第17話 この平凡な毎日に刺激を!
相棒という言葉を聞いたアークリオンは、舌を鳴らしてこう言った。
「侮辱しているのか?」
そして始まるのは、花吹雪による攻撃。この花びらは一枚一枚が刃物のように鋭い。だが、今のオレなら回避できる。
窓ガラスを、コンクリートの壁を、スパスパと切り裂くその花びらは、大きな音を立てずにオレを追尾した。
オレはキーハートを振って、炎を飛ばして花びらを焼く。
この穂火ちゃんの力は、花びら程度なら通用する火力を持つ。
「……っ!」
だが、それでも生き残る花びらはある。オレはそんな花びらから逃げながら、隙を探った。
「起きて! 陽向さん!」
「……」
「答えてよ、仲間でしょ!?」
「はははっ、涙ぐましい努力だな。残念だが……陽向灯里はもういない」
「どういう意味だ?」
オレは考える。だが答えは出ない。
アークリオンが宿主である人間を乗っ取ることはある。だがここまで知性のあるアークリオンは珍しい。それに、陽向さんの面影を感じない。
アークリオンは宿主をエネルギーとして生まれる。それは人間の赤ちゃんと同じで、宿主のDNAを受け継ぐんだ。
アークリオンの場合は記憶も受け継ぐため、宿主の性格が反映される。
でも、この桜を操るアークリオンは、本当に陽向さんから生まれたのか疑問に思うほど似ていない。
何が起きているんだ。
「よそ見か? 余裕だな!」
「くっ……!!」
オレは桜の波のような攻撃をモロにくらってしまう。
カミソリの嵐に襲われた気分だ。
全身が切り刻まれ、血が吹き出る。キュロとの戦いの傷がさらに開き、このままでは大量出血で死んでしまうだろう。
息を吸うたび、鉄の味が舌の奥に広がる。不快な展開。
でも、それでも君を見捨てたくないから。
オレは倒れずに、アークリオンを見つめる。
考えろ、勝てる方法を。
思考を止めるな。
「……っ!」
オレは剣を振り回し、炎の斬撃を飛ばす。そして花びらが消えた部分を縫うように走り、この桜の花びらの群れを抜ける。
そして跳んだ。
「何をしている?」
アークリオンにそう言われた。
なぜなら空中では踏み込みはできず、身動きも取れない。ゆえに、迫ってくる花びらはオレの体を今度こそ斬り刻むだろう。避けることは不可能。
だが、その隙は与えない。
「……くらえ!」
オレはキーハートに新たな鍵を挿した。するとキーハートの刃の部分が変形し、盾のように変わった。そしてスラスターが現れ、勢いよく噴射し、前へ進んだ。
これは、零くんの鍵。防衛の力だ。
その盾となったキーハートはアークリオンに向けて進んだ。
盾が一直線に突っ込み、アークリオンの視線が盾に集中する。
「何度でも言おう。お前は私を……侮辱しているのか?」
桜の根っこが風を切り裂きながら、盾を穿いた。貫通した盾は、それを持っていたオレの体ごと貫く。赤い血が噴き出す。
……と、彼女は思っていたのだろう。
「なに!?」
そこにオレはいない。手放した盾は、ひとりでに進んでいた。
そう、盾だけが、ひとりでに。
「どこだ!?」
その間にオレは、壁走りの鍵を自身の体に挿し、その力を得て、二階にいたアークリオンの後ろまで近づいていた。
でも、寸前で気づかれる。
アークリオンは刀を構えた。そしてそれはオレを斬ろうと振られる。
それでも、オレは止まらない。桃色の、陽向さんの鍵を構えて、走り続けるんだ。
「陽向さん!」
「……!?」
一瞬、アークリオンの動きが止まる。
そのおかげで、オレはナイフを刺すように鍵をアークリオンに挿すことができた。
柔らかい力に押されながらアークリオンはこう呟く。
「私を封じるつもりか? 無謀だな」
だが、鍵は回る。
『類い稀なる閉じる才能』
「なに?」
アークリオンは訝しむようにオレを見た。オレは、そんなアークリオンを睨み返す。
それを見た彼女は、不敵に笑ったんだ。
「そうか、なるほど! ははっ! お前は……!」
□■□■□
突然ですが、わたし、陽向灯里は目を覚ましました。
何があったのか、覚えていない。
いや、わかる。
瞬時に私の脳に流れ込んできた記憶は、プラネッツの襲撃を思い出させた。
私は体を起こして、その名を叫んだ。
「みんな! 鍵斗くん!」
何があったのか、建物は崩壊。プラネッツの人も、アークロックの人もいない。
残されたのは、私一人。
「……!」
そうじゃなかった。みんながいなくなっても、彼だけはいてくれたから。
私はその血だらけの彼に近寄って、安否を心配した。
「鍵斗くん! 目を開けて! 起きて!」
壁に寄りかかって目を閉じていた鍵斗くんを抱きしめながら、私は泣いた。
ずっと、私は空っぽな人間だと思っていた。冬のように、冷たくて乾燥している性格で、それを隠そうと強引に明るく振る舞って。
だから私は、大切な人が死んでも、何も思わないんだろうなって思ってた。
でも、でもさ、嫌だよ。
君と一緒にいた毎日が、溢れるように心に残るから。
まだ、離れたくないんだ。
その手を握りしめて、私は涙した。その溢れた想いは雫に乗り、彼の手に落ちた。
その波紋は空間を支配し、見る見るうちに鍵斗くんの体を癒していく。
「え……?」
鼻水をダラダラと垂らしながら泣いた私は、唖然とする。傷が消えた鍵斗くんは、ゆっくりと目を覚ました。
「……」
私はその瞬間、何も言えずに、ただズズっと鼻水を吸い込んだんだ。
そんな、可愛くもない姿を見せたのに、鍵斗くんは微笑む。
そしてゆっくりとこう言ったんだ。
「陽向さん? 生きてて……よかった」
そして再び彼は目を閉じる。焦った私は鍵斗くんの身体を揺さぶった。そこに、声をかけられる。
「やめてやれ」
「……シーラさん!」
現れたシーラさんは私にボックスティッシュを渡しながら、鍵斗くんの身体を見る。そしてこう言った。
「不思議だな、無事だ」
そう言ったシーラさんは鍵斗くんをおんぶして、私にこう伝えてきた。
私はズーッと鼻を噛んで、それを聞く。
「逃げるぞ、警察が来る」
「……はい」
どうやら、私たちの行動は新聞の見出しを飾るほどのことだったらしい。
あの後、逃げ切った私たちは後日その新聞を見た。
その内容は『ショッピングモール謎の爆発』であった。
テレビを見ていた穂火ちゃんと零くんはニュースに釘付けになる。そこには、上空から見下ろされたショッピングモールが映し出されていた。あれは、私たちがいた場所。
アナウンサーは言った。
「今はもう使われていないショッピングモールが突然崩壊したという事件が起きました。警察はこれを事故ではなく事件だと考えており、経年劣化ではないと確証を持っているようです。近隣住民の声では、爆発音のようなものを聞いたという人もおり、ガス爆発ではないかという声もあるようです」
そんなテレビを見て、私は一人気まずくなる。
なぜなら、私だけ何も覚えていないのだから。
いつもなら笑う声が響く部屋で、コップの氷が当たる音だけが鳴った。
「……」
それに、みんなから聞いたところ、その犯人は私であったらしいのだ。
証言を合わせると、私はプラネッツの人にアークを開けられて、アークリオンとなって暴走したらしい。
いつもなら、ふざけて空気を良くするが、今の私がそれをやるのはヤバいと思い、黙って新聞で顔を隠す。
気まずい、ごめん、と心の底から謝っていると、救世主がやって来た。
「いやー、大変だね」
砂糖いっぱいのコーヒーを飲みながら、鍵斗くんはそう言う。
ぬいぐるみを抱きしめていた穂火ちゃんも察したのか「ですね。ほんとです」と言った。零くんも頷いている。
そして鍵斗くんは、私を見てこう言ってくれた。
「だから気にしなくていいよ、陽向さん」
穂火ちゃんもこう続けてくれた。
「そうです。アークリオンの時は意識がないと、私たちも知っていますから」
零くんも頷く。私は安堵して「ありがとう」と返した。
だがシーラさんはこう言ったんだ。
「だからと言って、なあなあで終わらせるなよ。今回の一件で全員の弱点が判明した。零は女耐性の無さ、穂火は緊張に弱い、鍵斗は情に脆く、灯里は制御ができない」
その鋭い指摘に、私たちは全員黙る。
みんな、その敗北を噛み締めていた。私は私のことを考えていた。たぶん、他の人も自分のことを考えていたのだろう。でも、一人だけみんなのことを考えていた人がいた。
そう、鍵斗くんである。
「僕は思う。こんな危険なことはやめるべきだと。穂火さんも、零くんも、震えていた。アークリオンとの戦いは危険だし、プラネッツとの戦いはもっと危険だ。だから、やめるべきだ」
穂火ちゃんと零くんは反論できない様子。おそらく図星だったのだろう。怖いという感情は誰にでもあるものだから。
だから私は、こう訊いた。
「でも、それじゃあ被害が増えるよ?」
「増えない。増やさない」
私は、そう言い切った鍵斗くんを見て、意図を察した。その悲しい結論を胸に刻みながら、鍵斗くんが言う前に私がこう言った。
「鍵斗くんが一人で戦うから?」
「うん。元々そうだったんだ。僕一人でもやれる」
それを聞いて、私はカチンと来たんだ。
今回の敗因は私のせい。それはわかる、だから反省してるし、今回の会議は息を潜めていようと考えていた。
でも、これだけは我慢できないから。私はガツンと言ったんだ。
「なんで、そんなに私たちを突き放そうとするの?」
「守りたいから!」
「でも!」
大声を出した私に怯む鍵斗くん。私はソファーから立ち上がって、鍵斗くんの前に立つ。そして本音を伝えた。
「私だって! 守りたい! ボロボロの鍵斗くんを見て、私は辛かった。だから……!」
穂火ちゃんと零くんも近づき、こう言う。
「こ、怖いけど……私はここにいたいです。その後の幸せを守りたいから、この仕事に、惚れたから」
「僕にとって日常は、恐ろしいものでした。でも、鍵斗先輩が守ってくれるから、安心するんです。貴方がいたら、僕は何も怖くない」
私は二人の答えを聞いて、鍵斗くんに私の思いを伝えた。
「私も好きだよ、このチーム。だから、一人でやるなんて言わないで。私も足を引っ張らないように頑張るから。もう一度、チャンスをください」
「陽向さん……」
鍵斗くんは、私の名前を弱々しく呼んだ。そして、シーラさんの「いいんじゃないか?」という言葉を聞いて、彼は決心する。
「そっか……強いね、みんな」
私はその表情で、すべてを察する。なぜなら私は彼の相棒なのだから。
そして私は鍵斗くんの腕を引っ張って、シーラさんの近くへ連れていく。穂火ちゃんと零くんも自然とついて来た。
「ほら、こっちに来てよ、リーダー」
「え、り、リーダー!?」
シーラさんはそれを聞いて笑う。そして、席に座るシーラさんの前に私たち四人は集まり、私はこう宣言した。
「私たちはアークロック。リーダーである鍵斗くんを中心にまとまるチームであり、幸せを守る戦士。だよね、鍵斗くん」
「うん」
私はその答えを聞いて、微笑みながらこう続けた。
「負けてもいい、その度に進化する。そうやって、どこまでも成長するチーム。そんなアークロックは、今……正式に結束します」
穂火ちゃんは自信のある笑みを浮かべ、零くんは照れる。鍵斗くんは、少し嬉しそうだった。
今日からは誰かの肩が触れても、誰も離れない。
私は横に立っている鍵斗くんを肘で押して、私を見た彼にウィンクした。
声を出さずに驚いた彼は、照れながらこう続ける。
「え、えっと。ごほん! それじゃあ、アークロック! これからもよろしく!」
「おー!」
私の声に遅れて、穂火ちゃんと零くんの「おー!」が聞こえる。
そんなチーム。まだバラバラだけど、いつかはこの掛け声が様になるから……私はみんなを支えようと決めた。
もう、ここは私の居場所だから。
「じゃあ! みんなでピザ食べよー!」
「ほんとピザが好きですね、陽向先輩」
「あたぼうよ!」
私はそう言って、穂火ちゃんと零くんと肩を組む。早速、零くんが気絶して、穂火ちゃんは足を滑らせて転んで、鍵斗くんは零くんの名前を叫んで、シーラさんは笑う。
そんなバラバラなチーム、アークロックはここから始まる。
敗北を超えて、私たちはまとまったんだ。
賑やかなチームを見て、私はふと笑った。
『この平凡な毎日に刺激を!』
今ならこのタイトルのラノベを書けると、昔の私は思っていたが……昔の自分よ、もうすでにそのラノベは、私の手の中にあるみたい。
幸せとは、相対的なものなのかもしれないな。




