表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/14

第7話「駅前の影」

駅前に近づくにつれて、

夕闇は完全に夜へ変わり、

街の光だけが足元を照らしていた。


ひまりの手はまだ震えていた。

その震えを隠すように、

陽斗の手をそっと握り返す。


「歩く速度、合わせなくていいよ。

ゆっくりで」


陽斗の声は静かで、

ひまりの不安を吸い取るようだった。


駅前ロータリーに差しかかると、

ひまりの足が止まった。


「……あそこ」


ひまりの視線の先。

街灯に照らされたベンチの横に、

三つの影が立っていた。


茶色のジャケットの男、

短髪の少年、

そして……フードを深くかぶったひとり。


――晃斗では、ない。


ひまりの喉が詰まる。


「ひまりの同級生……?」


「……うん。中学のとき、晃斗くんと一緒に……いた子たち」


陽斗はひまりの手を握り直し、

ゆっくりと歩き出した。


影のひとつ、ジャケットの男が口角を上げた。


「おー……来たじゃん。ほんとに来るとは」


陽斗はひまりを後ろへ下がらせ、

その前に立った。


「メッセージ送ったの、君?」


「そうだよ。

晃斗がひまりと連絡とれなくてさ、

“お前ら見てこい”って言われて。

……で、見てみたら、知らねぇ男と一緒にいるじゃん?」


茶色のジャケットの男は陽斗を上から下まで眺め、

バカにしたような笑みを浮かべた。


「なるほどねぇ……ひまりも趣味変わったなぁ」


ひまりが震えた。


陽斗はゆっくり息を吸う。


「用件を言ってくれない?」


男は肩をすくめた。


「用件?

そりゃひまりに決まってんじゃん。

“逃げんなよ”って話だよ。

昔からずっとそうだったしな?」


ひまりの表情が固まり、

唇が白くなっていく。


陽斗は一歩前に出た。


「……逃げていいよ」


その一言で、ひまりの目が大きく揺れた。


「は? 何言ってんの?」


「ひまりは逃げていい。

逃げなかったから、こんなに傷ついたんだよ」


ジャケットの男が苛立って笑った。


「おいおい……お前が決めんなよ。

ひまりのことは“俺ら”が一番知ってんだよ」


陽斗の声が低くなる。


「知ってる?

泣きたくても泣けなかったことも?

怖くても言えなかった理由も?

――全部、君たちのせいでしょ」


男の表情が険しくなる。


「……なんだお前。

あいつ、何言ってんだよ」


ひまりが、陽斗の背中にすがりつくように掴んだ。


震えて、声が出ない。


陽斗は振り返らず、

ひまりの手をそっと握るだけに留めた。


「あの日からひまりがどれだけ苦しんだか、

君たちは知らない。

……知ろうともしなかった」


ロータリーの風が吹き、

ひまりの髪を揺らす。


男たちは互いに視線を交わし、

鼻で笑った。


「はは……ひまり、言ったの?

そんな“被害者ぶった”話」


ひまりの胸が大きく震えた。


その震えを見て、陽斗ははっきり気づいた。


――これは、罪悪感でも、弱さでもない。

今まで押し込めてきた“恐怖”そのものだ。


陽斗はひまりの手を、強く、しかし優しく握った。


「ひまり」


ひまりが涙のにじむ目で陽斗を見る。


「逃げていい。

逃げなくていい場所に、俺が連れていく」


ひまりの息が詰まり、

声にならない嗚咽が零れた。


その瞬間、ジャケットの男が一歩前に出た。


「お前らさ、調子乗んなよ?」


陽斗の足が止まり、

ひまりを背に隠すように立つ。


「ひまりは“俺らのこと”が嫌いなんだよ」

男の顔が歪む。

「でもな、嫌いでも逃げんなって話だろ?

人間関係ってのはよ、向き合ってなんぼ――」


「向き合うべき相手と、

向き合わなくていい相手がいる」


陽斗の言葉ははっきりしていた。


「……ひまりは、もう十分苦しんだ。

だから今日で終わりにする」


男たちが沈黙する。


その静寂の中、

ひまりが震える声で言った。


「……もう……私……行かない……」


男たちが一斉にひまりを見る。


ひまりの声は弱く、

でもはっきりしていた。


「あなたたちと……話すことは何もないの……

もう、終わりにしたいの……」


陽斗はひまりの肩に手を置き、

ほんの少し引き寄せた。


男たちの顔から笑みが消える。


「――やっぱ行くぞ、晃斗のところに」


ひまりの呼吸が一瞬で荒くなる。


「待てよ。

晃斗が“直接会う”って言ってたしな」


その言葉を聞いた瞬間、

ひまりの体が完全に固まった。


陽斗の胸に、かつてない怒りが湧く。


「晃斗には連絡しないで。

ひまりにはもう関係ない」


「関係あるに決まってんだろ!」


男が怒鳴った瞬間、

ひまりが怯えて陽斗の腕にしがみついた。


その涙に、陽斗の決意は固まる。


「晃斗のところへは――

俺が行く」


ひまりが顔を上げた。


「だめっ……陽斗くん……!」


陽斗はひまりの頭に手を置くようにして言った。


「ひまりは来なくていい。

俺が全部終わらせる」


男たちは一瞬驚いたが、すぐに薄ら笑った。


「お前一人で来いよ。

場所は後で送るから」


「分かった。

でもその前に――」


陽斗はひまりの肩を抱き寄せ、

彼女が震えを抑えられるよう支える。


静かな声で、だけど突き刺さるように言った。


「二度とひまりの前に現れるな」


男は舌打ちして背を向け、

二人の前から去っていった。


残された静けさの中、

ひまりの涙だけが静かに落ちていた。


「……どうして……どうして一人で行くの……?」


陽斗はひまりの頭をそっと撫でた。


「一人じゃないよ。

ひまりが待ってる場所があるから、

俺は強くなれる」


ひまりの肩が震える。


「……行かないで……」


「大丈夫。

ひまりを悲しませるようなことはしない」


ひまりは泣きながら陽斗の胸に顔を埋めた。


「……陽斗くんがいなくなったら……

私もう、立てないよ……」


陽斗はそっと彼女の背に手を回した。


「帰ってくるよ。

絶対に」


その言葉は、

ひまりの心に深く刻まれた。


駅前の光が滲んで、

ひまりの涙で揺れている。


遠くで電車の音が響いた。


――すべてを終わらせる夜が始まろうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ