第21話 桜のヘアピン
お寿司の余韻がまだ続く。昨日は幸せだったと喜びを噛み締めながら、僕はベッドから降りた。
僕の名前は空錠鍵斗。『鍵使い』である。
なんて自己紹介も、格好つかなければ意味がない。僕はお腹をかきながら、欠伸をする。
今日、学校はない。なぜなら夏休みだからである。
そんな夏休みが始まってから、十四日が経っていた。
四十日ある夏休みは、まだ半分も終わっていない。
僕は自室を出て、横の部屋で寝ている師匠を起こした。
「起きてください。何か用事があるんでしょ?」
「……んが? もう朝か?」
「朝ですよ」
僕は師匠の体を強引に引っ張りながらベッドから剥がす。
ふふふ、剥がすのは得意だ。何回アークリオンと人を分離させていると思っている。
「さあ、行きますよ」
「うん」
僕は目を擦りながら眠そうに欠伸する師匠の手を引く。まったく、寝起きは大人しいのだこの人は。
そして机に座らせて、昨日の夜に作り置きしておいた焼きそばを出す。僕らはそのタッパーに入った焼きそばを食べる。
そう、これが僕の日常。親が事故で死んでから、シーラの家に居候させてもらっている。色々学ばせてもらってるから、本人の要望もあって僕はシーラさんのことを師匠と呼ぶのだ。
焼きそばをすぐに食べた師匠は「ありがとう、じゃあ出かける準備にはいるよ」と言って、洗面所を占領した。
特に用事もない僕は、ゆっくりと焼きそばを食べる。ソースの味が口いっぱいに広がった。
陽向さんに音速と言われた僕だが、家では安心できるからゆっくり食べる。それに、こうやって穏やかに過ごすのもいいものだと、最近知れたから。
僕はスマホでヌーチューブを開き、動画を見る。
行儀が悪いなんて言うなよ、今は僕一人しかいないんだから。
そんなふうにダラダラしていると、師匠は準備ができたようで、やけにピシッとしたスーツ姿で玄関に向かっていた。
僕も玄関に向かい、黒いヒールを履いていた師匠を見つめる。彼女はこう言って家を出た。
「行ってきます」
「行ってらっしゃいです」
そして僕は、一人になった家でスマホの時計を見る。
現在時刻、六時五分。
早朝も早朝。凄まじい眠気に襲われながら、せっかく起きたのだから何かしたいと考える。
僕は空間からキーハートを取り出して、布で磨き始めた。こういう時、何をしたらいいのかわからない。ゆえに、何かしなければという気持ちでとりあえずキーハートを磨いてしまうのだ。
「……!」
そこに、スマホにメッセージが届く。見るとそれは、陽向さんからだった。
内容はこうだ。
『朝からごめんね! 今日、暇? よかったら出かけない?』
僕はそれを見て、キーハートを磨く手を止める。そして耳を赤くしてこう言った。
「は、はあ!?」
□■□■□
「やほやほ〜! やほのすけ!」
「やほのすけって何……?」
現在時刻、十二時。僕は陽向さんと合流した。
彼女の服はいつもとは違い、桃色のフワフワとした服にヒラヒラの白いスカートを着ていた。そして髪はウェーブヘアで、その長い髪が際立つ。
僕はつい「可愛い服着てるね」と言ってしまった。
すると陽向さんは嬉しそうにくるっと回り、こう言う。
「でしょー! 今日はふわふわがテーマ。髪もお嬢様みたいに巻いてきたんだよ〜」
「うん、凄くお姫様だと思います」
「な、なんか言わせてる感……まあいいや! 今日は本当にありがとうね!」
「いいよ、暇だったから」
「それはよかった。でね! 今日行きたいのはここ!」
「……?」
僕は陽向さんのスマホを見た。そこには、大きなハンバーガーが映っていた。
陽向さんはヨダレを垂らしながらウヘヘと笑いこう続ける。
「美味しそうだよね〜、うう、お腹が鳴るよ」
僕は何も考えずにこう言ってしまう。
「ハンバーガー。女子ってパンケーキとかが好きだと思ってた」
言ってから気づく。ああ、失言であったと。
なぜなら、陽向さんは今の一言に傷ついたのか、笑いを止めたのだ。
そして申し訳なさそうに「ごめんね」と言ってきた。僕は焦って「全然! 美味しそう!」と、無理にフォローする。
それでも上手く行ったのは、陽向さんのコミュ力のおかげだろう。
「そうか、そうか。それならよかった! じゃあ行こうぜ、相棒ー!」
「うん!」
陽向さんは再び笑顔になる。そしてハンバーガー屋に辿り着き、僕は真実を知ることとなる。
陽向さんは店員さんにこう言った。
「ラブラブハンバーガー、カップル割りで」
「か、かっぷ!?」
「カップルでしょ〜」
照れる僕に、陽向さんはイタズラな笑顔を浮かべてそう言ってくる。
店員さんが舌打ちした。
ラブラブするなよと言われている気がする。
ちくしょう! だったらカップル割りとかするなよ! てか、ハンバーガーをカップルで食いにくるやつなかなかいないだろ!……たぶん。
僕はやけにオシャレな内装を見る。ここはジャンクフードという場所ではなく、カフェのような見た目だった。だが出されるのはチーズたっぷりのハンバーガー。
僕はハンバーガーとポテトとドリンクが乗ったトレイを受け取り、二階に行って端っこの席に座る。一つの机を挟んで前に陽向さんが座った。
彼女はこう言う。
「ごめんね、カップル限定でさ、この商品」
「いいよ。美味しそう」
「それはよかった!」
ふと気づいたのか、陽向さんは二つのストローが繋がったハートのストローを見せてくる。これは、一つの飲み物を二人で飲めるようにするためのものだ。
「これついて来たけど、使う?」
陽向さんはニヤニヤとこちらの様子を伺っている。僕は熱くなる顔を必死に隠しながら、かぶりを振った。
「そっかー、残念。でも美味しそう!」
陽向さんは目を輝かせて「いただきます!」と言った。そしてハンバーガーを豪快に食べる。
僕はそんな姿を見て微笑んだ。
そんな僕に、陽向さんは照れてこう言う。
「変だよね、女の子なのに」
僕は陽向さんに、当たり前のようにこう伝えた。
「そうだね」
「え……!?」
まさかの返答だったのか、陽向さんの動きは止まる。そんな彼女に、僕はこう伝え続けた。
「大きな口を開けてハンバーガーを食べる。普通は小さな口で食べそうだし、そもそもハンバーガーじゃなくてパンケーキとか食べそうなものだし」
「あ、あははー! そうだよね」
僕はその陽向さんがよくする無理なから元気の笑いをぶった斬るようにこう続けた。
「でもそれが陽向さんだから。そう言うところも良いと思う。そういうのがアークロックだし」
「……そ、そっか」
ポカーンと僕を見つめる陽向さん。頬にチーズが付いているのが見えた。でも、恋人でもないから取らずに無視する。
そんな陽向さんは我慢できなかったのか、笑いだしてこう言った。
「ははっ! そっか、そっか! そっかー! はははっ!」
そして、ハンバーガーをもう一口食べた。彼女は美味しそうにその一口を噛み締める。
そして飲み込んだ後、こう言った。
「ありがとう、鍵斗くん。やっぱり最高の相棒だよ」
「……そう? ありがとう」
内心、心臓バクバク。自分でも言いたいことがまとまらなくて、何を言ったのかよくわからない。
ちゃんと、そんな陽向さんが好きだと伝えられただろうか。
僕は不安になりながらも、ポテトを食べた。
ドキドキしながら食べたポテトは、よくわからない味であった。
こんな状況で、味なんて感じられない。
それでも不思議と、満足できる食事であった。
そんな食事を完食し、僕たちはハンバーガー屋を出る。ここは商店街、たくさんの人が歩いているのが見えた。
そんな中で、陽向さんは言う。
「美味しかったねー」
「だね」
「帰る?」
「うん、帰ろう」
「そっか、了解」
期待外れの返答だったのか、陽向さんは静かにそう言った。
そして僕らは帰路につく。僕はなんだかもどかしい気分のまま、歩いていた。そこで、陽向さんは言う。
「てか、思えば私たち、初めてお出かけしたね〜」
「回転寿司いったじゃん」
「あれはみんなででしょ? 二人だけでってこと」
そう言われると変に意識してしまって、なんて返せば良いのかわからなくなる。僕は適当に近くの店を見た。
なんとなく、これで終わるのが嫌で、僕はある商品を外から見つける。
それに気づいた陽向さんは「何か良いものでもあった?」と訊いてきた。
トコトコと僕はその店に近づいた。陽向さんは不思議そうに僕についてくる。ここは、アクセサリーの店だった。
陽向さんは色とりどりのアクセサリーを見て、目を輝かせる。
「おおー、可愛いのがいっぱい。おお! これとか良いね」
陽向さんが指差したのは、桜のヘアピン。僕は少し考えた後、それを手に取った。
「え、何? 鍵斗くんまさかのヘアピンデビュー?」
ニヤニヤとそう言う陽向さん。僕は「秘密」とだけ言って、それを買った。
そしてその商品が入った紙袋を陽向さんに渡した。
「え、え!? ど、どういうこと?」
僕は照れていた。でも、多分顔に出ていないのだろう。いつもの声の抑揚でこう言った。
「思えば、お礼してなかったから。穂火さんの時も、零くんの時も、僕をリーダーに推してくれた時も、全部陽向さんに助けられていた。だから、そのお礼。ありがとう、相棒」
どうやら飲み込むのに時間がかかったらしい。それを聞いた陽向さんは少し黙った後、いつものようには喜ばずに、静かにそれを受け取って、胸の前で抱きしめてこう言った。
「ありがとう」
その、今にも泣き出しそうな声に僕は焦る。
「え!? いやあの! 確かにヘアピンとかは好みが出るから! 嫌なら付けなくてもいいと思います!」
「ふふっ」
陽向さんは優しく笑いながら、桜のヘアピンを取り出して、髪につける。そして、キラキラな瞳で僕を見つめながらこう言ったんだ。
「付けるよ。大切な仲間にもらった物だもん。えへへ! 似合ってるかな?」
その眩しい笑顔を見てしまい、僕は油断していたのもあり、簡単に赤面してしまう。
「う、うん……似合ってます」
「うへ!? なんで顔真っ赤なの!?」
「え、な、なんでだろー」
今日初めて、僕は陽向さんの前でしっかりと赤面した。
バレた、それが恥ずかしくて、僕の脳はフリーズしかける。
でも、これは我慢できない可愛さだったのだ。
僕はそんな可愛さにやられながら、その思いを噛み締めた。
そして陽向さんは言う。
「んふふー、良い物を貰ってしまった。じゃあルンルン気分で帰ろうー!」
「うん」
そして僕らは帰路につく。
その帰り道は、モヤモヤが晴れた、晴天のようだった。
しかし僕らのお出かけはここで終わらなかった。僕が陽向さんについて行くように横を歩いていると、彼女は鍵屋『ガッチャン』の前で止まった。
まさかと思い訊くと、こう返ってきた。
「え、そりゃ、帰るといったらアークロックの基地にだよ! もー! 今日は始まったばかりじゃん! まだ一緒にいようよ」
「え、あ、はい」
その言葉になんだかドキドキしながら基地に戻る。するとみんながいて、用事は終わったのか、スーツからいつもの服に戻った師匠がこう言った。
「お、ようやく帰ってきたな。鍵斗、灯里。報告だ。二日後、旅行に行くぞ。一週間の合宿だ」
「……え?」
「海もあるしバーベキューもできる。だがあくまで合宿であり、各々の弱点を克服してもらう」
「……ええ?」
「では、用意を頼むぞ」
「え、えええええええ!?!?」
僕のドキドキは、さらなる衝撃で塗りつぶされた。本当に、師匠には振り回されっぱなしだ。今回も急に合宿を始めるし。
でも、桜のヘアピンを付けた陽向さんが、優しくこう言ってくれたから、少しやる気が出たんだ。
「楽しみだね、合宿。たくさん思い出つくろっ!」
僕は、頷く。
不思議と、夏休みが始まった気がした。




