第12話 僕らが上を向く理由
夜空は美しく、星々はまるで自分を主張するように輝く。
この広大な宇宙という空間で、自分を見失って欲しくなくてアピールしているみたいに。
そして人々は、星を見つめて上を向く。
誰かに見てもらえて、誰かに好きになってもらえて、それってもしかして、すごく幸せなことなんじゃないかって、やっと気づけたんだ。
「鍵斗先輩」
だから僕は……決めたんだ。
□■□■□
「知らない匂いだ」
僕の名前は水沢零。知らない家の匂いを嗅ぎながら、温かみを感じる木目の天井を見つめる。
ここはソファーだろうか、僕は寝転んでいた。
記憶が曖昧だ。何があった?
確か……。
刹那、記憶がフラッシュバックする。そうだ、僕はあの女に変身させられて……。
「こんにちは」
「……!?」
その男性の声に驚き、僕は起き上がる。ここにはイタリアにありそうな家具が置かれており、しかしそこには似合わないクッションの椅子やぬいぐるみなども置かれている、アンバランスな不思議な場所。
そんな部屋にいたのは、一人の男性だった。
僕はその人を知っている。
あの日、炎を扱う女性と共にいた男性。
「貴方は?」
「僕は空錠鍵斗。君は水沢零くんだよね?」
「……はい」
「自分が何歳かわかる?」
「……十六、高一です」
「じゃあ、ここまで何があったのか説明できる?」
「……えっと、女の人に襲われて、気づいたら動物に囲まれていて、空中から降ってきた炎を見て……そこからは覚えてません」
「なるほど。よかったよ、ちゃんと記憶はあるみたい。じゃあ、不安だと思うから説明するね」
「……は、はい」
そして僕は空錠鍵斗さんから説明を受けた。
聞いた話を要約するとこうだ。
人には特殊な力『アーク』があり、それは願いをもとに作られる。僕は無意識のうちに『防衛』を望んでいたらしく、その『アーク』で暴走していたらしい。
でも被害はゼロで、それも全部、空錠さんのチーム『アークロック』のおかげだそう。
そんな話を聞かされた。
そして流れるように彼はこんなことを言い出した。
「それでさ、お願いなんだけど……アークロックに入ってくれない?」
「……え、嫌です」
アークロックはアークリオンという敵と戦っているらしい。そんな危ないこと、やりたくないし、僕がやる意味もないと思っている。
だから断ったのに、彼はバツが悪そうに少し考えたあと、ある提案をしたのだ。
「……ねえ」
「……はい?」
「星を見ようよ。今日はすごく綺麗なんだよ」
「……え、え?」
僕は手を引かれ、言われるがままに屋上へ向かった。そこから見える星は確かに綺麗で、僕の心を魅了する。
星が見えない夜が美しいと思ったことはある。でも、青く、白く輝く夜空は、それを凌駕するほどの美しさを誇っていた。
そんな屋上のベンチに、僕たちは横並びで座る。
「……」
僕は何を話せばいいのかわからなくて、黙る。
昔から、僕は友達がいなかった。
幼少期は友達がいたが、女の子を意識する歳になってからは嫌われた。友達がいるように見えても、それは女の子と繋がるために僕に近づいてくる男だけで、実際はボッチ。
僕のことを嫌っていない男子もいるが、そういう男子は関わってこない。無関心なのだ。
だから人のことは信用できないし、怖かった。
でも凄い力を持つ人なら……忖度なしで仲良くしてくれそうだと思ったから、僕は炎を扱う巫女を探したんだ。
しかし、それは願望に過ぎなかったのかもしれない。
隣に座る空錠さんは、普通の人にしか見えないのだから。
なのに、彼は優しくこう言ってくれたんだ。
「この世界は、怖い?」
「……はい」
「僕もね、毎日アークリオンと戦っていて、怖いなって思う」
「そうなんですね」
「僕は高校二年生でね、中一から戦い始めたから、今年で五年目だ。だから慣れてるんだけど、それでも怖い」
「……」
当たり前のことをつらつらと続ける空錠さん。それでも、いや、だからこそ……僕はその後の言葉を聞いて彼に心を開いたんだ。
「でもね、最近は怖くないんだ。仲間がいるから。助け合えるから」
「……助け合う?」
「そうだよ」
鍵斗さんは、空を見つめてこう続ける。
「『与えられた場所で輝くのが人の努力』。ある人のモットーなんだけどね、多分アークロックの心情にもなっている。それを達成するために、助け合って今を生きるんだ」
「……少し、羨ましいです」
「でしょ、だからアークロックに」
「でも! 怖いっす……」
僕は、未熟で情けない人間だ。
喧嘩なんてしたことはないし、たぶん、誰も守れない人間だ。助けてとしか言えない、怖いとしか言えない。
でも、世間はそれを許さない。
男の人はカッコよくみんなを守る。女も男もそれを理想としている。だから僕の心は、勝手に弱音を吐いたんだ。
「男は泣いちゃダメなの? 助けてって言っちゃダメなの?」
自分も守れない、未熟な僕だから。
だから人を助けるなんて、何かを倒すなんて、無理なんだ。
なのに……鍵斗さんは僕を優しく見つめてこう言ってくれた。
「安心してよ。君はオレが守る」
「……え?」
「オレの前では、たくさん泣いて、たくさん助けてって言ってもいい。恥ずかしくなんてないんだ。だってオレは……そのためにいるんだから」
「……」
その、思いやり。
親からもかけられたことのないような、無性の愛。
この人は、何か裏があるのだろうか。僕を守って、何かをするつもりなのだろうか。
あらゆることを邪推する。
でも、でも……。
涙を流した僕の肩にそっと手を置いてくれたから、あり得ないと切り捨てられた。
「空錠さん」
「鍵斗でいいよ」
「鍵斗先輩」
「なに?」
「僕……女の子が怖くて」
「ああ」
「男の子も信用できなくて」
「ああ」
「何も信じられなくて……でも、先輩だけは——信じられるから」
微かに残る、鍵斗先輩の記憶。彼は、アークリオンとなった僕を最初に助けに来てくれた。虎の目を通して見ていた景色、そこに映る鍵斗先輩を、どれだけありがたく感じたか。
ホッとしたか。
だから、感謝を伝えたいんだ。信用できるから。
「ありがとうございます、助けてくれて」
「いいよ、気にしないで。それよりほら、星が綺麗だよ」
僕は空を見つめる。
夜空は美しく、星々はまるで自分を主張するように輝く。
この広大な宇宙という空間で、自分を見失って欲しくなくてアピールしているみたいに。
そして人々は、星を見つめて上を向く。
誰かに見てもらえて、誰かに好きになってもらえて、それってもしかして、すごく幸せなことなんじゃないかって、やっと気づけたんだ。
「鍵斗先輩」
だから僕は……決めたんだ。
この人と共に生きてみたいって。
「入ります、アークロックに」
鍵斗先輩はその言葉を聞いて、微笑んだ。
「ようこそ、アークロックへ」
星は輝く。僕は初めて、泣いてもいい場所にいると思えた。
□■□■□
「ボボボボボッ! アッポッガヌスッ!」
叫びにならない叫びが僕の喉を通って出た。
一つ言わせてくれ。
「話が違う!」
目の前にいるのは、三人の女性。
一人はシーラという人。彼女は「よろしくな」と言う。
もう一人は陽向灯里という人。彼女は僕を見て笑顔でこう言った。
「わお! イケメンだね! ドッキドキっ!」
そしてあと一人、山田穂火という人物はこう言う。
「おえっ。わたしイケメン苦手なんだけど」
「ボボボボボボッ」
そして僕、水沢零は泡を吹く。
おかしい、聞いてた話と違う。確かに女性がいるのは知っていた。だがどうなっている!?
鍵斗先輩以外全員女性だと!?
あり得ない、あり得なああああああああああい!!!
「よろしくね、零くん!」
「ひゃいっ!」
咄嗟に、陽向さんの手を避けてしまう僕。すると陽向さんは手を再び僕に向ける。
僕はそれを回避する。
それを見た陽向さんはニヤリと笑ってこんなふざけたことを言い出した。
「アチョチョチョチョー! 握手拳法! あちょーっ!」
強引に握手をしようと貫手のように僕を突こうとしてきた。
「ひ、ひぃいいいいいいいい!」
僕はそれを必死に避けて、約束通り助けてと叫ぶ。
「鍵斗せんぱぁぁあああああああい!!」
シーラさんがドアを指差してこう言った。
「鍵斗ならその扉の先だ」
「鍵斗先輩! 助けてくださーい!」
僕はそのドアまで逃げて、勢いよく開けた。
湯気が視界を覆う。うっすらと見えたのは、タオルを巻いている鍵斗先輩だった。
「キャー!!」
「ご、ごめんなさああああああい!」
僕はドアを勢いよく閉める。しばらく逃げていると、バンッと勢いよくドアを開けた鍵斗先輩がシーラさんを問い詰め始めた。
「師匠! 僕がいるって知ってましたよね!?」
「ははっ、なんのことだかわからんな」
「ぐぬぬ」
笑ったシーラさんを見て、鍵斗先輩は悔しがる。
なんか、なんだろう、このチーム。
本当に大丈夫なんだろうか。
「はい、握手!」
「あ」
鍵斗先輩に目を奪われていた僕の手に、陽向さんが少し触れた。僕はその事実を確認して、ソファーに倒れた。
女性耐性のない僕は、触られただけで泡を吹く。
最後に聞こえた声は、山田さんの「ご臨終です」だった。
チーンという、おりんの音が聞こえる。
不安いっぱい、怖さいっぱい、でも、不思議とアークロックの空気は気持ちがいい。
触られたとしても、驚きと拒絶反応が出ても不快ではなかった。
少しでも苦手意識が消えればいいなと思いながら、僕は気絶した。
「零くん!? 零くぅぅうううううううん!」
水沢零、不安な気持ちでアークロックに加入。
その書類を一瞥し、シーラはわちゃわちゃと楽しむ学生たちを見つめていた。
「……揃ったな」
そして、アークロックの物語は始まる。
空錠鍵斗、陽向灯里、山田穂火、水沢零、この四人は、まだバラバラだけど……いつかはきっと、馬が合う。
鍵斗は約束を守れなくて焦り、陽向は反省して正座する、穂火はクルクルとダンスをするように回っており、零は気絶していた。
そんな四人は今日も今日とて、人の笑顔を守る——。
アークロックはそんな、幸せを守る組織である。




