第19話 幸せを守る仕事②
アークリオン。それは突発的に現れる敵。
だがその裏にはプラネッツという組織がいて、プラネッツによりアークが入っている心の箱は開けられる。
ただ、そのアークが目を覚まして、現実に出てくるまでの時間は個人差があり、酷ければプラネッツと出会ってから一ヶ月経っていたなんてこともザラだ。
統計的に、アークが強ければ強いほどすぐに出てくると言われている。
だから遅れて出てくるのは、案外ありがたかったりするのだ。こちら側にはシーラのアークリオンを察知する力があるのだから。
「零くん!」
「はい!」
オレ、空錠鍵斗は現在、アークリオンと戦っている。
今回の敵はピョンピョンと足のバネを動かして、跳ねて攻撃してくる敵であり、両手には棒を持っていた。
着地のたびに地面がガタンッと震えて、道路の上に置かれた車がガタガタ鳴った。
すでに第二形態のアークリオンであり、こいつを倒せば終わりである。
「くらえー!」
オレがアークリオンを引き付け、その隙をついて零くんの技が発動する。彼のアークは『防衛』の力。
それは強力な力で、野生と人工を合わせ持つ。
零くんの力で呼び出された虎がアークリオンに噛みつき、怯んだアークリオンへ零くんは機関銃をぶっ放した。
これが彼の力。生物を呼び出し、武器を造る力である。
防衛の真髄は攻撃であったのだ。
そしてアークリオンは倒され、オレは黒の鍵を地面から抜いた。
空は青空に戻り、隔離しておいた世界は元に戻る。蝉の声と生ぬるい風が戻ってきた。
そしてアークリオンを分離し、気絶していた男は目を覚ます。
オレはそれに驚いた。
「え!? あ、おはようございます」
時々あるのだ。生命力の強い人、例えば若者であったり、スポーツをしている人であったら、アークリオンの分離の影響をあまり受けない。
普通なら分離後はしばらく寝ているのだが、今回のプラネッツの被害者はすぐに目覚めてこう言った。
「……一体、何があったんだ?」
オレはその人にアークのことを説明した。どっちにしろ師匠の力でアークの記憶は消されるんだ。今は穏便に済ませるために全てを伝える。
そして一時間ほど説明して、やっと納得してくれた。
今、オレたちはショッピングモールにいる。その近辺でアークリオンが発生したこともあり、ゆっくり座って話すためにフードコートに来ていた。
オレたちはポテトを食べながら、彼と話す。
彼の名前は三倉宗介。ジャージを着ており、ガタイも良いので、何かのスポーツをやっていそうだった。
「それじゃあ、オレは……その……帰ります」
三倉さんがそう言い出したので、僕たちはすぐに止める。
「あ! 待ってください!」
「……何だ?」
「アークの後遺症の検査があるので、少し待ってくれませんか?」
「……どのくらい?」
「……あー、そのー、夕方くらいまでですかね」
三倉さんは、心底面倒臭そうにため息を吐いて、納得してくれた。
「わかったよ」
僕らは安心して、ポテトを食べた。ここはフードコート。たくさんの笑い声が聞こえて、少しだけ幸せになれる。
そんな場所で、三倉さんはこう言った。
「空錠鍵斗と水沢零くんか……。なんで二人はアークロックをしているんだ?」
僕は「幸せを守りたいから」と答える。
零くんは、「えーと……」とこんな自分でごめんなさいと言わんばかりの表情でこう続けた。
「鍵斗先輩が守ってくれるからです」
「なんだそれ?」
わけがわからんと言わんばかりに、三倉さんは眉を動かす。そしてハンバーガーを食べた。
僕は彼の体を見る。おそらく鍛えられているであろう、屈強な肉体。
だが……彼はスポーツをやっていないと師匠から伝えられている。
僕たちアークロックは、アークリオンを倒す組織じゃない。その先の幸せを守る組織だから、彼の願いを知りたいんだ。
ポテトも無くなってきた頃、食事中にある程度打ち解け、この話題を切り出すことができた。
「三倉さんは、何かスポーツをやっていたんですか?」
その僕の言葉が気に障ったのか、三倉さんは顔を顰める。だがすぐに冷静になり、こう返した。
「……走高跳をやっている」
「……今もやっているんですか?」
僕がそう訊くと、彼は黙る。
僕は零くんと目を合わせた。
こういう時、陽向さんなら上手く返せるんだろうなと思う。
アークリオンは『願い』の現れ。三倉さんのアークリオンは跳んでいた。今はスポーツをやっていないという情報と、まだスポーツをやっているという自認を鑑みるに、やりたくてもできないのだろうな。
僕はアークリオンから得た情報をもとにこう言う。
「跳びたいんですか?」
三倉さんはその言葉に戸惑い、観念してこう語る。
「凄いな、お見通しか。……事故があったんだ。走高跳の棒が、体を掠めて。あれ以来、トラウマで跳べていないんだ」
「……」
その、あまりに重い回答に僕はどう返していいのかわからず黙る。やっぱり、僕には無理かと思っていると、零くんが口を開いた。
「できますよ、きっと」
「どうしてそう言える?」
零くんは、自身の手を見た後、少し微笑んでこう語る。
「僕は女の子が苦手で、関われなくて。でも最近、仲間の女の子と手が触れ合ったんです」
僕は、零くんが穂火ちゃんとぶつかっていたのを思い出す。
「その時は、いつもみたいに気絶しなかった。当たったことに気づかないほど、当たり前になっていた。人は……なんでも克服できるのかなって、少し思ったんです。だから」
「だから、もう一度跳べと?」
「はい」
「……」
悩む三倉さん。すると零くんが僕を指差してこんなことを言い出した。
「今は鍵斗先輩がいます。この人は最強の『鍵使い』ですから、危なくなったら絶対助けますよ」
そこに、疑念はない。本当にそう思っているんだと知ると少し照れるが、それは無茶振りである。
でも、僕は陽向さんを真似てみることにした。
ハリボテの自信で、頷く。
三倉さんはそれを聞いてさらに悩んだ後、答えを出した。
「わかった。やってみる」
そして場所は移り、他校のグラウンドへ。僕たちのことを不審に思う人もいたが、三倉さんはかなり有名な選手らしく、彼の付き添いということで信頼された。
三倉さんは、走高跳用の服に着替えて、棒を持つ。
あれが体に刺さりそうになったというのだから、トラウマになるのも頷ける。
でも、僕はその威圧感に押された。棒を持った途端に変わった三倉さんの雰囲気は、戦士そのものであった。
だから、本心からこう言えたんだ。
「絶対にできますよ」
「根拠は?」
「ないです。でも! 与えられた場所で輝くのが……人の努力ですから」
「……ははっ! そうか、いい言葉だな」
三倉さんの雰囲気は変わる。彼は、跳ぶ気だ。
周りの注目も集まる。
天才と呼ばれているらしい選手が、復活するんだからな。
「……!」
三倉さんは走る。そこに戸惑いは感じない。
元より、彼の体は出来上がっていた。筋トレを欠かさなかったのだろう。また跳びたくて、でも体が動かなくて。
それはトラウマだから超えられるとわかっていても、無理なもの。だから僕は、魔法をかけたんだ。
彼は止まらない。その理由は、優しいアークのおかげ。
そう……僕は……三倉さんの体に鍵を挿していた。彼は今、アークを無意識に使用している。
跳ぶ力のアークを。
でも、それは言わない。だって、跳んだという事実が、自信に変わるから。知らないことで、幸せになる世界もあるから。
手が触れても気絶しなかったことに自信を持っていた零くんを見てそれを知れた。
成功体験こそが、人を先に進めるのだ。
「いっけー!」
三倉さんは助走をつけて、地面を蹴った。その瞬間だけ、時間が伸びた気がした。
しなった棒が三倉さんの体を押し上げる。夕日の光を背負って、彼の体はゆっくりとバーを越えていく。
さっきまで「跳べない」と言っていた人の足じゃない。あれはちゃんと、もう一度前を向いた人の跳び方だった。
ボスンと、三倉さんは着地マットに降りる。
「うおおおおおおおお!!!」
そして、彼は吠えた。その、生への喜びを込めて。
僕は彼に近づいて、コソッと鍵を挿す。そしてアークを閉めた。
三倉さんは笑っている。そこに屈託はない。
「ありがとう、空錠、水沢くん! オレ、また跳べるよ! どこまでも!」
「それはよかったです」
僕は彼の手を取った。
そして師匠は現れる。師匠は三倉さんを車に乗せて、彼を連れて行った。三倉さんは最後に、笑顔で手を振ってくれた。
どんなふうに記憶が処理されるのかはわからないが、跳べたという記憶は消えないだろう。それが、希望だから。
「ありがとう、零くん。君のおかげで元気がでた」
「いえ。これが僕たちの仕事ですから。……って! ぎゃああああああああ!!」
「……!?」
遠くに見えるのは、こちらに近づいてくる他校の女子生徒の濁流。
僕は覚悟を決めて、零くんの前に出た。
「うおおおおおお! 僕が守る! って! 無理無理無理無理!」
だが流石に無理を悟り、すでに気絶していた彼を抱えて急いで学校を出た。
「本当に大変だったよ……」
ということがあったのだと、僕は陽向さんと穂火ちゃんに伝える。
陽向さんは「いいことしたね」と、伝えてくれた。僕はそれがなんだか嬉しくて、はにかむ。
今は夕方。僕たちのこの日常はこれからも続く。
人の幸せを守るのが、アークロックなのだから。
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これは後日談だが、三倉さんはオリンピック候補に選ばれるほどの人になった。ご当地テレビのインタビューで、僕の存在が彼の口から仄めかされた時は、なんだか恥ずかしくてニマニマと笑ってしまう。でも、あの時、勇気を出せてよかったと思う。
アークを解放するなんて危険なこと、陽向さんたちとの関わりがなければやろうとしなかっただろう。
僕も少しは変わってきているのかなと思いながら、饂飩を啜る。
ほんの少しだけ、自信が戻ってきた。




