第14話 甘さのあとに残るもの
夏休みが始まった。でも特に変わらぬことはなく、僕はアークリオンを倒していた。
「それじゃあ、あとはよろしくお願いします」
「ああ」
僕は師匠に後のことを任せて、この場を去る。
夏休みが始まってから三日が経った。今日は、陽向さんは家族で日帰り旅行、穂火ちゃん……穂火さんは何かの儀式があるらしい。
……儀式?
零くんは何かの発売日らしく、そっちに行っている。
だから今日は僕一人でアークリオンを倒した。
アークリオンの発生間隔は体感で二日に一体くらい。
そこまで多くはない頻度なため、アークリオンを早朝に倒した今日は暇となる。
特にやることも思いつかず、僕は暇つぶしの感覚でゲームセンターに向かった。
そこで、中学生の頃にハマっていた格闘ゲームを見つけたのでプレイしてみる。
すると楽しくて、アーケードモードという、いわゆるコンピューターと戦うモードをやめて、次はオンライン対戦に挑んでみた。
発売が十年ほど前で、しかも最新作が出たばかりなので、プレイ人口はおそらく少ない。ゆえにマッチングするか不安だったが、それは杞憂だったようだ。
僕はマッチングした相手と対戦する。
ヤッヤッと僕は飛び道具を飛ばしながら距離を調整していたのだが、相手は急に飛び出してきて、あっという間に負けてしまった。
見事なまでに格闘戦が得意なお相手だったのだろうか。
僕は反省しながらも百円を再び入れた。そしてまた同じ人とマッチングする。
「……さすがは昔のゲーム。身内ランクマだな」
もはや知っている人しかいないランク戦。身内で回すランクポイントなのだ。
そして流れるように負けてしまう。
拒否という、格闘を捌く技術がまだまだだなと感じた。
そして再び百円を入れると、またも同じ人とマッチングした。
あり得ないだろ! と思いながらも、再戦する。
先ほどの経験を活かして、相手の攻撃の隙をついてこちらの一撃を差し込むという、攻めの戦略をとった。それが功を奏して、ついに勝つことができた。
「よしっ」
小声で僕は喜んだ。
格闘ゲームは勝つとそのままゲームが続く。負けるまでお金を払う必要がないのだ。
そして待っていると、再びマッチング。
またも同じ人であった。
この『ガイア』というプレイヤーネームはもう見飽きてしまった。まあ、相手も僕の『おすし』というプレイヤーネームを見飽きていることだろう。
そして再びその人と戦った。しかし負けてしまう。だが再び百円を入れてリベンジすると、勝つことができた。
そんな勝ち負けの連鎖で『ガイア』とばかり対戦する。もうここまで来れば察するが、このゲームのプレイ人口は二人なのだろう。
二千円くらい使っただろうか、満足して去ろうとしたら、声をかけられた。それはまさかの、奥の台でゲームをしている人だった。その人がしていたのは、僕がしていたゲーム。
まさかと思って画面を見ると、そこには『ガイア』の文字があった。
「対戦ありがとう」
彼はそう言う。優しい笑顔を浮かべる、高校生くらいの男性だった。
何がどうしてこうなったと言いたい。
僕は困惑しながらも、その男性と話しながら、一緒にゲームセンターを出た。
僕は人見知りである。ゆえに初対面の人とは積極的に話そうとはしないのだが、それでも同じゲームを楽しむ同志として、語り合いたかったのだ。
『ガイア』さんは、黙っている僕でも話していると感じられるほどのコミュニケーション能力があって、なおかつ優しく人当たりのいい人だった。
この、誰とでも話せるような雰囲気は陽向さんにそっくりだ。だが、あそこまで派手というわけではなく、なんとなく大人しそうという印象を受ける。
「ハンバーガーは好きか?」
「うん、好き」
「じゃあ、あそこのマドルトバーガーに行こうぜ」
「うん」
僕たちはチェーン店のマドルトバーガーに入った。そこで注文して、席に座る。そして会話を始めた。
「ファイティングスパークの最新作である6もいいんだけどさ、個人的には4が至高なんだよな」
「わかる。あのゲームシステムいいよね、シンプルな感じ」
「そうそう」
モグモグとポテトを食べながらそんな話を続ける僕たち。
これは不思議な感覚だった。この人と話すのは、不思議と心地いい。
僕はふと思ってこう訊いた。
「『ガイア』さんはさ、ずっとこのゲームやってるの?」
「いや、久しぶりにやったな。それと『ガイア』じゃなくてもいいぞ。オレの名前は封刃陽真、よろしくな」
僕は頷いてから、自己紹介をした。
「僕の名前は空錠鍵斗、よろしく」
すると陽真くんは少し考えた後、こんなことを言う。
「……なんか活動とかしてる? 名前に聞き覚えがある」
「やってないよ?」
「そうか。まあ、そういうこともあるわな」
僕らはモグモグとポテトを食べる。なんでかな、彼とは、無言が気まずくならない。
こういう時間も、不思議と心地よいと思えた。
美味しい昼ごはんを食べた後、彼と書店へ行った。
そこで色々な本を見た。どうやら彼とは本の趣味が合うらしく、学生が主人公で、ミステリーを解きながら青春を過ごす小説について楽しく語る。
その後は電気屋に行って、一緒にゲームを見た。
新しいゲームへの期待などを話し合って、盛り上がる。
そんな陽真くんは僕の友達。今日会ったばかりだけど、それでも陽真くんは最高の友達だと思えた。
彼も多分、そう思ってくれているだろう。
僕らは最後に連絡先を交換して、別れた。
不思議な出会いだった。
突然会った、謎の男。
ゲームで繋がった彼とは、その後も電話しながらゲームをしたりした。
毎晩毎晩、お互いが誘い合ってゲームをする。
彼と会ってから三日後、再び遊びに出かけた。
今日は珍しくこの田舎で行われているゲームの展示会に行く予定だ。
約束通りの場所で彼と会って、そのまま展示会が行われている美術館へ行く。
そこでは、色々なゲームの設定が書かれた資料集や、ゲームに出てくるアイテムが実物になって展示されていた。
僕は陽真くんとそのゲームについて語りながら、胸踊るようなひとときを過ごしたんだ。
その後は、昼ごはんを近くのカフェで食べる。そこで僕たちはこんな会話を続けた。
「まさかだな、あんな設定だったなんて」
「ゲームに出てくるクリスタル、実物だとあんなに大きいんだって驚いたよ」
「背景とか、キャラの構想段階の資料もよかったな。見ててワクワクした」
「わかる」
パクパクと食べながらそんな会話をする。
やっぱり、陽真くんとの会話のテンポは不思議と合う。一緒にいて楽しい相手というのは、こういう人を言うのだろう。
「美味しいな」
「だね」
この、毒にも薬にもならないような毎日が、今はどこか心地いい。
夏休みは退屈だ、今まではそう思っていた。
でも、陽真くんがいてくれるから少しは楽しいと感じられた。
帰り道、陽真くんがふとこんなことを訊いてくる。
「鍵斗はさ、夢ってあるか?」
「夢?……ないかも。陽真くんはあるの?」
彼は、微笑みながら空を見た。そしてこう言う。
「笑わないでくれよ」
「うん」
「……オレは、人の進化を見たいんだ。たとえどんな犠牲を払ってでも、オレは……その先を見てみたい」
風鈴が鳴っているのに、その瞬間だけ音が遠のいた気がした。僕は微笑んでこう返す。
「そっか」
初めて、僕は彼との関係に引っかかりを覚えた。
どんな犠牲を払ってでも。それは、僕があまり好まないことだ。犠牲なんてない方がいいし、犠牲を払う必要があるのなら進化はしなくていいと思う。
そんな価値観のズレ。でも、関係を壊したくないから何も言わなかった。
「てかさ、アイス食わねえ? 無性に食べたくなってきた」
「いいね」
僕は陽真くんに言われるがまま、アイスをコンビニで買った。
買ったのは、『大人なチョコアイス』とパッケージに書かれているやつ。
食べてみると、これまたビターな味がした。
「美味いな」
「美味しいね」
僕たちは、夕日に照らされながらベンチに座ってアイスを食べる。
その時間が楽しくて、僕はフフッと笑った。
彼と遊ぶのはとても楽しい。
ずっと一緒に遊びたいなと思いながら、甘さが抑えられているアイスを食べた。
ビターな後味だけが、舌の上に長く残った。




