第11話 類い稀なる閉じる才能
それは、巨大な空飛ぶ城だった。
雲を押しのけて進むそれは、黒い空をジワリジワリと覆い尽くす。
機械音を出しながら城の砲台が地上を覗き込み、レーザービームで家々を焼き払う。
それを見た陽向は全力で逃げながらこう言った。
「嘘でしょ!? もう動物関係ないじゃん!」
「『防衛』こそが真の願いだったのだろうな。ゆえに、窓のない城に閉じこもったんだ」
シーラは陽向の横を走りながらそう呟く。そんなシーラに陽向はこう訊いた。
「強そう。でも、私のアークなら……! シーラさん!」
「無理だ。君のアークは暴走しやすい。かつ我々では止められない」
「でも、鍵斗くんはできていました」
「鍵斗だからだ。君の魂とアークが結びつく一瞬の隙を逃さず鍵を閉じるなど、私にはできない。それは、空中で走れと言っているようなものなのだぞ」
「……く!」
「これだけは覚えていてくれ。鍵斗は『鍵使い』としては類い稀なる『閉じる才能』を持っている。君のアークは、鍵斗がいなければ使えないだろう」
「……わかり」
悔しそうな表情を浮かべながらわかりましたと言おうとしていた陽向の言葉を遮って、シーラはこう伝えた。
「だが、アーク無しでも輝けるのが陽向灯里だろう? 期待しているぞ」
その期待がどれほど嬉しかったか。陽向はその喜びを噛み締めながら「はい!」と言った。
この絶望的状況。
山田穂火は意識を失った水沢零をおんぶして、安全圏内まで炎の力を使って空を飛びながら向かっていた。
先ほど三人で協力して使った跳ぶ技。あれのおかげで飛ぶ感覚を掴んでいたのだ。
「……大きい。あんなの、先輩たちだけで勝てるの?」
そんなことを呟く穂火は、ある争いをその目に焼き付けた。
なんて、洗練された動きだろうか。
ナイフは飛び、瓦礫は浮き、あらゆるものが敵の手の平の上での戦い。なのに男は……いや鍵斗は、ナイフを叩き落とすのではなく、自動追尾の性能の隙をついて、ナイフを誘導し、そして避けることで後方にいるナイフに当てるという動きをしていた。
それは、敵であるアーロイド・マーキュリーの意識を逸らす。
衝撃を受けた際、ナイフの自動追尾の機能は消え、マニュアルでの操作に移る必要が出るのだ。ゆえに、アーロイドは脳のリソースを消費する。
そして鍵斗は、剣で叩き落とすのではなく、飛んでくるナイフや瓦礫を避けてぶつける方法を取っていた。なぜならナイフの数は百近くあり、瓦礫は倍以上あるからだ。叩き落としていたら、何年かかるか。
「……!」
そして敵の意識の隙を見つけて、近づいた鍵斗はアーロイドに剣を振るう。
その光景を見た穂火は、安堵した。
(大丈夫、先輩たちは強い)
■□■□■
あーっと! ここで私に注目!
はい! 注目を集めたところで……突然ですが自己紹介を!
私の名前は陽向灯里。
現在、空から殺されかけてますぅぅううううう!!!!
「って! 本当にやばい!」
先ほど、シーラさんに「すまない、脇腹が悲鳴をあげている。歳が原因だな」と言われた。
私はすかさず「いや、さっき食べたピザが原因では!?」と言ったが、シーラさんは知らぬ存ぜぬで通してこんなことを言いやがったんだ。
「いいや歳だな。すまないが私は休憩する。あとは任せたぞ、陽向灯里」
「う、うそ〜」
ってことでこうなっています!!!
私一人で逃走中! 城から狙われて絶体絶命!
大声を出して注目を集めたのが失策であった。
でもでも! なんとかなると言いたい!
根拠はある! なぜならあの城は……この空間を壊すほどの力はないからだ。
私のアークがそう言っている。
「……」
って、私は何を考えているんだ?
「いや、ダメだ。足を止めるなあああああああ!」
私は走る。
もう、動物はいない。なぜなら空に浮く巨大な城がこの空間を焼き払うからだ。もう、家すらも焼け焦げている。
地面は砕け、家は燃え、電柱は折れる。まさに、地獄であった。
怖い、勝てない。心の中でふと弱音を吐いてしまう。
でも、そんな時だからこそ……君が一緒にいてくれるんだ。
彼が、現れた。
「オレがいる! オレを信じろ! 陽向!」
「……! 鍵斗くん!?」
その、信じろというワードは、ある合図。
あの時と同じ、炎の魔人を倒したあの時と!
私はニヤリと笑ってこう返した。
「当たり前じゃん! 相棒!」
ドュルルンッと、心のエンジンが音を鳴らした。
「ああ! 行くぞ、相棒!」
私に近づいた鍵斗くんは、私の体に……桜色の鍵を挿した。
そして心は叫び始める。着物が飛んできて私に着られ、刀は虚無から腰に現れた。
アークが開いた私は、そのまま天空に向いて跳んだ。そして刀を抜いて、こう叫ぶ。
「うおおおおおおおお! 桜決! 花雷迅!」
音が収束したかのように周囲から音が消える。無音の世界で、雷鳴のような轟音が鳴り響いた。
桜舞い散るその場所で、私は流れるように刀を振るう。
空を彩った私の足跡は、一本の線となり城を通り過ぎる。まるで鉛筆で描いた絵を消しゴムで消したかのように、城は真っ二つに斬れた。
そして城は落下し、地に落ちる。パラパラと粉となり、風になって消えた。
「……」
気づけば、目の前に黒い誰かがいた。ここは不気味な空間。その黒い誰かはこう言う。
「出せ、ここから……出せッ!」
「……!?」
気づけば鍵斗くんの腕の中にいた。
私の心臓には鍵が挿さっている。それはゆっくりと回り、私のアークは閉じられた。
それがなんだかホッとして、私はニシシと笑いながらこう伝える。
「ただいま、相棒」
「やっぱり強いね。おかえり、相棒」
微笑む鍵斗くん。私は鍵斗くんに抱きしめられながら、彼の顔を見つめた。
それは、まるでキスでもしそうな勢い。
青空の下で、桜舞い散る空間。私はただボーッと鍵斗くんを見つめていた。
鍵斗くんの頬は赤く、耳がほんのり赤みがかっている。キーハートを握っていたその無骨な手は、私の胸元の鍵に触れた。
なんだろう、この気持ち。
ポワポワして、暖かい。
心臓が叫ぶようにドクンドクンと言っている。
それはまるで絶景でも見ているかのような気分だった。そんな中、ふと思考を回し、一つの結論に辿り着く。
「……あ! ピザ!」
「うん。……え、ぴ、ピザ?」
「そう、お腹空いてると思って」
いつの間にか、空は青い。
現実に戻った私たちのもとに、デリバリーで頼んだピザの配達員さんが現れこう言った。
「配達でーす」
そして私は鍵斗くんから離れてピザを受け取った。
「ありがとーございましたー」
そう言って原付に乗った配達員さんは去っていく。
私は手を振った後、その温かいピザを、そっと開けて鍵斗くんに見せる。
そして一枚取って、こう言った。
「あーん」
「……え?」
「ほらほら、お腹空いてるでしょ〜」
「え、え!?」
鍵斗くんは凄く照れてた。でも、美味しそうに食べてくれたんだ。
それがなんだか嬉しくて、私は笑った。彼とピザを食べながら。
□■□■□
なぜ、空錠鍵斗があそこにいたのか、その理由は一つであった。
時は戻り、ここは黒い鍵により作られた世界。
陽向灯里を囮にしたシーラは、アーロイドのもとへ向かっていた。
そして善戦していた鍵斗にこう言う。
「鍵斗、交代だ」
「師匠!?……はい!」
鍵斗はアーロイドを蹴飛ばし、陽向のもとに向かった。
そして残されたシーラはアーロイドを見た。壁に当たって怯んだアーロイドは尻餅をつく。そんな彼女に、シーラは見下ろしながらこう言ったんだ。
「弱くなったな、アーロイド」
「……お前は、シーラ!?」
「いや、鍵斗が強くなったのか」
そんなことをブツブツと言っていたシーラに、アーロイドは不敵に笑いながらこう言う。
「馬鹿か? 天才が作る最強のアークリオンが解放されたんだよ。お前たちは終わりだ」
「まさか、終わらないさ」
そしてこのタイミングで、桃色の鍵は陽向に挿される。
空間を埋め尽くすほど桜が舞い、鋭い一閃の一撃が空間を走った。
気づけば、城は二つに割れて、地上に落ちる。そしてその衝撃はこの虚構の世界を割り、青空が広がった。
その光景を見たアーロイドは絶句した。その、強大な力に。
「なんだ、あれは……」
例えば水沢零が天才だとしよう。だったらそれを超える陽向灯里はどうなる?
もはや神としか形容できないだろう。
それは開けてはならぬパンドラの箱。
人が目指しても追いつけない、天才を超えた神の領域。
その、異質さに、アーロイドは辟易した。
同時に……歓喜する。
「あの力があれば……完成する」
「……?」
シーラはそんな事を言ったアーロイドを睨む。だが同時に一本のナイフが飛んできて、シーラはそれを掴んだ。しかし、振り返るとアーロイドは逃げており、追おうとしたシーラだったが、古傷が痛みそれを諦める。
その逃げるアーロイドの背中は、哀愁を帯びていた。
遠くで、自転車に乗った警察官の声が聞こえる。
「おい! 赤信号だぞ!!」
アーロイドは職質されていた。シーラは呆れて、そんなアーロイドを無視して鍵斗のもとに帰った。
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「おーい、路上でピザを食べている二人。帰るぞ」
「……師匠!?」
「シーラさん」
シーラはアークリオンを倒し、ピザを受け取り、道路の端っこに座りながらピザを食べている二人に「迷惑だからやめるんだ」と言った。
そして二人を連れて、基地に戻る。
残された穂火は、イケメン男子の零をおんぶしながらこう呟いた。
「……わたし、忘れられてる!?」
二時間後、車に乗ったシーラが穂火を迎えに来た。
そして、一つの戦いは終わる。この激戦は、後のアークロックとプラネッツの争いの始まりを告げる、ゴングとなった。
ガタガタと、静かな街に電車が走る。




