゃー! 負けたー!」
「やっぱり外国人は強いね」
「のんのん! あの人が強い。あの屈強な筋肉、惚れ惚れするよ!」
「……え」
じーっと表情を動かさずに外国人の男の筋肉を見つめる陽向さん。それが胸をチクリと刺すように嫌で、僕は拗ねて女の人を見た。
外国人、おそらくアメリカから来たであろう女性の観光客はグラマラスで魅力的だった。
……って、虚しいことはやめよう。
じっと陽向さんを見ていると、彼女は何かを察したのか「でも日本の筋肉もいいよね〜」と言いながら急に僕の腹筋を触ってきた。
「うひゃい!」
「ふふふ、このうっすらと割れている腹筋、いいね〜」
「や、やめろぉ!」
僕は陽向さんから急いで離れる。ふと外国人の二人を見ると、彼らは笑っていた。
僕は恥ずかしくなり、この試合の管理者に先に進めるように言う。
決勝戦は敗北したが、準優勝はできたのでまあ満足した。
でも、ほんの少しだけ悔しかったので、帰ったら筋トレしようと決めた。
■□■□■
夕方。私はダークネス山田に戻っていた。
陽向先輩から貰った光の残穢は私の闇の炎がチリチリと焼き尽くし、もはや欠片すら残っていない。
元々私はインドアなのだろう。こうやって気絶している水沢の横で、パラソルの影に隠れながらゆっくりしていたらいつの間にか夕方になっていた。
ビーチバレー大会で準優勝した先輩たちは、賞品の商品券でジュースを買ってきてくれて、私たちにくれた。
その後は陽向先輩と少し泳いだりしたが、泳げないこともあり、すぐに体力が尽きてこうやって休んでいた。
先輩たちは二人で遊んでいる。傍から見たら、恋人にしか見えなかった。
私はふと、横で寝転んでいる水沢のおでこを指で軽く弾き、呆れ顔でこう言った。
「いつまで寝てんだ」
すると水沢は目を覚まして、私はなんだが申し訳ない気分でオドオドした。
すると水沢は「夕方? 嘘だろ、先輩と遊ぼうと思っていたのに……」と後悔していた。
流石に可哀想に思い、私は「大丈夫だよ、まだ時間ある」と伝える。なのに奴は驚いたようにこう言ったんだ。
「ひいっ! 女子!」
私はそれに傷ついた。
理由もなく拒否されるというのは、案外心に響くものだ。特に、異性からのそれは。
でも、私はそれに傷ついたんじゃない。
いつまで経っても、私を山田穂火ではなく、ありきたりな女子の一人としてしか認識してないことに傷ついた。
遠くから見ていたからわかる。水沢は少しずつ陽向先輩に心を開きかけている。
なのに私は置いてけぼり。
だから、私は鬱憤をぶつけたんだ。悪いが、今の私は闇属性、遠慮なんかしない。
「酷いね。そうやって、私を拒絶するんだ。同じ、アークロックの仲間なのに」
「……っ! それは……」
「私は、女子としてじゃなく、仲間として、穂火として見られたぃ……ぎゃああああああああ!!!」
「……!?」
漆黒のダークネスペインッ! 突然にして私の足先に痛みが走り、私は悶絶してしまう。
足の先を見てみると、そこにはとんでもなく強そうなハサミで私の親指を掴む蟹がいた。
「い、痛い……」
そう言うのが限界で、私は動けなかった。
だから、水沢に助けを求めたんだ。
「助けて、水沢……」
「……あ」
彼は、女の子に触れられない。近づかれるだけで気絶するのだから当然だ。
でも、私は……女じゃなくて、仲間として見られたかった。だから、少し強引に迫る。
彼は、怯えていた。
瞳孔は震え、唇は痙攣する。腕は迷っているのかフワフワと動き、「あ、あ」と呟くのみ。
これ以上無理させるのは申し訳ないと思い、私はそれを止めようとした。
でも、彼の勇気を見て止まったんだ。
「ごめん。僕は、君の気持ちを考えていなかった」
ゆっくりと、震えながらも進む彼の手は、蟹に触れる。
引っ張ったら私が痛がるのを察して、私の足に優しく触れて、蟹のハサミをゆっくり離してくれた。
「海へお帰り」
そう言って、彼は蟹を逃がす。私はそれを見た後、ゆっくり座り直した。
体育座りで、髪を使って顔を隠しながら。
イケメンは苦手だ。でも、そっか、私も水沢のことを、男としてしか見ていなかったんだな。
「水沢」
「……な、なんだよ」
「ありがとう」
視線を合わさないなんてレベルじゃない。私は顔すら見せずにそう言った。
なのに、彼は優しくこう返してくれたんだ。
「……いいよ。仲間だろ?」
「うん」
今日の私は光属性。でも、やっぱり私は闇属性だから。
私は私のままで頑張ろうと思えた。
そして、海編は終わる。
私たちは先輩たちと合流した後、後片付けをして、シャワーを浴びて、更衣室に向かった。
陽向先輩と話しながら着替えて、そして男子たちと合流する。
その後、帰路に着いた。
振り返って見たビーチは夕焼けに照らされている。
最悪な記憶から始まる海での思い出は、最高の記憶で幕を閉じた。
私はそっと微笑み、アークロックに感謝する。
合宿はまだ始まったばかりだけど、楽しいって心の底から思えた。




