第6話「ひまりを守る覚悟」
ベンチの上で静かに寄りかかっていたひまりの体が、
陽斗の動きに気づいてわずかに揺れた。
「……電話?」
「ううん。メッセージ」
ひまりは不安そうに顔を上げた。
「誰から?」
陽斗は迷った。
でも、隠す選択肢はなかった。
スマホの画面を見せると、
ひまりの目が一瞬で固まった。
『相沢陽斗くん?
佐伯ひまりのことで話がある』
ひまりの指先が震え、
小さな声が漏れた。
「……これ、たぶん……晃斗くんじゃない」
「え?」
「晃斗くん……番号、変えてないはずだし。
こんな言い方もしない。
もっと……直接的に言ってくる人だから」
陽斗の胸に、違う種類の嫌な予感が入り込む。
「じゃあ、誰?」
ひまりは唇を噛んだ。
「……中学のときに、
晃斗くんと……一緒にいた子たちがいたの。
笑ってるくせに、誰かが泣くと面白がって……
私が教室出ようとすると、
“逃げんなよ”って、口を揃えて言ってくる人たち」
声が、かすかに震えていた。
「ひまり……」
「ごめんね、陽斗くん。巻き込みたくない……
私のせいで陽斗くんまで……」
「巻き込まれていいよ」
ひまりが息を飲んだ。
陽斗はスマホをポケットにしまい、
ひまりの方へ一歩踏み出す。
「巻き込まれていいから、隠さないで。
ひまりが抱えてるもの、全部俺にも分けてよ」
ひまりの目が大きく揺れた。
「どうして……そこまで……」
「そこまでしたいって思うくらい、
ひまりのことが大事だから」
ひまりは言葉を失い、
目を伏せて涙をこぼした。
夕闇が深まり、街灯だけが二人を照らしている。
静かに泣くひまりを見ていると、
胸の奥に熱くて強い決意が生まれた。
「さっきのメッセージ、返すよ」
「え……?」
「逃げない。
ひまりはひとりじゃないって伝える」
陽斗はスマホを開くと、
震える指を押さえながら文字を打ち始めた。
『佐伯さんのことで話があるって何ですか?
会うなら、俺も行きます』
送信ボタンを押す瞬間、
ひまりが袖を掴んだ。
「陽斗くん……危ないよ……」
「危なくてもいい。
ひまりが危なかったんだから」
ひまりは目を見開き、
ぎゅっと陽斗の袖を握ったまま動けなかった。
送信したあと、
すぐに既読がつき、返信が来た。
『今から駅前に来い』
その短いメッセージに、
ひまりの顔が青ざめる。
「行かないと……もっとひどくなる……」
「ひまりは来なくていい。俺が行く」
「だめ……私が行かないと……」
陽斗はひまりの両肩にそっと手を添えた。
優しい力で、逃げ道ではなく“支え”として。
「ひまり。
一人で行くのは、もう終わりにしよう」
ひまりの目が大きく震えた。
「陽斗くん……」
「怖いなら、怖いって言って。
強がる必要ない。
俺がいる」
ひまりは唇を震わせ、
小さく、小さく頷いた。
「……一緒に行ってくれる……?」
「行くよ。絶対に」
ひまりの指が、陽斗の手をそっと掴んだ。
弱い力だったのに、
その震えがまっすぐ伝わってくる。
二人は街灯の下を離れ、
ゆっくり駅前へ向かって歩き出した。
その途中、
ひまりはふと立ち止まり、
陽斗の背中を見つめた。
「……陽斗くん」
「うん?」
揺れる声が、夜風に溶けていく。
「私……陽斗くんがいなかったら、
きっとここまで来れなかったよ……」
陽斗は振り返って微笑んだ。
「これからも一緒に行くよ」
ひまりの頬が赤く染まる。
涙の跡が、街灯の光で淡く輝いた。
駅前のネオンが見え始めたとき、
陽斗のスマホが再び震えた。
画面には新しいメッセージ。
『逃げずに来いよ。
ひまりのこと、全部話してやる』
ひまりの指先が、陽斗の手をぎゅっと握った。
――もう、後戻りはできない。
二人の歩幅は、自然と同じになっていった。




