第10話 願いの輪郭
「指示を与える。あの虎のアークリオンを追え。穂火はアークを使い追い詰めろ」
だが山田穂火は焦ったようにこう言う。
「でも、空錠先輩がいないとアークは使えないんじゃ……!」
「安心しろ」
シーラは、穂火の背中に手を強く当てて、こう続けた。
「私も『鍵使い』だ」
そして……穂火の体から灯火が湧いた。
アークが解放されて、穂火の手のひらに丸い炎が現れる。
だがその出力は想定より低く、不思議そうに穂火は炎を操った。幸い、無難に戦える程度ではあったのだが……それでも火力は物足りない。
シーラは淡々とこう言う。
「ダメだな。私の鍵使いとしての力は衰えているというわけか」
シーラの古傷が、ズキンと痛む。
陽向との交流で少し成長した穂火は、シーラをフォローするように「……行ってきます」と言って屋根を降りた。
現在、陽向灯里は必死に女の子から逃げようとする虎のアークリオンにしがみつきながら、この街を移動している。
勝利条件はたった一つ。
鍵使いであるシーラが、水沢零が飲み込まれているアークリオンに白の鍵を挿すことだ。
アークリオンを分離し、倒す。
この流れは変わらない。
そして……虎との追いかけっこが始まった。
□■□■□
その裏で、アークロック所属の空錠鍵斗と、プラネッツの一人……アーロイド・マーキュリーの戦いが始まろうとしていた。
そう、始まろうと……始ま……え、いつ始まるの!?
二人は、武器を構えて動かない。
まるで達人。先に動いた方が負ける。
二人は、お互いの動きに注目しているのだろう。
アーロイドはこう思考する。
(大きなものを動かし過ぎたな、ぶっちゃけ限界。神経を研ぎ澄ましているフリでもして少しでも回復しよう)
鍵斗はこんなことを考えていた。
(お腹が空いた。それにキーハートの刃のリロードもまだだ。作戦も思いつかない。ここは神経を研ぎ澄ましているフリをしてじっくりと作戦を練ろう)
ぐ〜っという、鍵斗の腹が鳴る音がする。
だが二人は動かない。
聞こえていないフリをした。
その戦いは、いずれ始まる……。
□■□■□
「あぼぼぼぼ、げなすっ!」
突然ですが、自己紹介をぉぉぉおおおお!?
「ぎぃやぁぁあああああああ!」
私の名前は陽向灯里。私は現在、虎のアークリオンの毛を掴みながら、空中で振り落とされないように必死でしがみついていますぅぅぅううううう!!!
「死ぬぅぅううううう!!!」
屋根から屋根へ飛び、電柱を蹴って先へ進み、あろうことか用水路へダイブッ。
制服がびしょびしょに濡れながらも、私は掴んだその手を離さない。
この虎がアークリオンだというのなら、きっと何かが起こるから。見逃すわけにはいかないんだ。
「……聞いてください! あなたは」
その、強烈な違和感。
声をかけるのを無意識のうちに諦めるほど、私は何かを感じ取っていた。
この虎は……なんなのだろうか。
白く美しい虎は、縦横無尽に駆けている。
しかし何故……?
シーラさんに教えてもらった。アークの暴走がアークリオンを生み出すと。そしてそのアークは願いからできていると。
ならこの人は何を願った?
動物園? いや違う。
そこが、引っかかる。
なぜ……虎に?
「わからない……けど! 止まれええええええええ!」
私は叫んだ。だが、虎は空中で一回転し私を振り落とそうとする。
「……あ」
手が離れかける。だがその刹那、勇気を放つ詠唱が走った。
「深淵より誘いし炎の精霊よ、我に力を貸したまい、高貴なる力を与えたまえ。紅の灯、天を焦がし、我が身を捧げ奉る。願わくば、闇を祓い、穢れを焼き尽くさん。我が字に共鳴し、今ここに炎を!『焔ノ舞・弾』っ!」
「んんっ! 穂火ちゃんっ!」
炎は虎のアークリオンに向かってクロスを描いた。だが外れる。
しかし炎は柔らかく、ポヨヨンっと私をまるでトランポリンで押すように空中で弾いた。私はその勢いで虎の毛を再び掴むことができた。
「すごい! 柔らかくもできるの!?」
「すみません! 外しました……!」
どうやら穂火ちゃんは私を助けつつ、虎を攻撃しようとしていたらしい。その勤勉さに私は尊敬の念を抱いて、こう返した。
「たしかに、詠唱がもう少し早ければ当たっていた……!!」
「は、早口言葉練習しておきます」
「いい回答! でも私のミスでもあるから……! 一緒に頑張ろうねぇぇぇえええー!!??」
わたし、陽向灯里は、虎が急に素早く動いたことにビックリし、声を裏返しながらそう叫んだ。
穂火ちゃんは悔しそうにこう詠唱する。
「わかってますよ! 短縮詠唱! 射てし炎の矢よ、我に力を! 『焔ノ矢』!」
メラメラと燃える炎の弓は、穂火ちゃんの持つ炎の鋭い矢を引く。
狙いを定めろ、動き回る虎を打ち抜け。
私は穂火ちゃんを一瞥し、ふと思考を回した。
シーラさんの言葉が脳裏をよぎる。
『彼は女の子が苦手』
という言葉。
虎を見ると、彼は怖がっているようにも見えた。
もしかして、私がこの子を脅かしていた? だから逃げるの?
だったら!
「とうっ!」
私は華麗に虎から離れ、受け身を取って着地する。体育評価満点の力を舐めるな。
「あ、女の子の匂いが消えた!」
虎はそう言って喜びながら、動きをピタリと止めた。
気づいた時にはもう遅い。その矢は、動かない的をレティクルの中に収めた。
「……っ!」
放たれる矢は、炎の螺旋を描きながら空間を突き進む。そして、虎を射抜いた。
「よくやった、穂火」
虎を撃ち抜いたことで、虎は倒れる。そこにシーラさんがやってきた。私はガッツポーズを見せる。
私たちの目標は、シーラさんが白い鍵をアークリオンに挿すこと。虎の動きは穂火ちゃんが撃ち抜いたことで倒れ、止まった。後はシーラさんが鍵を挿せば解決する。
なのに、シーラさんの表情が曇った。
「どういう事だ?」
「シーラさん……鍵を挿さないんですか?」
シーラさんは、口元を押さえながら、ブツブツと呟く。
「アークリオンの反応はある、だがなぜ……アークが無い?」
場所は移り、空錠鍵斗とアーロイド・マーキュリーの会話。
流石に痺れを切らした鍵斗が動き、すでに戦闘は始まっている。そこで、アーロイドは不敵に笑ってこう言った。
「残念だが、お前たちはアークを封印することはできない」
「なんで……そんなことが言える!」
「簡単だ。アイツは……例外なんだよ」
「……例外?」
まるでブーメランのように飛んできたキーハートの刃をアーロイドは弾き、こう続ける。
「彼のアークは強すぎるんだ。ゆえの、例外さ」
鍵斗はその言葉を聞いて、不敵に笑い返す。
それを見たアーロイドは気持ちの悪いものを見たかのように表情を歪めた。
鍵斗は仲間を思い浮かべて、こう言い放つ。
「強すぎる例外か。じゃあ大丈夫だ。みんななら……陽向さんなら……なんとかできる!」
「……何を根拠に」
そして場所は戻り、陽向達のもとへ。
陽向灯里の脳に、ヒラメキが走った。
それが、違和感の正体。
「おかしいんだ」
「何がだ?」
「アークは願い。なら願いって何!?」
「それは、まあ動物になりたいとか……。まさか!?」
「そう! あり得ないんです! 動物になりたいなら、他に動物を出すはずがない!」
「ならばなぜ動物が多くいる?」
「それは動物を多く必要としていたから」
「友達が欲しいとかか?」
「であれば私たちを襲うわけがない」
「だったら!」
「答えは一つ! 穂火ちゃん!」
「穂火!」
シーラと陽向は、同時にこう叫んだ。
「私たちを、上に飛ばせ!」
「う、うぇ!?」
シーラに引かれ、穂火は陽向とシーラを抱きしめる。
「そのまま、ジェット噴射で飛べ」
「で、でも三人飛ばすには力が足りない……です!」
シーラは不満そうに「私の力量不足か。ならば私が抜ける」と言った。だが、陽向がそれを止める。
「みんなで行きましょう。できないなら、できる工夫を。与えられた場所で輝くのが、人の努力ですから」
その答えを聞いたシーラは、目を丸める。
コストをカットするのではなく、コストをカットしなくてもいいように資金を増やすその発想はまさに、青天の霹靂であったからだ。
「で、でもどうやったら……」
陽向は悩む穂火に優しくこう伝えた。
「自信だよ。つまり……」
「詠唱」
「そゆこと! 私たち三人で、唱えるんだ!」
「それなら、きっと……!」
陽向とシーラ、そして穂火はお互いを見て頷く。しかしすぐにシーラは正気に戻り焦ったようにこう言った。
「ちょっと待て、それは私も唱えるということか」
だがその言葉を遮るように、陽向は詠唱を始める。穂火は出力を上げるのに集中していた。
「ハッピースマイル燃えろ燃えろ! ボーボーボー……って、シーラさんも言ってくださいよ」
「だ、だって……」
「ほら、失敗しますよ?」
「う、うう……」
シーラは折れて、呟くように詠唱を始めた。
「ダメです! 大声で言わなきゃ意味ないです!」
しかし陽向に叱られて、もうどうにでもなれ精神で吹っ切れた。
「うう! もう! ハッピースマイル燃えろ燃えろ! ボーボーボー」
その詠唱に陽向は感動し、詠唱を合わせた。
「ファイア、ファイア、ボッボッ、燃えろ燃えろ、あ〜あ〜、ボーボー燃えろ〜」
「……っ! まだか! 穂火!」
「も、もう少し……です!」
地面に螺旋を描きながら、炎の力が穂火の足に集まる。陽向とシーラは詠唱を続けた。
「ボーボー燃えろ! 燃えろ! メラメラっ! ファイアアアァァァァアア! ヘル!!」
地面を刻む魔法陣が現れる。穂火の髪はふわりと浮き、地面から赤い光が射した。
「来た! 唸れ、炎。精霊よ、我に力を! 『三位炎跳』っ!」
それは、まるでロケット。炎を噴射しながら空へ飛んだ彼女たちは、この広大なフィールドを一望した。
そして、陽向は探した。動物が密集している場所を。
推理が正しければ、必ずそこに……本体がいるはずだから!
そして私の瞳に……円を描いた動物の群れが映る。まるで中央にある何かを守るように。
蹄も、羽も、牙も、全部が同じ方向を向いていた。
「シーラさん!」
その声は響く。シーラはニヤリと笑い、こう返した。
「よくやった、陽向。見つけたぞ」
シーラの目に映るのは、一際強い、アークの光。
陽向はその場所に向かい落下しながら、思考する。
(そう、これが答え。何故動物が多くいたのか。そして何故私たちを襲ったのか。その二つが示す答えは、
防衛。
動物は王である宿主を守る兵士だった。あの白い虎は影武者だった。
それが、答え。
そして多くの動物が集まっている場所に本体が隠れていると仮定すると、君の願いは『安心』と推測できる。おそらく日常生活がスリリングなのだろう。ゆえに、安寧を願った。つまりはまったく……そういうことだ)
シーラは穂火に伝えた。
「穂火、敵は地下にいる。地面を抉れ! 陽向、手を出せ!」
「はい! って、ええええええええ!?」
シーラと陽向は空中で穂火から離れ、自由落下を始めた。だが、いつのまにかシーラがパラシュートをつけており、二人はゆっくりと落下する。
「深淵より誘いし炎の精霊よ、我に力を貸したまい、破壊なる力を与えたまえ。紅の拳、地を砕き、我が身を捧げ奉る。願わくば、闇を祓い、穢れを焼き尽くさん。我が字に共鳴し、今ここに炎を!『焔烈火拳』ッ!」
空中から飛来した赤い彗星は、まるで隕石のように落下時に地を砕く。
地面が割れ、パラパラとコンクリートの粉が散る。
パラシュートを使い屋根に着地した二人は、その本体を見た。
暗い部屋、そこでまるで自分の殻に閉じこもるように体育座りする、王子様のような格好の男がいた。
その美貌には、誰しもが惚れるであろう。
そう、その主こそ……水沢零であった。
「……って! 速い!?」
シーラは瞬きの間に水沢零に近づき、彼に鍵を挿した。
鍵は回り、心の中の箱は、ゆっくりと閉まる。
アークは閉じられ、アークリオンは分離された。
「ありがとう、穂火、灯里。流石はアークロックの一員だ」
「……!」
「……っ!」
陽向灯里は溢れ出る笑みを我慢しながら、握り拳を作る。
そしてその光景は、アーロイドへと。
「あり得ない、あり得ないッ! 水沢零が負けるなど!!!」
「あり得るんだよ、それが」
「なぜ!」
「オレ達が……アークロックだからだ」
空中に現れるのは、巨大な黒い空を飛ぶ城。
それを見たアーロイドは「だが見ろ、あれを! あれが彼のアークの才能の証明! あそこまで巨大なアークリオンは初めて見た! だろ!?」と必死に言う。
だが、鍵斗は呆れたような、嬉しいような、頭をかきながら、こう返した。
「まさか。二度目だよ」
あの桜を、二度と忘れない。
空錠鍵斗は信じているのだ。陽向灯里こそが最強だと。
そして彼は、キーハートを強く握り締め、心の中で自分に説いた。
(みんなだって頑張ってるんだ。オレも……勝たなきゃな)
「アーロイド・マーキュリー」
「なんだよ……!!」
作戦が上手くいかなくて、怒りを露わにしたアーロイドに、鍵斗は己を指差して、自信満々にこう宣言した。
「お前の前にもいるぜ? 才能ってやつがさ!」
「……小癪な!」




